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(ラズリ……)

 ふいに誰かに自身の名を呼ばれた。そんな気がしてラズリはハッとする。

 耳朶をかすめゆく聞き覚えあるその響きに驚きと戸惑いを抱えつつも、慌てて周囲をきょろきょろと眺め回す。

「どうした?」

 怪訝そうな表情を浮かべた蒼竜に問われ、ラズリは咄嗟に「いや、なんでもない」と取り繕う。

「ただの俺の空耳だ。たぶん……きっと」

 そう断言しつつも心の片隅では完全に否定しきれないのか、いささか語尾を濁す。こんなところにいるはずもない、そう確信している。そのはずだ。

 しかし、それでも。例えほんのわずかながらでも、可能性が残されているのならば藁をも縋りたい。そんな矛盾したささいな想いが膨らんで膨らんで、次第に手に負えなくなってしまったのだ。

(ラズリ……)

 まただ、と苦々しげに舌打ちする。声と共にまぶたの裏によみがえるのは一人の少女の姿である。

 うねる長い黒髪、くるくるとよく変わる表情。しょっちゅうべそべそとみっともなく泣くくせに、妙に鼻っ柱が強いのが不思議なくらいで、事あるごとに自分と衝突を繰り返した。

「……ティーナ」

 ふと、彼女の名をつい口にしてしまい、たちまち胸の内をかーっと熱くさせる。

(……ッそ。なんだってこんな時にあいつのことなんか思い出すんだ)

 名を呼んだそばから、にこりと微笑む姿までもが鮮明に思い出されるのだから、なおさら始末が悪い。

 ラズリは自らをひどくなじりたい衝動にかられ、イラつき気味に地面を足でだんっと踏み鳴らす。今しも彼女が自身の眼前に存在しているかのような錯覚に陥り、胸の鼓動をどきりと高鳴らせた、そんなことなど一切払拭するかのように。

「ラズ……」

 ああ、こうなっては重傷だ。いや、末期もいいところだろう。空耳どころか実際に聞こえるようになってしまったとは我ながら無様で情けない。

「ラズ……」

(――いいや、違う)

 勢いをつけてラズリは声が聞こえた方向、即ち自身の背後をばっと振り向く。

「……っ!?  ディル兄……っ!?」

 すると、そこには……彼が、いた。そう、彼女ではなく。しきりにラズリを呼んでいたのはどうやら彼だったようだ。

「やあ、ラズ。元気そうで何よりだね」

 さらりと風になびく金の髪、空の色をそのまま映した青い瞳。常に柔和な態度でやさしげな微笑みを口元にたたえて。

 そう――彼の名はディルナス。ディルナス・ファルナトゥ・デヴォンシャー。父である王ジェラルドの実妹セシリア・ファルナトゥ・デヴォンシャーの養い子、即ちラズリにとっては従兄の関係に当たる。

「どうしたんだい、ラズ?」
「本当にディル兄……? まさか、そんな」
「おやおや。君が僕を見て驚くなんていたく心外だね」

 どことなしに揶揄をこめてか、肩をすくめる素振りを見せる。

「幼い頃はたくさん遊んだだろう、ラズ。久しぶりにこうして顔を合わせたというのに、君は僕のことなどもう忘れてしまったのかい?」

 ひどいなあ、と軽く不満を漏らしながらも表情を和らげ、やさしい声を立てて笑う。まるで何事も起きてなどいないかのように。

(……なんだ、この異和感は)

 ぞくりと背筋を震わせるやいなや、額につっといやな汗が伝う。

 彼はこの期に及んでほんの少しも気づいてなどいないのだろうか。自身の唐突なるロータスでの出現、そのこと自体が既にもはや異常ともいうべき重大なる事件だということに。

「けどディル兄はファルナトゥに……。なのにどうしてここへ!?」

 ここロータスから彼が普段住まうファルナトゥまではいかに早馬を走らせたとて、ゆうに一昼夜はかかる。もちろん魔法を使えばほんの一瞬、まばたきひとつする間に到着可能な距離にすぎないのだが……。

(でもディル兄に魔法は使えない。そのはず、だが……?)

「……そうだね。でも今、僕はここにいる。ラズ、君の目の前にね。それは確かに否定しようがない現実で事実だ。違うかい?」

 ラズリが呈する疑問を軽く一笑に付し、歯切れよくきっぱりと断言する。

 けれどその一方、「でも」と自論を撤回し、やけにさばけた口調で端的に述べる。

「僕の本体はここにいない」
「……? ディル兄、あの」
「そう、僕はさしずめ“影”だよ」

 ほらね、と何気なく手を差し出される。自分に向かってまっすぐ伸びてくるそれに対しどうにも好奇心がうずき、抗えずに恐る恐る触れてみるべくラズリはぎこちなく指を動かす。

(――え?)

 急ぎ顔を上げ、ディルナスの姿と自分の手を不審がって何度も見比べる。

 これは一体どうした訳か。どんなトリックの成せる技か。何の抵抗も障害もなく、するりと空間を自身の指先が通りこしてしまうのだから、全くもって驚愕としかいいようがないではないか。

「ね、ラズ。これでわかっただろう……?」

 ディルナスが述べたことは確かに真実に相違ない。そのことは彼の言動によりたった今、嘘偽りなく証明されたばかりだ。

 だがその反面、ラズリの困惑はさらに重度に極まる。ますますもって思考は働かず、どうにも要領は得られない。

 それ故、いくらディルナスに事の真相を聞き出そうと試みるも、口を開きかけたまま舌に言葉が載せられない有様だ。

「僕はずっと、僕の中にいるもう一人の僕に助けられてきた。そう思っていた。けれど違ったんだ。本当は僕の方が“陰”の部分。ただの傀儡で……ニセモノだったんだよ」

 少しだけ小首を傾げるようにしながらディルナスの独白は続く。口元をゆうるりと緩め、どこか夢見心地のような心地して。

 そう、向かい合わせとなりながらもラズリの表情など読んでいるのかすら定かではない。やや焦点の定まらない無機物のような目の色を宿したまま、ただそこにいだけるに等しいのだから。

「そして影である僕は君に……お別れを告げに来たんだよ」
「……!?」

 一方的なディルナスの宣告により衝撃を余儀なくされたラズリはいっそう混乱をきたし、ひどく狼狽する。

(どうして急にそんなことを。何を言い出すのだろうかディル兄は。……お別れ? 何故に? どうしてっ!?)

「僕の本体は今頃は王都に、王宮にいることだろう。母上と共にね。きっとそこには国王・王妃両陛下、それから所縁の面々が揃っていると思うよ。もちろん、ティーナもね」

(ティーナ!?)

 急に彼女の名前がディルナスの口からこぼれたことに動揺を隠せず、ラズリは半ば口をぽかんと開けたまま放心してしまった。

 どうやら彼女もここに存在する影と称するディルナスと同様、やはりファルナトウの地にもはやいないというのか。彼女の安否が何より第一に気にかかるものの、彼の口調では“虚無”による消失はまだであるような印象もある。

 ラズリは幾分気を取り直すと引き続き注意深く聞き耳を立て、次に発されるであろう彼の言葉を静かに待った。

「……ティーナに会えたなら」

 しかしそんな彼の切なる内心をよそに淡々とディルナスは先を続ける。まるでこれが己の遺言であるかのようにどこか神妙な面持ちで、だがそれでいて終始ほほ笑みを絶やさぬままで。

「彼女に伝えてほしい。本当にすまなかった、とね」

 胸に手を当て、軽く頭を下げる。セシリア公妃、母上の問題に巻きこみ、多大なる迷惑をかけて申し訳なかったと重ねて深い詫びを言い添えながら。

「……じゃあね。そろそろ時間だ。もう行かなくては。くれぐれも頼んだよ、ラズ」
「ま、待ってくれディル兄! もっとちゃんと順を追って最初から! 俺にもわかるように一から教えてくれっ」
「僕の最後のお願いだよ、ラズ……」
「ディル兄……いやだ。どうしてそんな……。俺には全く訳がわからないっ」
「ずっと今まで……ありがとう。君が本当に僕の弟だったらどんなにかよかっただろうね」

 そっと近付きラズリの頬を両手で包むような所作をする。それから彼の耳に口元を寄せて「大好きだったよ」と、ひそと囁くようにやさしく告げた。

「ディル兄っ!!」

 闇雲に手を伸ばし彼の姿に追いすがる。しかしディルナスはそれから逃れるようにひらりと身を翻してラズリに背を向けると、そのまま行方をくらました。というよりも、まるで煙か靄のようにすぅっと消えてしまったというのがこの際正しいだろうか。

 ともかく急にラズリの視界からぱっと姿が見えなくなったのだ。さも、幕がばさりと下ろされ、舞台上の場面が暗転するような勢いで。

「――殿下、いかがなされましたか?」

 ぽんと肩を叩かれ、声をかけられたことに気づき、ラズリは急激に我に返る。

 すぐ目の前には心配げな表情を浮かべてこちらを見やるクリフとケインが。また少し離れた場所からは、目の前で夫君を失ったショックでぐったりとうなだれるレドラを支えながらも、己をいたく案じるまなざしを傾けるアニスの姿もある。

(ディル兄は……?)

 慌ててきょろきょろと周囲を見渡す。だが、彼が存在した痕跡はどこにも見当たらなかった。そう、どこをどう懸命に探そうが、全くもって微塵にも。

「いない……。そんな」
「……? あの、殿下」
「ここにいたはずなんだ。ディル兄、ディルナス・ファルナトゥ・デヴォンシャーが。なのにおまえは見なかったというのか?」
「デヴォンシャー? ……ああ、ディルナス様のことでございますか。ファルナトゥの領主デヴォンシャー
公妃、セシリア様のご子息であらせられる御方……。いいえ、私はとんと存じませんが」

 きょとんとした表情でやや小首をかしげるような素振りを示す。そんなクリフの態度に業を煮やしたのか、ラズリは彼の隣に位置するケインの方へ急ぎ視線を注ぐ。

「自分も右に同じく、です」

 間髪も挟まず彼は即答する。鋭く尖ったナイフの如きまなざしで唐突にぎろりと睨まれる形で問われれば、さもありなんという態で。

「私もクリフと同様ディルナス様のお姿を目に留めておりません。殿下はずっとお一人でこの場におられました。……まあ確かに、少々いつもとご様子が違っておいでのようでしたが」
「ああ、そういえばそうですね。ケインの言う通りです」

 続けてクリフはもっともらしく頷き、先の彼の証言に対し重ねて同意を示す。

「私もずっとお傍で拝見しておりましたよ。殿下が心ここにあらずといったような風情でこの場に立っていらっしゃるお姿をね」

(それじゃ、今のは――)

 “僕は、影だよ”
 ディルナスがラズリに告げた、その通りだというのか――。

「……」

 黙したまま固まり、立ちつくしてしばらくの後、ラズリはふるりと頭をかばり振る。脳裏にいつまでもこびりつくディルナスの残影を打ち消すべく、軽く唇を噛みしめながら。

(そうだ、俺は自分が今すべきことを成さねばならぬのだったな。感傷に浸るのは、何もかもが終わってからでいい。ディル兄が言ったことが本当なら、その時ちゃんと裏が取れればそれで事足りるだろう)

「……すまない。俺としたことが妙なことを口走った。それよりもおまえたち、これから」

 どうすればいいのか、と今後のことについて彼らに相談をもちかけようとした矢先。

「……っ!?」

(どういう……ことだっ!?)

 一瞬だけ目を伏せた。それは本当に、たかがほんのひとまばたきの間である。

 だがもう一度正面から向き合うべく顔を上げたその時にはもう、ラズリの視界に彼らはいなかった。いや、それはクリフとケインばかりではない。もちろんアニスとレドラも、である。全くもって何の前触れも予感すらなく、彼の前から忽然と消失してしまったのだ。

「――まさか」
「その、“まさか”がとうとう現実たらしめたようだぞ」

 ラズリの背後から声がかかる。慌てて振り向くとそこには蒼竜が憮然とした顔つきで険しく眉をひそめていた。

「結界の中に俺たちはいたはずだ。なのに、なぜ」
「理屈ではないのだろうな、多分。これがあちら側流儀の作法、というわけだ」

 虚無の急襲、突然の襲来――。これこそが奴らの手口だというのか。音もなく気配もなく、存在した痕跡すら残さない。そして気がつけば、自分達以外の全てが無と化してしまう――。

「……くそっ」

 ひどく苛立ちを募らせ、ぎりりと奥歯を噛みしめる。

(魔法なんか習ったとてひとつも役に立ちやしない。まして王位継承者の立場など。かなり滑稽、極まりないとはこのことだ!)

 そう、今やラズリの目に映るのは己自身と人化した竜の姿、それのみである。いつの間にやら学院の建物も地面も空も、そこには何ひとつとて見当たらなくなっていたのだ。

 確かレドナが推察するには熟練した魔法使いほど虚無に対する抗体が自ずと出来ており、現段階では消失を免れているのではないかということだった。

 だが、今やそれすらも根拠なきただの楽観的推測であったことがこうして証立てされてしまっている。

 何せ当の本人はもとより夫君のギルフォードやクリフとケインの兄弟、ティーナの従兄姉と名乗るアニスまでもが、ラズリの目の前から忽然と姿を消したのだ。予告も気配もなく、それこそいきなりだ。この際、例外はけして認められまい。

 そしてこの事象は、やがて自身にも必ずしも波及するに違いなく……。

「……っ!」

 その考えに至った途端、やおら吐き気と背中の震えが止まらなくなったラズリである。

 これでお別れだと自身を幻影と名乗るディルナスはラズリに告げて姿を消した。それはやはり、前述の事態を暗に示唆していたのだろうか。

「さて、小僧。――いや、ラズウェルト・セイルファーデムよ。汝、王位継承者の責務を負う者と見込んで今一度問う。これでもまだ奴らとの関係に和平の道を模索する気か?」

「…………」

 にやにやと、どことなく下卑た笑みを浮かべながら、蒼竜はかなり意地の悪い内容の質問を寄こしてくる。

 だがそれに対し、何ひとつとして明確な意思や答えをラズリは持ち合わせていない。ただ苦々しい表情であからさまに彼から視線を外し、俯き加減で唇を噛むのがせいぜい関の山くらいで。

(ええい、くそったれ!)

 そしてとうとうしまいには、腹立ち紛れに再び大きく足を踏み鳴らす。とはいえ、天地の有無すらない虚無空間において彼の行為は全くといっていいほど無駄であり無意味に近い。しかし、そうせずにはいられなかった。まさに憤慨やるかたない心境であったのだ。

(セレ、カレン、アガシ……っ! それにティーナ――。結局、俺は誰も救えず一生を終えるのか。こうして手をこまねくのが精一杯。結局、何もできないままで、俺は)

 悔悟、憤怒、焦燥――。ありとあらゆる負の感情が胸中に渦巻く。

 どうしたらいい、どうすればいい。堂々巡りのまま思案に暮れたとて、もはや何の解決策も得られずじまいだ。

(本当に何をすればいいんだ、俺は……)

 妖魔による“虚無”という攻撃から人類救済の為、ありとあらゆる抵抗を試みるつもりでいた。そのはずだ。
だからこそ、すがるように自分に助けを求めてきたレドナの申し出に従い、竜の召喚にも応じた。

 だがそれらは悉く徒労に終わったにすぎないというのか。もはやもう、打つ手はないと。
あとはひたすらあきらめの境地で“虚無”を無差別に繰り出してくる妖魔たちの御手にこの身を委ねるしか術はないのか――。

 と、その時である。

「……ふむ」

 何故かいきなり、ぽつりとつぶやいたのは紫竜であった。少し離れた場所に位置していた彼は、すっかり意気消沈の態であるラズリをよそに、しきりとうなずきながら何もない空間上に両手をかざし、ただ一点をじっと見つめていたのである。

「どうした紫の」
「おお、蒼よ。どうやらそろそろ向こうと合流した方が良さそうだぞ」

 そのやりとりがきっかけになり、以下の竜たちもわらわらと紫竜の元へ集まりだす。背後から彼を取り巻くように囲むと、その手元を眺めては、もっともらしくこくりと頷き合ったりもしながら。

「……?」

 いったい彼は何を見てるというのか。ラズリもすぐさま彼らの元へ寄り、紫竜の手の下方に広がる円盤状の面をした渦巻く景色をじっくりと眺め入る。

(なんだ……これは。もしや室内、か?)

 じゃみじゃみとした砂嵐のような表面に時折混じる鮮明な静止画。どうやらそれはどこぞの部屋の風景のようにも見えるが……。

(あれ、俺……。変だな。ここ、確か知ってるんじゃ……?)

 やや眉根を寄せて、ラズリはこの件について何か思い出すことはないかと懸命に自身の記憶を探る。部屋に備えてある豪瀟な調度品の一部や窓にかかる儚げなレェスのカーテンなど、皆、一様に馴染みがあるものばかり。その上とても懐かしみを感じるのだ。

 いや、それどころか。いっそ親近感まで募らせるほど大いに見覚えがあって仕方がないときている。

(ここは……いったい何の部屋なんだ?)

「なるほど。確かに我らも同意だな」
「おお、くろがねにしろかねもか」
「どうやら我ら眷属の者があちらで孤軍奮闘しているようだぞ」
「それに我らを祖に持つ者も、だ」

 先の黒竜と白竜に続き、補足するかのように紅竜と黄竜が口々に状況を述べる。

 それからさらに紫竜は大きく腕を回して空間をかき混ぜ、鏡のように映し出される場面を次々と変えていった。
とたん、ラズリは心臓が射ぬかれたような心地してひゅっと息を飲む。

「ティーナ……っ!?」

 そして驚きのあまりつい声を大にして叫んでしまう。と、同時に閃く。この砂嵐の合間、途切れ途切れに映る場所は父王の寝室、そうセレスト・セレスティアン国の王宮内にある国王ジェラルドの私室だということを。

「何故ティーナが王都にっ!?」

(それじゃ本当にさっきディル兄が言った通り……なのか)

 どうやらディルナスの影とやらがラズリに告げたことは真実、確かなようである。紫竜がどんな仕掛けを施しているのかなど定かではないが、彼が操るこれはいわば千里眼を映す鏡の如き術なのだろう。それによればティーナはファルナトゥにいるのではなく、王都にこそいるのだということが判明したわけだ。

 さらに目を凝らすと、なじみ深い者の姿も視界に飛び込んでくる。あれは薬師長のガルオン、それに騎士団長のバレリアンだ。

 ガルオンは印を結んでしきりと術を唱え、またバレリアンは大きく剣を振るいながら何者かと盛んに戦っている。

 だが、残念なことに一方的に苦戦を強いられているらしい。必死に抗戦しつつも苦渋に満ちたその表情から彼らが置かれている状況がそれとなしに見てとれるので。

 しかし――。

 彼らのことはさておき、その光景を目に留めたとたん、ラズリはひくりと口角をひきつらせ、こめかみにぴくりと怒号の印を浮かび上がらせる。無性に腹が立ち、ひたすら神経を逆なでされるとはこのことだとさも言わんばかりに。

(おいおいおいおいっ! この期に及んで何をやってんだよアイツはっ)

 背後からティーナを抱きかかえる如き姿勢を取る青年の存在。どうやら敵の攻撃からしきりと彼女を守っている様子であるのは誰が見ても一目瞭然だが、それを差し引いても目に余る過剰な防御態勢ではないだろうか。ありていにいえば、やけにベタベタと無駄にひっついる、そんな気がしてならない程に。

 何しろ彼は自分の側にぴったりと彼女の身体を引き寄せて密接に触れ合っているばかりか、その細腰に二の腕を回しているのだから、さもありなんだろう。

(ちょっと待てティーナ。そいつはいったい何者なんだ? どうしておまえはそんな奴と共に父王の寝所などにいる!?)

 苛立ちはさらに募り、腹の虫も一向に収まらない。さてはこの感情、アガシの悪影響でも受けたせいか、もしや。

 きっと彼ならば、先の二人の姿をさっと見た途端「あんにゃろ、どついたるねん! わいのマイスィートハート・ティーナにやーらしい手つきで触りおってからに!!」と腕まくりしていきなりあちら側へ突撃するに違いないだろう。たぶん、いや絶対に。

「ティーナ!!」

 とにもかくにもラズリはさらに声を張り上げて一心不乱に呼び続ける。この状況下でおまえは何をやっているのかと。どうにも面白くない気分も上乗せされ、半ばキレ気味に怒声を発して。

 ――すると、どうだろうか。

 向こう側にいるティーナもしばらく周囲をきょろきょろ見渡した後、顔をこちらに向け、目を合わせてきたのである。しかも彼の声が届いたばかりか、ちゃんとその姿も確かに認識しているようだ。

 ラズリの方を向いてひどく驚いた風情で目を見張った直後、みるみる内に表情を崩し、今にもその場で泣き崩れそうな気配を濃厚に漂わせたのだから。

(……ったく。相変わらずだな、あいつ。人間信号機はこんな時でもちゃんと正確無比、まるきり通常運転だ)

「ティーナーーーーッ!!」 
「ラズリーーーーーッ!!」

 ほぼ同時に二人は共に互いの名を呼び合い、相手に向かって体ごと飛び出していく勢いで思い切りよく手を伸ばす。

 そこには理屈も理由も明確にありはしなかった。ただ、それぞれの存在を心の底から切に求める強い願いだけがあった。


 そして次の瞬間には――。

 王宮のジェラルド王の寝室にラズリは突如として存在していた。豪華で煌びやかで美しい調度品の数々に囲まれた室内。その毛足の長い幾何学模様が描かれた絨毯の上に。

 ティーナと互いに跪きあい、両手を固く握りあいながら。彼女の手を掴んだまま決して離さないと、強くしっかりと指をからめ合ったままで……。



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