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続きです。
…な、何カ月、ぶり……なんだ?
(こ、こわくて下の日付が見れません;(-_-)/~~~ピシー!ピシー! 去年だぉ)
実は巡り巡って、やまののところにバトンが戻ってきたってー寸法だっ!
まあ、あれこれ言い訳三昧はともかく。
ささ、ずずいっと中へ♪ どぞっ。
* ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * **
…な、何カ月、ぶり……なんだ?
(こ、こわくて下の日付が見れません;(-_-)/~~~ピシー!ピシー! 去年だぉ)
実は巡り巡って、やまののところにバトンが戻ってきたってー寸法だっ!
まあ、あれこれ言い訳三昧はともかく。
ささ、ずずいっと中へ♪ どぞっ。
* ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * **
「ヒュウっ」
口笛を軽く吹き鳴らし、バレリアンはにかりと愉快げな笑みを浮かべた。
「はー。こりゃまたスゲエ上玉に化けたもんだなあ。おい、竜よ」
「なんだ」
「ひとつ聞くが、竜族っていうのはみんなアンタみたいにえらく男前揃いなのか?」
実に興味本位丸出しの「ふむ」という表情でと顎に手を当てながらしげしげと竜の姿を眺め入る。
それこそ頭のてっぺんからつま先まで、あるいは腰やら肩やら、細っこい腕っぷしに至るまでをことごとく。
細身のぴったりしたパンツが似合う脚線美をとくと拝んだかと思うと、襟元の大きく開いたシンプルな作りのシャツから覗く形のよい鎖骨なんかも、そりゃもう熱心に。
しかし、そんなバレリアンの妙に度を超す探求の姿勢に対し、竜は「さあ」とだけ、
えらく涼しい顔して事もなげに言い放つ。
「そう問われても我にはとんと答えようがないな」
「へえ、そうかい。して、それはまた何故に?」
「は、知れたこと。所詮このような人の成りなど、そなたらに合わせたただのまやかし、偽りの姿、たかが子供だましの目くらましに過ぎぬわ」
「ほー。そういうもんか?」
「そうとも。よく考えてみろ。我々竜族にとっての美醜の基準は人間のそれとは異なる。故にそれは至って当然の話であろう」
「ふぅむ。なーるほど。確かにそりゃそうかもしれねえわなあ。あっはっはっ、いやぁ、すまなかったな。我ながら、ちっとばっかし妙なことを聞いちまってよぉ」
人間を超えた高次の生物の圏族として讃えられる竜。いくら人の形に変化したとて、竜であることには違いない。
そんな相手に対し、バレリアンのある意味不遜とも取れる、恐れを知らぬあけすけな物言い。それは、周囲の見識ある魔法使いたちの肝を冷やすのに十分事足りた。
いつ何どき、竜が機嫌を損ね、ヘソを曲げ、ただ腹の底から無性にこみあげてくる怒りに任せて万物を焼き尽くすゲノムの炎を吐き出すか気が気ではない。
それこそ文字通り、劫火に包まれ周囲四方八方が今しも焼失されまいか。しきりにハラハラしながら会話の行く末を見守る。
だが、竜は――。
「いや別に。構わぬ。我は大して気にしてなどおらぬ」
と、取りたてて問題にもせず、ただしれっと笑い飛ばすのみ。
どうやら竜はバレリアンの屈託ない態度に対し少なからず好印象を抱いたようだ。その後も竜は、彼に心砕いた様子である。その場にいた誰しもがあっけにとられ、目を見張るほど、快く胸襟を開き、自ら珍しい申し出を彼に示したのだから。
「それよりも、ぬし」
「ん? もしかして俺のことか?」
「そうだ。おぬし、以後は我のことをドラゴ、とでも呼ぶがいい」
「は? いきなり何だよそりゃあ」
「気にするな。ただの愛称みたいなものだ。もちろん我の本名を名乗るぐらい、ちっともやぶさかではないが、いかんせんそなたら人間の言語では到底声音にできるものでもありますまい。ならばそちらの風習に従いひとつ渾名でも、まあ通り名のようなものをだな、この際名乗らせていただくとしよう、と思い立ったまでのこと」
「へえ。なるほどね。ドラゴンのドラゴか」
けっこう安直なネーミングだよな、アンタそれとバレリアンは自分で言いながらぷっと吹き出す。
だが竜はというと、しごくまじめくさった表情を示し、「そうはいってもだな」と彼の言い分にさくっと否定を返す。
「しかしさすがにこの我とて、種族全体を表す竜と総称で呼ばれるのはいささか具合が悪いのでな。確かに我も竜の圏族の一員ではあるが、自分あってこその竜族ではないのだぞ」
(あれ、なんだか。いつの間にバレリアンさんと竜、いい感じ。仲良くなったみたい……?)
豪快で大らかなバレリアンの人柄を竜――ドラゴはかなりお気に召したと見える。種族としては元来、やや偏屈ともいえる竜族ならではの性格の持ち主である彼だが、バレリアンとは妙に気が合うらしく、自然と心を寄せるのだった。
(ふふ、いいな。二人とも、とっても楽しそう。こんな非常事態じゃなければ、もっといいのに)
しばし流れる、ほっとくつろぐ和みの空気。緊張感と緊迫感が迫りくる今この場にあろうとも、どこか居心地の良さをティーナがほわりと味わっていたのも束の間――。
しり……ん。
自身の衣服の中に入れ、胸元に下げていたティーナの小石がいきなりざわついた反応を示した。
(な……に?)
その感覚につられるかのように、ティーナは慌てて周囲をきょろりと見渡す。
石とは、彼女自身の魔法の結晶化した物体。
かつて瀕死の重傷を負い死にはぐった幼少期のラズリを救って以後、ずっと彼に預けその身を守護してきたが、今は元の持ち主である彼女の手に戻されている。この石のおかげでティーナは何度も生命の危機を寸でのところでいつも潜り抜けてきた。それだけに、普段と異なる石の反応には極度に敏感にならざるを得ない。何やらただ事ではない予兆を大いに孕んでいるに違いないのでは……? そう思えて仕方ないのだ。
「どういうこと……? 石が、こんなに騒ぐなんて。こんなことって今までなかったのに」
思わず声に出してしまったせいもあろう。バレリアンもドラゴも、もちろんガルオンら周囲にいるほぼ全員が一斉にティーナの方を注目した。
「どうしたお嬢ちゃん」
「え、えっと。あの……」
言いかけ、だがそのまま微動だにできずティーナは固まる。
(なに、これ……。やだ、ちょっと待って。……すごい、気持ち……悪い)
ぞわりと肌が粟立つ。
しきりと喉が、渇く。
急にいてもたってもいられない、といった風情でそわそわしだした彼女をバレリアンが見逃すはずもなく、大層訝しんだ。
いや、それどころか。
ティーナ、彼女の目前までずかずか軍靴を鳴らしてやってくると、その表情を伺うべく多少なりとも膝を折り、遠慮会釈なしにずいと自身の顔を近づけさせる有様である。
「え、あ、あのっ。な、な、な、何、ですか……?」
何の前触れもなく自分に急接近してきたバレリアンに、とたんティーナは極限まで及び腰となり声を上ずらせる。
「いや、それはお嬢ちゃんの方だろうが。何かおかしなことでもあったのか?」
「え、ええ、えっと。そ、そのっ。詳しくはわ、わかりませんっ。た、ただ……」
「ただ……? ただ、なんだ?」
「いえ、何かが今から起りそうな気がしてたまらなくて、それであたし」
「はあ? おいおい、何だよやぶから棒に。頼むからもうちっと、なあ。こちとらにもわかるように言ってみい。ほれほれ、寝言みてぇなふわふわ浮ついたことなんか、そんな口走ってねえでよお」
「いえ、寝言とかそういうわけでは。あの……」
「……?」
「あの、その…。す、すごい、胸騒ぎがして、それで」
「胸騒ぎ、だと?」
「はい。その、自分にもよくわからないんですけど、とてつもない、何かが。とても大きな力が作用してるみたいで、それで……」
かなりしどろもどろな説明に、ますますバレリアンは大きく首をかしげる。
そんな彼の疑問になんとか応えるべくティーナは再び口を開きかけるも、びくりと背筋を震わせた。
(まさか――っ!?)
慌ててばっと背後を振り返る。とてつもない大きな、抗いがたい力、そう引力のようなものにティーナは無意識の内に操られているかのように。
すると――。
視界に飛び込んでくる、目を見張る程驚愕の光景。
いましも眼窩から眼球が転げ落ちるのではないかと思うくらいに、とても信じがたい場面。
(これは――これはっ!?)
街並みを一望できる丘の上、かなりの高台に所在する宮城。そこから見下ろす景色、その全てがいつの間にやら忽然と消え失せていたのである。音もなく、気配すらなく。もちろん影も形も、跡形もない。
ただただ、視界に映る……白い霧、それだけ。
だが、その現実に震え、恐れ慄き、がくりと跪いて手を地につけ、敗北を受け入れるよりも前に早く。
ティーナは我知らず咄嗟の行動に走った。誰に教わったわけでもない、まして周囲に助言を仰いだわけでも。
だが、彼女は自ら動いた。
己の内側に閃く衝動、それに従い、ひたすらつき動かせられるが如く、風雲急を告げるかのように鋭い声を突如として発したのだ。
「相位を定めよ(アクセプト)……っ!!」
朗々と声高に、くいと顎を上向かせ、頭上を仰ぎ見て叫ぶ。
とたん、天に向けて高く掲げた右手の掌の上、光球がほわりと浮き上がった。
「我らに害なす敵を退け、安息と安寧を守り給え。――星天三角守護防衛(グランド・トライン!)!!!」
掲げていた右手を一気に振り下ろす。すると掌の光球はたちまち三つに分かたれた。
いや、それどころか。鋭い楔に形を変化させ、彼女の立ち位置を軸とした百二十度の方角へそれぞれ離散し落下。その三つの点を頂点とし、結んだ三角を通る円周、その内側と外側とで電位の境界が形成されたのだ。
それはショットキー障壁と同様、外側から内側への侵入は異層であるため封じられ、なおかつ内側からは整流性を持つおかげで敵への攻撃も可能という、防御系魔法の中でもかなり高度な技である絶対障壁魔術なのである。
「何と、ティーナっ! おまえ、どうしてその秘儀をっ。いつどこで誰に教わったのだ!?」
「まさか……究極の魔法奥義をか? たかが学生の分際で、だと? そんな……ありえん!」
「ヒャッホー! ンだよ、すげーじゃん。やるなお嬢ちゃん! アンタでかしたぜ! いやー、よくやったな!」
周囲を席巻する、驚異と脅威に満ちたガルオンの声。
この事実をいかんとも信じ難いといった旨を含んで波のようにどよめくは、宮廷付き魔法使いの頭、司長をはじめとする者たち。
そしてバレリアンに至っては、いつにも増してハイテンション極まりない上、その興奮を抑えようともせず、盛んにティーナをほめちぎる。彼女が成し遂げたすばらしき偉業を、これぞ快挙と、まさに手放しの勢いで。
そんな三者三様、各々が示すそれぞれの極端な反応とは全く異なるのが竜――ドラゴ、だった。
彼はティーナの背後からその背に向かって淡々と、彼女に事実を確認するため問い正す。
「結界を張ったか」
「は……い。で、も……」
両足で地面を踏ん張り、左右の腕をクロスさせたまま、ぎりぎりと歯を食いしばる。
今しもどうと地に伏せ、倒れこみそうになる体を必死で支えながら、ティーナは術を持続せんとかろうじて堪えるものの、今やそれも限界へと近づきつつあった。
「や……。ん、んんんっ。ふぁ。あ、ああっ」
「ティーナっ どうした!?」
「しっかりしろ、お嬢ちゃん!」
「あ、あっ、ん、んっ。やあっ…! も、もぉ……ダ、だめえええ。も、もたな……っ」
「大丈夫かティーナ!?」
「と、とーさまっ」
許容量以上の負荷をその身にしょい込んだために受ける相応の対価。ティーナは立っていることすらままならず、がくりと膝を折り、地面に両手を着く。まるで学院の校庭のグラウンドを心臓破りの勢いで全力疾走の上、完走した直後の状態のようだ。肩で息を切らせるほど呼吸は荒く、力は抜け切り、ぐったりしきって体全体がだるい。
そんな彼女の容体を案じ、慌ててそばに駆け寄ったガルオンとドラゴ、二人の支えがなければ、このまま体を横たえ、ぱったりと気を失いかねない勢いでもある。
だが、そんな状態も幸いなことに長くは続かなかった――。
「アスペクト!」
「アスペクト!」
「グランド・トライン!」
「トライン!」
口々に上がる声と共に、魔法術式をかけた時、一気に身を襲った術的負荷がすーっと軽くなっていることにティーナはハッとして気づく。
ついほんのさっきまで、ずっと全体重をかけたよりもずっしりと、まるで鉛のように重たく身にのしかかっていた超過重積が信じられないくらいだ。羽のように軽くふわりと、しなやかに体が、思うように指も手足も自由に動く。
「交代だ。後は我々がそなたに代わって引き受けよう」
「あの、司長さま……?」
「しかしとはいえ、今ここにいる連中だけでは、お主が形成したこの究極に等しい絶対魔法障壁を、ほんのわずかばかりの人員で持続させるのにはかなり限界があろうというもの。どこまでこの鉄壁の守りが保ち続けられるかはわからぬが、我らとて宮廷付専任魔法使いのはしくれ、最大限の努力は惜しまない。――だから」
術をかけ続ける一方、司長は力なくへたりこんだままのティーナにちらと視線を傾ける。
「そなたたちは急ぎ王の元へ行け」
「そ、それじゃ」
ティーナの顔がぱあっと、見る間に明るく輝き出す。とたん、司長はそれとなく彼女から視線を外した。持ち前の心根をそのまま、鏡のように映し出すまぶしい笑顔が、どうにも正視しづらかったせいらしい。
「おっしゃ。司長のお墨付きももらったぜぇ! んじゃ、とっと行こうぜお嬢ちゃんよ!」
嬉々としながら、バレリアンはその場に座り込んでいたティーナの体を何ら躊躇もせずひょいと抱き上げる。とたん、ぱちんとスィッチを入れたかのように盛大に響き渡る金切り声の悲鳴。だが、それすらも意に介さず、それどころか全く聞く耳も持たずといった風情で、バレリアンは彼女の両足の膝裏に腕を回して片手でぐいと抱えた。
「ちょ、ちょっ! バ、バレリアンさんっ」
「あん?」
「手、手を早く、手を離してっ。い、今すぐ下してくださいっ!!」
肩に荷物のような格好で担がれたティーナは必死になってじたばたと彼の腕の中でもがくが、バレリアンはそんな彼女を物ともせず、却って「いーからいーから。四の五の言ってねえで黙って王宮内まで運ばれていきな」と諭した。
「よぉく聞けよ、お嬢ちゃん。アンタ今ので相当な体力を消耗したろ。普段やりつけてねえ慣れないことぁしたんだからよ、少しでも体力を温存しときなって。この先も長いんだろう? なあ」
「で、で、でもっ。こんな格好……」
「およ?」
「すっごく恥ずかしいん、で、すっ!」
顔を真っ赤にさせながら声を大にして抗議するも、バレリアンははなから取り合う気などないと見え、ひたすらからりと笑い飛ばして華麗にスルーするばかり。
そんな二人の様子を傍らで穏やかに見守っていたガルオンはくつくつと咽喉の奥を震わせながら、今しも声を立てて腹を抱えて笑い転げたいのをかろうじて堪えた。
「と、父さまったら……っ!」
「まあ、いいではないか。バレリアン殿の好意なのだろう。この際、素直に受けたらどうだ」
「ちょ…っ!? 竜までそんな…っ!」
「ドラゴでいいぞ、ティーナも」
「りゅ…。ど、ドラゴも……っ! そんな笑ってないで、なんとかしてくださいっ」
「はは、観念するんだな、ティーナ。バレリアン卿はこうと決めたらテコでも動かないよ」
「そんな……っ! じゃ、じゃあ。ま、魔法ならっ」
「おいおい、よしときなって。無駄なあがきだぜ、お嬢ちゃんよ。俺らぁ腐っても宮廷付き騎士だかんな。対魔法の訓練くらい受けてらぁ。今のアンタの体力じゃ、せいぜいヘナチョコ魔法の呪文しか唱えられねえだろ」
「………っ!」
バレリアンのズバリ的を得た鋭い指摘に、ティーナは「もう知らないっ」とばかりにひたすら赤面させたままつんとそっぽを向く。
そこへ――。
「バレリアン卿、ガルオン様」
「んあ? 何か用かおめぇ」
「どうぞ、こちらに。今、道をつなげます故」
やや年若の魔法使いの青年がティーナたち一行の前にさっと進み出てきた。漆黒の闇を写し取ったかのような黒一色の袖無し外套の懐からぬっと両手を出す。その左手の中指には銀色の指輪、クラダリングがはめられていた。
それは両手が抱く王冠をつけたハートというモティーフを象った魔道具の一種で、魔法の杖と同様の働きを行うものである。
彼はその指輪の表面を右手ひとさし指できゅっとなぞり、口先でもぞもぞと、急ぎ早口で呪いの言葉を唱えると、たちまち異変が起きた。
何でもない空間がやにわにゆらりと揺らぎだし、陽炎のような湯気を立ち上らせる。そしてそこに出現するは、漆黒の闇のような暗澹とした空間。人一人がやっと通ることができるようなわずかな裂け目である。この中を通ればすぐさま宮殿内の王の元へとたどり着くであろう、転移術魔法の一種だ。
「さ、どうぞ。皆さま先をお急ぎください」
「なんと…! これはありがたい。すまないな、恩に着る」
「とんでもございませんガルオン様。これしきのこと、先のティーナ様がおかけになられた高度魔法術に比べましたら、ほんの手慰み同然。ひとかどの礼にも及びませんでしょう」
慌てて彼は首を横に振り、謙遜の意を示すものの、すぐさま表情を険しくさせ「ささ、お早くお通りを」と彼らに先を急ぐよう促した。
「どうか皆様。くれぐれも宜しくお願い申し上げます」
しゃきり。改めて姿勢を正し、深々と頭を下げる姿に、バレリアンはにかりと白い歯をのぞかせながら「おう。任せとけ」と力強く応えた。
「あ、あの……」
「はい。ティーナ様」
「あなたも……です。お務め、とても大変だと思いますが、どうかがんばって」
バレリアンに抱えられたまま、彼の背中側からティーナがエールを送ると、青年は「心得ております」と一層誇らしげに胸を張る。
「元よりこの命、我が祖国、セレスト・セレスティアンにこそ捧げた心積もりでおります故」
一呼吸置き、青年はきゅっと表情を引き締め、深々と頭を下げた。
「――ご武運を」
こくり。無言のままティーナは深くうなずく。
絶対に負けられない、否、負けるわけにはいかない。
弱音を吐くことも、後ろを振り返ることも、その場で立ち止まることも。
目を閉じて耳を塞ぎ、声を殺して泣いている、そんな暇があるのならば。
前へ――。ただひたすら前へと走り抜けていこう。
ティーナはそう、固く誓うのだった。彼をはじめとするその場にいる人々、ひいてはこの世界に生息するあまねく生命のため、森羅万象ありとあらゆる存在の為にも。
自分は――否、自分たちは。
絶対にこの虚無の侵略を防ぎ、食い止めてみせる、と
(続)
口笛を軽く吹き鳴らし、バレリアンはにかりと愉快げな笑みを浮かべた。
「はー。こりゃまたスゲエ上玉に化けたもんだなあ。おい、竜よ」
「なんだ」
「ひとつ聞くが、竜族っていうのはみんなアンタみたいにえらく男前揃いなのか?」
実に興味本位丸出しの「ふむ」という表情でと顎に手を当てながらしげしげと竜の姿を眺め入る。
それこそ頭のてっぺんからつま先まで、あるいは腰やら肩やら、細っこい腕っぷしに至るまでをことごとく。
細身のぴったりしたパンツが似合う脚線美をとくと拝んだかと思うと、襟元の大きく開いたシンプルな作りのシャツから覗く形のよい鎖骨なんかも、そりゃもう熱心に。
しかし、そんなバレリアンの妙に度を超す探求の姿勢に対し、竜は「さあ」とだけ、
えらく涼しい顔して事もなげに言い放つ。
「そう問われても我にはとんと答えようがないな」
「へえ、そうかい。して、それはまた何故に?」
「は、知れたこと。所詮このような人の成りなど、そなたらに合わせたただのまやかし、偽りの姿、たかが子供だましの目くらましに過ぎぬわ」
「ほー。そういうもんか?」
「そうとも。よく考えてみろ。我々竜族にとっての美醜の基準は人間のそれとは異なる。故にそれは至って当然の話であろう」
「ふぅむ。なーるほど。確かにそりゃそうかもしれねえわなあ。あっはっはっ、いやぁ、すまなかったな。我ながら、ちっとばっかし妙なことを聞いちまってよぉ」
人間を超えた高次の生物の圏族として讃えられる竜。いくら人の形に変化したとて、竜であることには違いない。
そんな相手に対し、バレリアンのある意味不遜とも取れる、恐れを知らぬあけすけな物言い。それは、周囲の見識ある魔法使いたちの肝を冷やすのに十分事足りた。
いつ何どき、竜が機嫌を損ね、ヘソを曲げ、ただ腹の底から無性にこみあげてくる怒りに任せて万物を焼き尽くすゲノムの炎を吐き出すか気が気ではない。
それこそ文字通り、劫火に包まれ周囲四方八方が今しも焼失されまいか。しきりにハラハラしながら会話の行く末を見守る。
だが、竜は――。
「いや別に。構わぬ。我は大して気にしてなどおらぬ」
と、取りたてて問題にもせず、ただしれっと笑い飛ばすのみ。
どうやら竜はバレリアンの屈託ない態度に対し少なからず好印象を抱いたようだ。その後も竜は、彼に心砕いた様子である。その場にいた誰しもがあっけにとられ、目を見張るほど、快く胸襟を開き、自ら珍しい申し出を彼に示したのだから。
「それよりも、ぬし」
「ん? もしかして俺のことか?」
「そうだ。おぬし、以後は我のことをドラゴ、とでも呼ぶがいい」
「は? いきなり何だよそりゃあ」
「気にするな。ただの愛称みたいなものだ。もちろん我の本名を名乗るぐらい、ちっともやぶさかではないが、いかんせんそなたら人間の言語では到底声音にできるものでもありますまい。ならばそちらの風習に従いひとつ渾名でも、まあ通り名のようなものをだな、この際名乗らせていただくとしよう、と思い立ったまでのこと」
「へえ。なるほどね。ドラゴンのドラゴか」
けっこう安直なネーミングだよな、アンタそれとバレリアンは自分で言いながらぷっと吹き出す。
だが竜はというと、しごくまじめくさった表情を示し、「そうはいってもだな」と彼の言い分にさくっと否定を返す。
「しかしさすがにこの我とて、種族全体を表す竜と総称で呼ばれるのはいささか具合が悪いのでな。確かに我も竜の圏族の一員ではあるが、自分あってこその竜族ではないのだぞ」
(あれ、なんだか。いつの間にバレリアンさんと竜、いい感じ。仲良くなったみたい……?)
豪快で大らかなバレリアンの人柄を竜――ドラゴはかなりお気に召したと見える。種族としては元来、やや偏屈ともいえる竜族ならではの性格の持ち主である彼だが、バレリアンとは妙に気が合うらしく、自然と心を寄せるのだった。
(ふふ、いいな。二人とも、とっても楽しそう。こんな非常事態じゃなければ、もっといいのに)
しばし流れる、ほっとくつろぐ和みの空気。緊張感と緊迫感が迫りくる今この場にあろうとも、どこか居心地の良さをティーナがほわりと味わっていたのも束の間――。
しり……ん。
自身の衣服の中に入れ、胸元に下げていたティーナの小石がいきなりざわついた反応を示した。
(な……に?)
その感覚につられるかのように、ティーナは慌てて周囲をきょろりと見渡す。
石とは、彼女自身の魔法の結晶化した物体。
かつて瀕死の重傷を負い死にはぐった幼少期のラズリを救って以後、ずっと彼に預けその身を守護してきたが、今は元の持ち主である彼女の手に戻されている。この石のおかげでティーナは何度も生命の危機を寸でのところでいつも潜り抜けてきた。それだけに、普段と異なる石の反応には極度に敏感にならざるを得ない。何やらただ事ではない予兆を大いに孕んでいるに違いないのでは……? そう思えて仕方ないのだ。
「どういうこと……? 石が、こんなに騒ぐなんて。こんなことって今までなかったのに」
思わず声に出してしまったせいもあろう。バレリアンもドラゴも、もちろんガルオンら周囲にいるほぼ全員が一斉にティーナの方を注目した。
「どうしたお嬢ちゃん」
「え、えっと。あの……」
言いかけ、だがそのまま微動だにできずティーナは固まる。
(なに、これ……。やだ、ちょっと待って。……すごい、気持ち……悪い)
ぞわりと肌が粟立つ。
しきりと喉が、渇く。
急にいてもたってもいられない、といった風情でそわそわしだした彼女をバレリアンが見逃すはずもなく、大層訝しんだ。
いや、それどころか。
ティーナ、彼女の目前までずかずか軍靴を鳴らしてやってくると、その表情を伺うべく多少なりとも膝を折り、遠慮会釈なしにずいと自身の顔を近づけさせる有様である。
「え、あ、あのっ。な、な、な、何、ですか……?」
何の前触れもなく自分に急接近してきたバレリアンに、とたんティーナは極限まで及び腰となり声を上ずらせる。
「いや、それはお嬢ちゃんの方だろうが。何かおかしなことでもあったのか?」
「え、ええ、えっと。そ、そのっ。詳しくはわ、わかりませんっ。た、ただ……」
「ただ……? ただ、なんだ?」
「いえ、何かが今から起りそうな気がしてたまらなくて、それであたし」
「はあ? おいおい、何だよやぶから棒に。頼むからもうちっと、なあ。こちとらにもわかるように言ってみい。ほれほれ、寝言みてぇなふわふわ浮ついたことなんか、そんな口走ってねえでよお」
「いえ、寝言とかそういうわけでは。あの……」
「……?」
「あの、その…。す、すごい、胸騒ぎがして、それで」
「胸騒ぎ、だと?」
「はい。その、自分にもよくわからないんですけど、とてつもない、何かが。とても大きな力が作用してるみたいで、それで……」
かなりしどろもどろな説明に、ますますバレリアンは大きく首をかしげる。
そんな彼の疑問になんとか応えるべくティーナは再び口を開きかけるも、びくりと背筋を震わせた。
(まさか――っ!?)
慌ててばっと背後を振り返る。とてつもない大きな、抗いがたい力、そう引力のようなものにティーナは無意識の内に操られているかのように。
すると――。
視界に飛び込んでくる、目を見張る程驚愕の光景。
いましも眼窩から眼球が転げ落ちるのではないかと思うくらいに、とても信じがたい場面。
(これは――これはっ!?)
街並みを一望できる丘の上、かなりの高台に所在する宮城。そこから見下ろす景色、その全てがいつの間にやら忽然と消え失せていたのである。音もなく、気配すらなく。もちろん影も形も、跡形もない。
ただただ、視界に映る……白い霧、それだけ。
だが、その現実に震え、恐れ慄き、がくりと跪いて手を地につけ、敗北を受け入れるよりも前に早く。
ティーナは我知らず咄嗟の行動に走った。誰に教わったわけでもない、まして周囲に助言を仰いだわけでも。
だが、彼女は自ら動いた。
己の内側に閃く衝動、それに従い、ひたすらつき動かせられるが如く、風雲急を告げるかのように鋭い声を突如として発したのだ。
「相位を定めよ(アクセプト)……っ!!」
朗々と声高に、くいと顎を上向かせ、頭上を仰ぎ見て叫ぶ。
とたん、天に向けて高く掲げた右手の掌の上、光球がほわりと浮き上がった。
「我らに害なす敵を退け、安息と安寧を守り給え。――星天三角守護防衛(グランド・トライン!)!!!」
掲げていた右手を一気に振り下ろす。すると掌の光球はたちまち三つに分かたれた。
いや、それどころか。鋭い楔に形を変化させ、彼女の立ち位置を軸とした百二十度の方角へそれぞれ離散し落下。その三つの点を頂点とし、結んだ三角を通る円周、その内側と外側とで電位の境界が形成されたのだ。
それはショットキー障壁と同様、外側から内側への侵入は異層であるため封じられ、なおかつ内側からは整流性を持つおかげで敵への攻撃も可能という、防御系魔法の中でもかなり高度な技である絶対障壁魔術なのである。
「何と、ティーナっ! おまえ、どうしてその秘儀をっ。いつどこで誰に教わったのだ!?」
「まさか……究極の魔法奥義をか? たかが学生の分際で、だと? そんな……ありえん!」
「ヒャッホー! ンだよ、すげーじゃん。やるなお嬢ちゃん! アンタでかしたぜ! いやー、よくやったな!」
周囲を席巻する、驚異と脅威に満ちたガルオンの声。
この事実をいかんとも信じ難いといった旨を含んで波のようにどよめくは、宮廷付き魔法使いの頭、司長をはじめとする者たち。
そしてバレリアンに至っては、いつにも増してハイテンション極まりない上、その興奮を抑えようともせず、盛んにティーナをほめちぎる。彼女が成し遂げたすばらしき偉業を、これぞ快挙と、まさに手放しの勢いで。
そんな三者三様、各々が示すそれぞれの極端な反応とは全く異なるのが竜――ドラゴ、だった。
彼はティーナの背後からその背に向かって淡々と、彼女に事実を確認するため問い正す。
「結界を張ったか」
「は……い。で、も……」
両足で地面を踏ん張り、左右の腕をクロスさせたまま、ぎりぎりと歯を食いしばる。
今しもどうと地に伏せ、倒れこみそうになる体を必死で支えながら、ティーナは術を持続せんとかろうじて堪えるものの、今やそれも限界へと近づきつつあった。
「や……。ん、んんんっ。ふぁ。あ、ああっ」
「ティーナっ どうした!?」
「しっかりしろ、お嬢ちゃん!」
「あ、あっ、ん、んっ。やあっ…! も、もぉ……ダ、だめえええ。も、もたな……っ」
「大丈夫かティーナ!?」
「と、とーさまっ」
許容量以上の負荷をその身にしょい込んだために受ける相応の対価。ティーナは立っていることすらままならず、がくりと膝を折り、地面に両手を着く。まるで学院の校庭のグラウンドを心臓破りの勢いで全力疾走の上、完走した直後の状態のようだ。肩で息を切らせるほど呼吸は荒く、力は抜け切り、ぐったりしきって体全体がだるい。
そんな彼女の容体を案じ、慌ててそばに駆け寄ったガルオンとドラゴ、二人の支えがなければ、このまま体を横たえ、ぱったりと気を失いかねない勢いでもある。
だが、そんな状態も幸いなことに長くは続かなかった――。
「アスペクト!」
「アスペクト!」
「グランド・トライン!」
「トライン!」
口々に上がる声と共に、魔法術式をかけた時、一気に身を襲った術的負荷がすーっと軽くなっていることにティーナはハッとして気づく。
ついほんのさっきまで、ずっと全体重をかけたよりもずっしりと、まるで鉛のように重たく身にのしかかっていた超過重積が信じられないくらいだ。羽のように軽くふわりと、しなやかに体が、思うように指も手足も自由に動く。
「交代だ。後は我々がそなたに代わって引き受けよう」
「あの、司長さま……?」
「しかしとはいえ、今ここにいる連中だけでは、お主が形成したこの究極に等しい絶対魔法障壁を、ほんのわずかばかりの人員で持続させるのにはかなり限界があろうというもの。どこまでこの鉄壁の守りが保ち続けられるかはわからぬが、我らとて宮廷付専任魔法使いのはしくれ、最大限の努力は惜しまない。――だから」
術をかけ続ける一方、司長は力なくへたりこんだままのティーナにちらと視線を傾ける。
「そなたたちは急ぎ王の元へ行け」
「そ、それじゃ」
ティーナの顔がぱあっと、見る間に明るく輝き出す。とたん、司長はそれとなく彼女から視線を外した。持ち前の心根をそのまま、鏡のように映し出すまぶしい笑顔が、どうにも正視しづらかったせいらしい。
「おっしゃ。司長のお墨付きももらったぜぇ! んじゃ、とっと行こうぜお嬢ちゃんよ!」
嬉々としながら、バレリアンはその場に座り込んでいたティーナの体を何ら躊躇もせずひょいと抱き上げる。とたん、ぱちんとスィッチを入れたかのように盛大に響き渡る金切り声の悲鳴。だが、それすらも意に介さず、それどころか全く聞く耳も持たずといった風情で、バレリアンは彼女の両足の膝裏に腕を回して片手でぐいと抱えた。
「ちょ、ちょっ! バ、バレリアンさんっ」
「あん?」
「手、手を早く、手を離してっ。い、今すぐ下してくださいっ!!」
肩に荷物のような格好で担がれたティーナは必死になってじたばたと彼の腕の中でもがくが、バレリアンはそんな彼女を物ともせず、却って「いーからいーから。四の五の言ってねえで黙って王宮内まで運ばれていきな」と諭した。
「よぉく聞けよ、お嬢ちゃん。アンタ今ので相当な体力を消耗したろ。普段やりつけてねえ慣れないことぁしたんだからよ、少しでも体力を温存しときなって。この先も長いんだろう? なあ」
「で、で、でもっ。こんな格好……」
「およ?」
「すっごく恥ずかしいん、で、すっ!」
顔を真っ赤にさせながら声を大にして抗議するも、バレリアンははなから取り合う気などないと見え、ひたすらからりと笑い飛ばして華麗にスルーするばかり。
そんな二人の様子を傍らで穏やかに見守っていたガルオンはくつくつと咽喉の奥を震わせながら、今しも声を立てて腹を抱えて笑い転げたいのをかろうじて堪えた。
「と、父さまったら……っ!」
「まあ、いいではないか。バレリアン殿の好意なのだろう。この際、素直に受けたらどうだ」
「ちょ…っ!? 竜までそんな…っ!」
「ドラゴでいいぞ、ティーナも」
「りゅ…。ど、ドラゴも……っ! そんな笑ってないで、なんとかしてくださいっ」
「はは、観念するんだな、ティーナ。バレリアン卿はこうと決めたらテコでも動かないよ」
「そんな……っ! じゃ、じゃあ。ま、魔法ならっ」
「おいおい、よしときなって。無駄なあがきだぜ、お嬢ちゃんよ。俺らぁ腐っても宮廷付き騎士だかんな。対魔法の訓練くらい受けてらぁ。今のアンタの体力じゃ、せいぜいヘナチョコ魔法の呪文しか唱えられねえだろ」
「………っ!」
バレリアンのズバリ的を得た鋭い指摘に、ティーナは「もう知らないっ」とばかりにひたすら赤面させたままつんとそっぽを向く。
そこへ――。
「バレリアン卿、ガルオン様」
「んあ? 何か用かおめぇ」
「どうぞ、こちらに。今、道をつなげます故」
やや年若の魔法使いの青年がティーナたち一行の前にさっと進み出てきた。漆黒の闇を写し取ったかのような黒一色の袖無し外套の懐からぬっと両手を出す。その左手の中指には銀色の指輪、クラダリングがはめられていた。
それは両手が抱く王冠をつけたハートというモティーフを象った魔道具の一種で、魔法の杖と同様の働きを行うものである。
彼はその指輪の表面を右手ひとさし指できゅっとなぞり、口先でもぞもぞと、急ぎ早口で呪いの言葉を唱えると、たちまち異変が起きた。
何でもない空間がやにわにゆらりと揺らぎだし、陽炎のような湯気を立ち上らせる。そしてそこに出現するは、漆黒の闇のような暗澹とした空間。人一人がやっと通ることができるようなわずかな裂け目である。この中を通ればすぐさま宮殿内の王の元へとたどり着くであろう、転移術魔法の一種だ。
「さ、どうぞ。皆さま先をお急ぎください」
「なんと…! これはありがたい。すまないな、恩に着る」
「とんでもございませんガルオン様。これしきのこと、先のティーナ様がおかけになられた高度魔法術に比べましたら、ほんの手慰み同然。ひとかどの礼にも及びませんでしょう」
慌てて彼は首を横に振り、謙遜の意を示すものの、すぐさま表情を険しくさせ「ささ、お早くお通りを」と彼らに先を急ぐよう促した。
「どうか皆様。くれぐれも宜しくお願い申し上げます」
しゃきり。改めて姿勢を正し、深々と頭を下げる姿に、バレリアンはにかりと白い歯をのぞかせながら「おう。任せとけ」と力強く応えた。
「あ、あの……」
「はい。ティーナ様」
「あなたも……です。お務め、とても大変だと思いますが、どうかがんばって」
バレリアンに抱えられたまま、彼の背中側からティーナがエールを送ると、青年は「心得ております」と一層誇らしげに胸を張る。
「元よりこの命、我が祖国、セレスト・セレスティアンにこそ捧げた心積もりでおります故」
一呼吸置き、青年はきゅっと表情を引き締め、深々と頭を下げた。
「――ご武運を」
こくり。無言のままティーナは深くうなずく。
絶対に負けられない、否、負けるわけにはいかない。
弱音を吐くことも、後ろを振り返ることも、その場で立ち止まることも。
目を閉じて耳を塞ぎ、声を殺して泣いている、そんな暇があるのならば。
前へ――。ただひたすら前へと走り抜けていこう。
ティーナはそう、固く誓うのだった。彼をはじめとするその場にいる人々、ひいてはこの世界に生息するあまねく生命のため、森羅万象ありとあらゆる存在の為にも。
自分は――否、自分たちは。
絶対にこの虚無の侵略を防ぎ、食い止めてみせる、と
(続)
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