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日曜日までにはアップさせよう!と思っていたにもかかわらず、こんなにも遅くなってしまって申し訳ありません!
何はともあれ、私の最後のパート「結の章・3」はこれで完了です。
後はトリを飾るやまのさんにバトンタッチです。
では結の章・3 part 4」をお楽しみくださると幸いです。
何はともあれ、私の最後のパート「結の章・3」はこれで完了です。
後はトリを飾るやまのさんにバトンタッチです。
では結の章・3 part 4」をお楽しみくださると幸いです。
次第に弱々しくなる五芒星の青い光を目掛けて、七頭の竜たちは次々と大地に降り立った。白銀と鉄色の黒竜。この二頭には見覚えがある。いや、見覚えなどという生ぬるいものではない。忘れることなど出来ないほど記憶にくっきりと刻み込まれている。
なるほどこの二頭も「七色宝珠」だったというわけか。どうりで態度が尊大であったわけだとラズリは納得する。
竜の巨大な翼の羽ばたきのお陰で、地表はまるで嵐のような有様だった。ラズリは激しくローブをはためかせながら、五芒星を取り囲むように並んだ七頭の竜たちをぐるりと見渡した。そして真正面に鎮座した白銀の竜に向かうと膝を折った。
「何用だ、小僧。我等の兄弟まで呼び出すとは……下らぬ用件では済まないぞ」
くすくすと笑いたくなるのを堪えるかのように、声には弾んだ響きが含まれていた。それでもやはり七色宝珠と呼ばれるだけはある。その存在はあまりに威圧的で圧倒的で、普通の人間には対峙することすら出来ないだろう。
さすがのラズリですら、この七頭を目の前にして足が少しも竦まないわけがない。五人の魔法使いですら、膝を折ってただ頭を垂れるだけだというのに。
だがここで気弱になっている場合ではない。当然セレスト・セレスティアン王国皇太子としてのプライドもあるが、かつて父がその身を盾にして守ったこの国をむざむざ魔族などに渡して堪るかという思いがあった。
ふと、次々と姿を消してゆく友人たちの顔が脳裏を過ぎる。
王位を継ぐまでのままごとだと思っていた学院での生活。卒業してしまえばもう二度と会うこともない友人たち。自分を取り巻く下らないけれど、かけがいのないものたち。それが音もなく崩れていくのを、黙って眺めているなんて。
―――冗談じゃない。
ラズリは頭を上げると白銀の竜を真っ直ぐに見据えた。深い空の色をした竜の瞳を。瞬きひとつせずに。
「再び魔族によって侵略が始まった。我等の力だけでは魔族を阻むことは不可能に近い。だからお前たちを召喚した」
殿下、とレドナが声を上げる。いくら皇太子とはいえ、これから助けを求める相手、しかも誇り高い竜の眷族に対してあまりにも不躾な物言いだといさめたくなる気持ちもよくわかる。
しかし、今更上っ面の礼儀を示してみたところで、この竜たちに何の意味があるだろう?
「恐らくそれが原因だと思われる『無』という領域が我が領内に広がっているという報告を受けている。失われているのは土地だけではない。人々も姿だけではなく存在そのものが消失してしまっている」
ラズリの冷静な説明を聞きながら、ふんと鼻先で笑うように息を吐き出すと、銀の瞳孔を糸のように細めた。
「……ほお。それらの出来事が、我等とどのような関係があるというのだ?」
そう来たか。ラズリは少し考えると、正直に自分の考えを述べた。
「恐らく……ない」
我等人間が死に絶えたところで、自分たちの住む世界が魔族に乗っ取られようとも関係ないだろう。
「確かにお前たち眷族には何の利もないかもしれない。だが俺は父が築き上げてきたこの国を守りたい。この国に……この世界に住まう人々の平安な生活を取り戻したい」
だから。ラズリは地に擦りつけんばかりに額づくと懇願の声を上げた。
「俺に力を貸して欲しい。魔族を封じ込める力を。世界を守るための力を」
「お前が『世界』というか。小僧」
今度は背後から声がした。ばさり、と風を切る音と共に再び地表に小さな嵐が起こった。舞い上がる砂埃から守ろうと掲げた腕越しに、蒼い竜が目前に降り立つ姿を目の当たりにした。五芒星が発する淡い光を受けて、蒼い鱗は金にも瑠璃にもきらきらと色を変える。例えようのない美しさとその威圧的な存在の前に、ラズリはなす術もなく立ち尽くす。
吹き荒れる強風に煽られ、足元をすくわれそうになる。大地に踏みしめた足が宙に投げ出されようとするその前に、ふっとラズリの周囲で風が消えた。埃が入って涙の滲む目をこじ開けると、目の前に立ちはだかった二人の男の背があった。
ひとりは金に近い栗色の髪。もうひとりは漆黒に近い髪。クリフ・アーヴェレと。
「ディーン先生……」
つい慣れた名前を口にすると、振り返ったディーンことケインがにやりと笑って片目を瞑って見せる。
「ご無事ですか殿下?」
ラズリは、はっと我に返り「大丈夫だ」と告げて体勢を整える。
どうして突然風が止んだのか、それはケインとクリフが防御の結界を張ってくれているお陰だった。レドナとギルフォード、そしてアニスは無事かと目を走らせる。三人もラズリを守るための結界を張っていた。共に荒れ狂う暴風から免れていることを確認すると、ラズリはほっと胸を撫で下ろす。だが気を抜いている場合ではない。
「……どういう意味だ。何が気に入らない?」
ラズリを守るように竜の前に立つ二人を退かせると、蒼の竜に詰め寄った。蒼の竜の瞳は最初黒かと思ったが、よく見るとそれはあまりにも深い青だった。暗い海の色に似た瞳に意識ごと吸い込まれそうになりそうだ。しっかりしろと自分自身を叱咤する。
「俺が世界を守りたいと言うのがそんなにおかしいか?」
噛み付くように問いを投げ掛けると、蒼の竜が鼻の先で笑った。
「ひよっ子がたわけたことを抜かす。口の利き方は一人前だが所詮人真似。世界が何たるかをも知らぬお前が大したことを抜かしおるわ」
人間よりも遥かに長命な竜に「ひよっ子」呼ばわりされても当然ではあるものの、面白く思うもの当然なことだ。しかし七頭もの竜を目の前にして腹を立てるなど、相当肝が据わっているか怖いもの知らずかどちらかだ。
恐らく自分は後者であろうと自覚しながら、ラズリは怒気を隠さず言い放った。
「父が…代々の祖先が守ってきたこの国を守りたいと思うのは当然であろう。自分が生きる世界を守りたいと言って何がおかしい?」
蒼の竜は人の頭の数倍も大きな黝い瞳でラズリを凝視すると、身体の芯を震わすような声を上げた。怖気そうになるが負けてなるものかと、ラズリは表情を引き締める。
「ぬくぬくと守られてきた小童が抜かす言葉としては相応しくなかろうが。お前がそのようなことを抜かすには五十年早いわ」
「だからと言って五十年も待っていられるか!」
ラズリは張り付く喉を唾で潤すと、腹の底から声を張り上げた。
「確かに俺は世界が何たるかなど知らない。それどころか自分の手が届く狭い世界しか知らない。いや、その程度の世界すら知らないことの方が遥かに多い。お前の言う通りあまりに漠然としていて実感が持てないというのが本当だ。父上のように魔族に立ち向かう力なんてない。お前らを呼ぶのことだって他の者の力を借りずには難しかったろう」
「その通りだ小僧。お前程度の小童に世界など救えるはずなどない」
「だからお前たちに助力を求めているのだろうが!!」
とうとうラズリは怒りを爆発させてしまう。「あっちゃあ」と額を押さえるケインの姿が視界の端に入るが、この際気づかなかったことにする。
「どうにかできるならお前らに助けなど乞わない。だが俺ではどうにもならないんだ。俺は………」
一体どんな言葉で伝えればいいのだろう。どんな言葉を使っても空々しく、陳腐なものになってしまうだろう。人から借りてきた言葉ではきっと何も伝わらない。
「俺は…………」
言葉を失ってラズリは唇を噛み締めた。
優しいけど頑固な父上、少し口うるさいけれど誰よりも自分を思ってくれている母上。やかましいくらいに賑やかで明るい姉上たち。いつまでも小さな子ども扱いをするハンナ。優しく聡明なディルナス従兄上。
走馬灯のように脳裏を様々な人々の顔が現れては消え、消えては現れてゆく。
今の今までただの教師だと自分を騙してきたケイン。一見いい加減そうだけど、もしかしたら親友と呼べる存在なのかもしれないアガシ。やかましさなら姉上と肩を並べられるカレン。
そして、泣き虫のくせに時折冷や冷やするようなことをしでかすティーナ。
「………頼む。この通りだ」
いつの間にか膝を折って、頭を垂れていた。
「魔族を退ける力を、知恵を、我等に貸して頂きたい」
しばらく沈黙が続いた。一体どれだけ堪えていればいいのだろうと思う頃、唐突に大きな笑い声が上がった。
「え……」
ラズリは驚いて顔を上げた。
一体どの竜から始まったのだろう。笑いは連鎖的に次々と広がっていった。
「殿下……これは……」
アニスが戸惑った表情で空を仰ぐ。だがラズリ自身にも、どうして突然こんなことになっているのかさっぱりわからなかった。鼓膜が破れるのではないかと思うくらいの笑い声の中で皆で呆然としていると、先に笑いをおさめた黒竜が口を開いた。
「どうだ蒼いの。この誇りだけは高い小僧がこうまで頼んでいるのだ。聞いてやるか?」
すると蒼の竜は鼻から大きな息を吐き出し、不敵な笑いをにやりと浮かべた。
「そうだのお……ときに、この学院の責任者はおるか?」
「はい。私でございます」
蒼い竜の不意打ちにも係わらず、レドナはすぐさま膝を折った。
「何でございましょうか」
「なに。この小僧にもう少しまともな口の利き方というものも、ちゃんと教えてやってくれ」
何を、とラズリが反論する前に、
「心得ました」
とレドナは快く頷いた。すると取り澄ましていた黄竜、緑竜に紫竜までもが「ちゃんと師の教えをきくのだぞ」と諭し始める。まるでの三人の姉のようだと、ラズリはげんなりとしてしまう。
「まあお前にしては上出来だ小僧」
蒼の竜は楽しげに言った。
「我等の力を貸したところでどれだけ助けになるかはわからぬが、面白い。助力してやろう」
だが。と、不意に蒼の竜は言葉を濁した。
「だが……魔族を退けるためには、少々辛いことを知らねばならぬ……かもしれん」
竜が何を告げようとしているのか。頭の中で曖昧に形どっていたものが、今まさに目の前に突き出されようとしている。
「……構わん。覚悟は出来ている」
ラズリは唇を引き結ぶと、竜の言葉に備えて身構えた。
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