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Glückliches Neues Jahr!



 言い訳は後ほどたんまりと~(^^ゞ
 (今はひたすら眠くて仕方ありませぬー)
 
 続きの文の改行とかも後ほど。。。


 とりあえず叫んでおきます。


いさなさん、今年も4649!(笑)






「それでおまえは、一体我々に何を捧げてくれるつもりなのだ?」

 ――はい?
 いきなり突拍子もないことを口走る蒼竜に、ラズリは目をぱちくりしながら口をあんぐりと開いた。

 しかし当の本人は、そんな彼の反応などどこ吹く風といった風情で、にいと笑みを浮かべながらさらに続きを矢継ぎ早にまくし立てる。

 「愚かなり、人の子よ! 我らの助力を仰ぎたければ相応なる対価を示すのが道理。そうは思わぬか、のお?」

 「…対価、だと」

 「何、それなりの誠意を示せというのよ。いかんせんおぬしらの都合に振り回されて、気の進まぬ使役を担わされるのだからな、我々は。自身は得るばかりで我らには失えというのか? …はっ。笑止千万この上ないな! しょせん、これは取引よ。双方、どちらにとっても利に敵わねば、飲めぬ要求だな」

 「…っ。ぐ…う」

 この期に及んで、まだそんなことを抜かす気かこいつらはっ。
 ラズリは蒼竜が並べ立てる理屈に正直、腸が煮えくり返るほど憤慨を覚えて仕方がなく、ぎりりと歯ぎしりの音を立てた。

 今しもこの世界が、いやこの場にいる俺たちですら、いつ何時、跡形もなくこの場から消失するかもわからない。

 だと、いうのに…!

 おまえたちのような生物学的進化とは異なる道を歩んできた、徳の高い、太古の賢智の覇者たる存在である竜とて、全く同等なんだ。
 無を前にして到底力など及ばず、いかな力をもってしても無には通用せず。

 カタチを、生命を、魂を、この世に存在する、ありとあらゆる有なるもの全てが、コンマ数秒よりももっと瞬間的に、無へと変えられてしまうのだ、それは。

 だのに、何でおまえらにはそのことがわからない…!

 こうして何気なく会話を交わしている間にも、刻一刻と消滅の危機が迫っているというのにっ。

 そんなラズリの声にならない憤りを彼の表情の変化から察したらしいレドナは、さっとラズリの傍らに寄って行った。

 先の竜のお達しを額面通りに受け止めようとでもいうのか、横からそっとラズリの肩を両手でぐっとつかんで囁くように告げる。

 「お怒りはごもっともですが、どうかお気持ちをお鎮めくださいませ、殿下。この場は冷静にうまく立ち回りませんと」
 「しかし…! レドナ」
 「あれはきっと竜の手の内のひとつ。我々の真意を確かめるために試しているのでしょう、きっと。挑発に乗ってはなりませぬ。彼らが少しでも臍を曲げたら、それこそ一貫の終わりですよ。人類存亡の危機を脱するどころか、この場で全員“無”に呑まれてジ・エンド。それを回避するためにも彼らから智慧を授からねばならぬのですから」
 「ああ。わかっている。わかってはいる…。だが」
 「それではこれ以上は私から申すまでもないことでありますが、何卒ご辛抱なさりませ殿下。むろん私どもとて、それはもうよくよく存じております。殿下のかようなご心痛はすべからず我ら臣下のそれに等しい物であります故」

 ほとんど互いに視線も交わさず、小声でひそひそと会話を続けるレドナとラズリ。

 そんな二人の様子を傍らで見下ろしながらも、蒼竜はふふんと鼻をひとつ鳴らしただけで大して気にもとめず、むしろ先よりももっと、からかい含んだ口調でにやにやと笑いながらとつとつと語り続けるのだった。

 「話し合いはそこいらで済んだか?」
 「なっ…!」
 「まあそれしきのことなど、どうでもいい。些少なことだ。この際、おまえたちが勝手に決裂したとて我らにはおよそ関係ない次元であるしな」
 「よ、余計なお世話だ…!」
 「は、は。どうもいらぬ威勢だけはいい奴だのぉおぬしは…。そのめっ
ぽう意気がる気骨を別の方面にでも向ければ、何がしかで大成したものを…。惜しい、実に惜しい逸材ぞ。そう無駄につっぱねて自身の小賢しさを誇示するばかりでは、ほしい駒すらいっこうに掌握できぬことを承知置きか。のお? 次代のセレスト・セレスティアンを統べる王よ」
 「言わせておけば…この。図に乗りやがってテメェ」
 「殿下…!」

 あわやラズリの感情の箍が決壊寸前五秒前という時、レドナは慌てて彼をいさめようと脇から口を挟む。

 どうしてこう何に対しても直情的なのだろうか、このうら若き我らの王子さまは。ここまでせっかくお膳立てしたというのに、自分たちの苦労など水の泡ではないか。まったく、竜の言う通りこれではいささか先が思いやられる…。

 蒼竜とラズリの間に立ったレドナは胸中で深いため息と共にそう愚痴をこぼしながらも、じゃじゃ馬をなだめる心地でどうどうと手綱を握りつつ、ラズリの怒りを抑えた。

 「どうぞお心を平らかに、殿下。抑えて下さいませ何卒、何卒」
 「しかし、これでは…! 埒が明かないだろうっ。こいつらはどうせ俺たちの言い分など聞く耳すら持っていないんじゃないかっ!」

 だからはなから反対だったのだ、自分は、俺は。
 こんな得体の知れない、生物としても一切共通のファクターを持たぬ種の存在に、自分たち人間をはじめとするこの世界の将来の行く末を委ねるのはっ。

 くわっと目を剥いて今しもそんな思いで怒りを爆発させかねないラズリ。そんな彼をレドナはなんとか落ち着かせようとでもいうのか、がしっとその背に両腕を回してまずは身体で制し、多少なりとも声高に説得をはじめる。

 「殿下、お願いいたしますっ。どうか、どうかこらえて下さいませ。お気持ちはまことにお察しいたします。どうにも怒り心頭が治まらぬと仰るのでありますれば今ここで、この私レドナの横っ面をひっぱたいても構いませぬ故。この場はどうか、どうか…」
 「! …う、ぐ…うっ」

 そこまで言われてはさすがのラズリもしっかりと握った拳を緩めざるを得なかった。
 自身の感情の赴くままにまかせて配下の僕を殴ったとあらば、後々目覚めが悪いこのこの上ない。

 いやそれよりも。元来レドナはロータスの魔法学院長、そして自身はそこの生徒だ。いくらこの非常時、彼女の許可があったとはいえ、生徒が師を暴力によってその意見を組み伏せたなどという不名誉など、己の経歴に一切刻みたくもないではないか。

 「わ…かった。レドナ、おまえの顔を立てて…俺が折れればいいのだろう」
 「あ、ありがとうございます殿下っ」
 「も、いいっ。いいから、即刻俺から離れてくれ…!」
 「…あ、すみませんっ。気安く御身に触れてしまいまして、大変失礼いたしました」
 「…いや。そういうわけではないんだが。その…。うう…」

 ぱっと自分から身体を離したレドナにラズリは沈痛な面持ちで軽く呻いた。

 いくら自身を落ち着かせるためとはいえ、家族ではない妙齢の大人の女性に力強くぐっと抱きすくめられたものだから、何故かラズリは変に意識してしまい、ついひどく焦ってしまったのだった。

 かねてよりアガシから鈍い鈍いと指摘されるラズリではあったが、彼とて敏感に感じやすい年頃の健康な男子でもあるからしてそれなりに、半ば当然の反応ともいえようか。

 そんな彼らの一連のやりとりを傍から眺めていて、ぷっと吹き出したのは周囲に控えていた他の竜たちだ。

 中でも特にラズリと直接相手をしていた蒼竜は、いたく愉快そうに身をよじって地面を踏み鳴らす程。人間であればその場で身体を二つ折にして抱腹するような調子で、ぜいぜいと息を荒げながら高らかに笑い声混じりの軽口を叩くのだった。

 「ああ、なんたる愉快・愉悦。いやいや、悪かった悪かった…! すまぬな、若いの。他意はないのださほど。つい、調子に乗ってしまっただけで。許せ許せ」

 ったく、こいつらは――っ! 

 ラズリは苦虫を噛みつぶしたというよりも、苦瓜とせんぶりとどくだみとその他あらゆる一切の、匂いのきつい植物でこさえた青汁を一気に喉に流し込んだかのようなえらく苦みばしった表情でぴくぴくと眉根を引きつらせた。

 俺が憑依した白銀の竜といい、その相棒らしき黒金の竜といい、何でこんなにタチが悪いんだ竜って種族はーっ!

 もしも彼らがラズリたちと同じような人の姿をしていたら、その胸ぐらつかんでそこいら中引きずり回して、禁呪とされる黒系の魔法をかけまくってやりたい。

 それほどまでにも憎たらしく、この先二度と竜なる生き物などを召喚することはないだろうとまで決意を固めかけた程だったのだ。

 しかし当の蒼竜ときたら、そんなラズリの胸中など我関せずといった具合にひとしきり笑い転げた後、ようやく居住まいを正して、「…では、いいか?」と口調を元に戻して話の口火を切る。

 「おまえからは自身に属する持ち物をひとついただくとしよう。名前、魔法能力、記憶、エトセトラ、何だっていい。心底これぞ、と思うものを我らに差し出すがいい。まあなんだな、この際だ。我の趣向ではないが、おぬしの純潔でも一向にかまわんが…?」
 「え。それが…交換条件、なのか?」
 「そうだ。てっきりその命を我らに差し出せと言われるかと思ったか」

 かかかっと高らかに笑い飛ばしながら蒼竜は皮肉っぽく返すが、ラズリは半ば呆然といった調子で鸚鵡返しに繰り返すだけだった。

 「名前…? 記憶…だと?」
 「そうとも。…そうだな、名前ならぬしの出自ぐらいは残しておいてやるからそう心配するな。いっそのこと新しく生まれ変わるだけと思うがいいだろう。以後も魔法を使うというのであらば、その異なる名前で契約をし直せばすむこと。なに、最初はちぃと面倒かもしれんが、それくらいならそうわけない上に、むしろ安いものだろう? むろん記憶とて、おまえが生まれ落ちてから、それそこにいるこの瞬間の、一切合切とはさすがにどうも殺生すぎるからな、それくらいは勘弁してやる。まあ、せいぜいがとこ、ここ数年ぐらいなものか」
 「数年…? というと、俺が学院に入学した頃、とかか?」

 飄々とした態度で軽く言い募る蒼竜に対し、ラズリは重々しく眉根を寄せて念を押すように聞き返した。

 「ふむ。なるほど…そうか、そうなるかな計算では。まあ、それくらいならいたってささやかなものであろうし、そうひどく悩むものでもなかろう? たかが数年など、我らにとってはほんのまばたきよりも短い期間にすぎぬしな。――では」

 蒼竜はにかっと、どこか底意地の悪いような印象を周囲に与えるだけしかない笑みを浮かべると、とんっと地面と軽く足踏みした。

 する、と――。

 白く、不透明極まりない煙がぱしゅんっという擬音と共に濛々と地表から立ち上ったかと思うと、ゆっくりと周囲にたなびきながらやがて薄く空気に霧散していった。

 それからほんの少しの暇(いとま)。集まった六人の者たちが「あっ」と声を上げるまでもない、たちまちの内に、そこに突如、人の姿をしたものが出現したのだった。

 「どうやら覚悟を決めたようだな小僧。ならば、おまえが差し出す我々への貢ぎ物は“記憶”とするか?」

 立ち現れたのは、一人の青年。青みがかった、銀ねず色の髪をぱらりと肩の辺りで無造作に流し、切れ長の目がやけに印象的だった。身につけたゆったりめの衣服に覆われているのでぱっと見では判別つきにくかったが、かなり細身ですらりとした身の丈に長い手足を持っているようだ。
 年齢をいえばラズリより幾分年上、ディーン…ケインよりかはずいぶんと年下、そしてもしかするとアニスと同年齢といえなくもないという頃合だった。

 「おまえ…まさか竜、なのか?」
 「いかにも。あのような成りではおまえからの貢ぎ物をもらい受けにくいからな。人の姿を取らせてもらった。――では、頂くとしようか…?」

 ずいっと右手を差し伸べられ、青年の姿を取った蒼竜はゆっくりとラズリに近づいていく。

 だが、その一方で。

 ラズリはつい、何故か反射的にずりっと後ずさってしまうのだった。
 その行動を制しようとでもいうのか、自分の腕をさっとつかみかかってきたレドナから身をよじり、その手を振り切ってまで。

 「記憶…。俺の…? 忘れるのか、俺は。ここの、ロータスでの生活を全て」
 「ああ。だが…? それくらい、どうってことはなかろう。しょせん人は、儚きイキモノ。軽くて小さくて脆い、その肉体に繋がれた囚われの縛者。身体という器に宿した魂ひとつしか持たぬ存在にすぎぬ。我らとは異なる進化の道筋を辿った、霊長類の成れの果て。…そうだろう? ええ?
 生をはじめて声にした瞬間から、やがて土の中に身を横たえて眠るまで、どうせその短い生涯ですら、全き全ての記憶を抱えて生き続けることすら能わぬくせに、何をそう躊躇する?」

 じりじりと歩を詰める青年。
 ひたすら後ずさるラズリ。

 その間合いは未だ等間隔を保ち、一向に距離が縮まることはなかった。

 「…友情か? …未練か? …思い出か? おまえがそう頑なにそれを手放すのを拒むのは一体どうしてなのだ? たかが三年、それくらいの間のことだろう。そのたった三年ですらも鮮明な記憶を保持し続けることなど到底無理なのに、おかしな奴だ」

 酷薄に見える程、口角をきつくつり上げた笑みを浮かべる青年に、ラズリはぞくりと背筋を震わせながらふるふると首を振った。

 い…やだ。

 知らず、ラズリは繰り返していた。何度も、何度も。心の底から、全身で否定を訴えていた。NO! …と。

 いやだ、ここで過ごした生活を全て忘れる、だなんて。
 ラズウェルトではない、ラズリ・マーヴィとして過ごした日々を自分の意志に関わらず放棄するだなんて…っ!

 アガシ、カレン、セレ…。つきあいこそ確かに浅かったかもしれないが、それなりになじんでいた仲間とも呼べる大勢の級友たち。
 元々なかったかのように。あいつらを俺は…。

 そう、ティーナのことすらも――!

 ラズリの脳裏にふと浮かぶ、一人の少女の姿。
 ゆるやかにうねる黒髪をなびかせながら、どこぞへ走って行くかと思うと、ふと立ち止まり、くるりと振り向いてにこと微笑む。
 かと思えば時にはにかんだり、憤りを素直に口に出したり、焦ってしどろもどろになったり、大粒の涙をこぼしてさめざめと泣き続けたり…。
 その一方で、きっと口を引き結んで絶対に負けまいと、相手にのまれてはなるまいと、確固たる意思表示を示す、気丈で強情な一面も持ち合わせていて。
 いったい、その小柄で細身の成りのどこに、燃え盛る炎のような、沸き立つ泉のような情熱を秘めているというのか。不思議にかられて仕方なく、つい首をかしげてしまうこともしばしばで。
 そんな、彼女と交わした会話が、過ぎ去った日々の思い出が、ラズリの胸をひたすら去来し続けるのだった。

 「おまえらにとっては所詮ちっぽけな人間の戯言(たわごと)にすぎないだろう。本当にささいで瑣末な、つまらないこだわりかもしれん。…でも、俺にとっては全てが大切で大事なことだ。特に記憶は、今の俺を形作っている証であり、重要な軌跡だ。たった数年でも、その抜けた間隙を埋めるための代替物など、何もない。ひとつもないんだっ。なのにどうしてそんな、そこまで事も無げに、何ら躊躇なくずかずかと俺の領域に踏み込んできてまで、奪い取ろうとするんだ、おまえらはっ」

 悲痛ともいえるラズリの主張に、はじめて蒼竜は表情を変えた。
 先ほどのひどく悪意に満ちた嘲笑から一転、すいと目を細めてほおとためいき混じりに吐息を吐き出す。

 彼のラズリを見つめるそのまなざしは、どこか哀れみとかすかな侮蔑の微妙に入り混じるもの。普段の蒼竜にしてはいつになく複雑な心境がひどくからみあっていたものだった。

 まったく。これだから人間というものは、厄介なことこの上ないというのだ。個人の思いいれ、感情、矜持――。そんなものが時に物事を見極める際、まぶたに梁をかける。
 
 「……記憶は、いやかそんなに」
 「あ、当たりまえだっ。そんな…そんなこと絶対にっ! 頼むからやめてくれっ」
 「では、魔法か夢か希望か願いか、名前か。目玉の一つ、耳の一つ、手足のどれかにするか。それとも、やはり自身の純潔か…?」
 「お断りだ、全部…! 俺は、俺は何もかも失いたくないんだっ」

 魔法をなくせば、二度と空を飛ぶという夢は叶わない。
 希望をなくせば、自身の願いなど到底持てるはずもない。
 名前をなくせば、己が己である意味がなくなってしまう。
 体の機能のそれぞれは、二対あって初めて一つのことを成す。
 欠けた一方の機能を補うために、残された機能を駆使しても自ずと限界が生じるのは必至。

 ならばこの世に一つたりとて、なくても構わないという物などありはしないではないか…っ!

 「はっ。笑止! この期に及んで何たる傲慢。これだけ言ってもまだわからぬというのか、己は。我らの助力を仰ぎたければぬしに拒否権はない! 選べ小僧! 個人と世界、天秤にかけてもこの国を背負って立つ若き統治者たる存在であると申すなら、どちらに重きを置くかは自明の理よっ」
 「そうではない、そうじゃないんだ竜よ…! 俺の話を聞いてくれっ。互いにとって何も失わずに得られる方法が、そんな道がきっとあるはずなんだっ。俺たちはずっとこれまで、そうして均衡を保ってきただろうに。それぞれがそれぞれの暮らし方で、居場所を保って。…そ、その。そ、そりゃあ過去の歴史においては、多少のすれ違いや行き違いから双方に悲劇が生まれたかもしれない。けれど、いずれにせよ、生活圏の領域を各々が侵犯せず、長きに渡ってこうして俺たちはやってこれたのだから、これからだってそんな風に――」

 ………これって。そうだ、これは……。

 ラズリは竜にたきつける自身の主義主張が、もっと何か、別の存在にも通じるのではないかと閃いたのだ、どこまでも声高に言い募りながら。

 それは、そう――魔族に対してもほぼ同じこと。

 “有”を“無”に変えてしまう、姿なき存在である彼らが、少しでもなんらかの方法で対話が可能であるならば、そうは説得できまいか。

 俺たち人間と魔族と竜族が、異界とこの世界とに関わらず、今この世においてそれぞれが生を成しているこの現実を受け入れ、各々が存在を全うするには、どのように処し、いかなる道を選択すべきか。

 このままでは……全ての思惑は一方通行で平行線だ。
 誰もがそれぞれに利を得ない。それだけは明らかなんだ。

 だから、対話を。それぞれが相容れない存在であっても、互いに歩み寄って理解だけでもできれば…。そう、ラズリは思い至ったのだった。

 「――青い、な」

 青みがかった銀髪の青年はひょいと肩をすくめると、いかにもやっていられないとばかりに乾いた笑いを周囲にふりまく。

 「いかにも小便臭い小僧が言い出しそうなことよ。それこそただの理想論。現実のこの状況とは恐ろしくかけ離れすぎている。共存? 共栄? いわく共生、か…。果たしてその魔族と我々とぬしが、同じ卓を囲みて席を隣じゅうできた上に、意見を交わせるられるわけはあるまい。…ったく、愚か者めが」
 「それでも、机上の空論よりはましだと思う俺は。試みる前に結論を出すのではなく、試みてから結論を出したい。このままでは、何もかもが判明しないままだ。…何故、奴らは突如俺たちを襲いだした? 二十年前と、そして今とそれぞれに方法を変えて。それすらもわからないではないか、この現状では」

 ほお…。少しは頭を使うようになったか、青二才。
 蒼竜はなるほどと、あごに手を当ててゆっくりとうなずく。

 「…それで、もしも竜。おまえの言った通りの結果にしかなりえないのだとしたら、そうしたらその時は」
 「――ん?」
 「何か持ち物をひとつだとか、そんなケチくさいことはけして言わない。俺はおまえに、俺そのものを捧げる覚悟だ」

 な…! で、殿下っ。いったい全体何を言い出すのか、そんな血迷ってっ。
 きっぱりと断言するラズリの言動を厳かに見守っていたレドラを筆頭とする五人は大きく目を見開いて驚愕を露らにした。

 「ずいぶん大きく出たなセイルファーディムの小倅が!」
 「しかし、それくらい当然のことだろう。人の上に立とうとする者、己を犠牲にしても民を救うくらいの意気込みがなければ何も務まらんではないか。おまえだってそう言ったくせに」
 「全部失うか、全部得られるか。…一か八かの賭け、か。まったく、若気の至りというには、かなり向こう見ずすぎるというもの。先に釘を刺しておくが、後で泣きべそかいて尻まくって逃げ出すなんてことはせんでくれよ」

 やれやれと髪をかきあげてはくしゃりと指でかき回す青年の姿をした蒼竜にラズリは「何とでもほざけ」と鼻をふんと鳴らした。

 「ま、そこまで言い切るのならばぬしには確実な勝算があるのだろうな…?」
 「は…。さあな。どう転がるかは果たして俺にもわからん。だから言ったろ。試みてみなければ何事もわからない、と」
 「それでも…勝負はすると?」
 「当然。俺に臆する理由はない。…ま、専ら俺の一人勝ちになる確率もないとはいえないしな。…だろう?」

 いかにも自信ありげにくっと口角をつり上げるラズリに蒼竜は「頼もしいことだな」と皮肉めいた一言を投げつけただけだった。

 そうだ――。俺は全てを失うか、全てを得る。ただ、それだけのことでしかない。
 All or Nothing.
 そのどちらかでしか、もう策は残されていないんだ。

 ティーナ……。
 ラズリの胸の内に宿るその面影。存在に込められた思いの集約。
 そして、彼女の名そのものが彼に示すのは、行き先を照らす灯し火にも似た象徴、まさにそれで。

 …もちろん、そうだとも。俺は全てを失わない。失わないからこその、覚悟なんだ。
 俺もティーナも世界も。何もかもが同列で同等だ。どれが一番で、何が大事かなんて今の俺には到底選べやしない。
 何故ならそれらが揃ってこそ、俺も世界も彼女さえも、ここにあり続ける理由だからだ。俺が俺として構成する要因、俺を取り巻くものの全てなんだ。
 誓いも新たにラズリは一人、深くうなずく。

 「ならば、それでよしとしようか」
 「では…!」
 「その覚悟に免じて助力は惜しまぬわ。助けてやろう。感謝しろよセイルファーディムの小倅め」

 にやり。どうにも人を見下しているとしか思えない態度だったが、これで一応の決着がついたらしく、その場にいた一同はホッと胸をなでおろした。

 「結ぶぞ、我ら七色宝珠の竜全ては汝との契約を。共に魔族と闘うことをここに誓って」
 「そうか…。やっと理解いただけたようだな。感謝する。個人としても、公人としても、本当に心から…」

 自分に向かってさっと差し出された蒼竜の手の意味に応えるべく、ラズリも右手をさっと上げた。 

 だが――。

 しかし、事態は彼らの思惑など何ひとつとして慮ることなどなく、その場で転変急を告げる。ラズリと蒼竜が互いに手をつなぎ合う、まさにその寸前に。

 「ギル……!」
 「黄(コゥ)…! 赤(シャク)…!」

 レドナの悲痛なる叫びに続いて、白銀や黒金たちが驚愕の声を上げる。

 「大丈夫だ。尻尾は持っていかれたが、まだ他はそのまま残されている」
 「俺もだ。右半身がちっとやられただけで、左半身はほれ、ちゃんとある」
 「しかし…!」

 紅竜と黄竜は自身の身を案じる他の竜たちをひたすら落ち着かせようとでもいうのか、できるだけ何でもない風を装いそう返すが、白銀らがそれを聞いてそのまま素直に納得するわけがない。

 全身が赤みがかった鱗に覆われた紅竜。
 同様に金に近い黄色の鱗を持つ黄竜。

 彼ら自身が言うように、紅竜はその体の後ろ部分が、黄竜は右半身部分が、ぱっくりと刃物で一刀両断されたが如く割れ、影も形もないというか、消しゴムでキレイに消し取られたかのようになくなっていたのだった。

 長い年月を生きてきて多くの経験を積み、様々な出来事を目の当たりにしてきた白銀たちにとっても、彼らを襲ったその現象は、どうしたって奇怪で異様な光景に違いない。

 「ギル…! ギルフォードっ。どうして…っ」

 それからまた一方では、レドナの悲痛なる叫びが周囲にこだまし続けていた。

 ギルフォード・ウィノーラ。レドナの伴侶にして、ロータスの魔法学院の理事を務め、そしてまた竜召喚のための儀を共に行った同士。

 魔族の“無”に対抗するために集結したラズリの臣下でもあった彼が、何の前触れもなく消失してしまったのだ。こちらは先の二頭の竜の部分消失とは異なり、全消失、姿かたちがまさに忽然と消え失せるというにわか信じがたい現実を伴って。

 まさか魔族が……っ! 

 この事実に恐れおののきながらも力なくその場に膝をついて肩を震わすレドナを気遣ってか、ラズリを筆頭とする残された魔法使いたちは次々に彼女の元に集う。

 それでも、慰めの言葉ひとつかけるのもはばかられる雰囲気が彼らの間に席巻していたが、アニスは一人そっと膝を折って腰を落とし、何も言わずに静かにレドナの肩に腕を回した。

 竜召喚の儀に使用した五芒星魔法布陣は、表向き召喚魔法の性質を持つと共に、れっきとした結界ともなりえる強固な守りの布陣だ。

 五人それぞれがその鋭角を守ることにより、かなり強力な魔法結界を張ることが出来るが、たとえ各々が持ち場である鋭角部位を離れてもその威力は相当なもので、まして魔法使いとしての才能にあふれ歴もある、かなりの手練れたちによる守りである。

 そんじょそこらのかけだしがこさえたような、どうにも薄っぺらく、ほんの申し訳程度にしか構築されてはおらぬ、ただの防御シールドとはわけが違う。

 だのに、それが破られた…! しかもこんなにもやすやすと、何の前兆すら感じさせずに。

 さらにその身ひとつで一切合切の呪(まじな)いをもはねかえすとされる、絶対魔法効力を生来持ち合わせているとされる竜とて、部分とはいえ魔族の“無”の洗礼を受けさせられる目に遭ったのだ。やはり彼らでも魔族には太刀打ちできないというのか。これを驚嘆せずしてどうしろというのだ…!

 「これが…魔族の“無”の脅威、か。なるほど確かにおまえたちの言う通り、どうやら一筋縄ではいかないようだな」

 口調こそ幾分、余裕のある響きを持っていたが、蒼竜の表情は固く、厳しく険しいものに変わっていた。

 「…ああ。だからこそ一刻の猶予もならない。…だろう?」

 ラズリが軽く眉根を寄せてうなずくと、やおら。
 ひどく大きく地面が揺れ、空がぐらりと歪んだ。
 七頭の竜と残された四人の魔法使い、それから魔法使い志願の王太子は互いに顔を見合わせ、その顔色に緊張と緊迫の度合いをさらに深めるのだった。
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