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バトーンターーーッチ!


 …というわけでギリギリ七月中に自分担当が終わりましたっ!

 最後はも~お、思いがけず会社を休むことになってしまったので(サボリぢゃないですよ; これでも健康上の理由からです…その、ギックリ腰で(´д⊂) まっすぐ立てないひざ折ってしか歩けない寝返りが自由に打てないという久々に「やっちゃった;」感の大きいものでした…orz)これを機に一気に仕上げましたね…!
 
 まさにガーーーッツの魔法!(笑・最近ミレイさんが好きで好きでたまらんです…(笑)えーもぉあのギアスDVD7巻のピクドラ!すんげ切ないです大告白大会!あんなお祭騒ぎの時でしかルルーシュに思いを伝えられないんだろうなあ~と思うと切なくてきゅうううんしちゃいました。…って、おーっと!また横道それてるそれてる!(爆)

 とりあえずギアス24・25話を見ながら伏線回収って大事よね…! と思いながら自分とこのをみちみちと仕上げましたvv

 まあ、あっちは第二期シリーズもヨロシクね!っていうリセーーーットの魔法(笑)が使えるからいいんですが、うちとこはそうもいかないですし(^^ゞ
 >あ、でも☆ 本編終わったらあれこれ番外編でキャラ使って遊ぼうかい、って案も出ておりますが♪ このままでは埋もれてしまうような美味しいところがいっぱいですもんこのお話vv

 なので、読んでいる人も「あ~設定ばかりの詰め込みでツマらんなあ」とお思いかもしれませんが(私も面倒だからイヤなんよ実は;言葉遣いとかがねー、王道ファンタジーだからねー;)、でもけっこうそれでいておフザケというかお遊びもちょこらと混ぜ込むことができたのでまあ楽しかったかと。
 
 学園描写でカレンちゃんが現代日本にいるかのよーな流行語を言ったりとかね。腐女子描写ですか(笑)っていう感じのとか。ライトノベル意識してるのかなわし…; 
 「キモい」とか「ツンデレ」とか果たしてどれだけ混合してもいいのやらと迷いましたが、殺伐とした中にもちょっとした息抜きができらな~ということで。
 認められない!そんなもの!と思われたら悲しいですが(´д⊂)
 
 あとアガシね、アガシ…!
 すっごい久々でしたが(えっと;何ヶ月ぶり?)彼を書いているとそれだけで心和みます(*^_^*)
 今回は彼でノリツッコミが書けて満足です(笑)

 あと学院長とディーン先生の正体もね…!
 公儀隠密…つまんなかったですかねあの設定(^^ゞ
 でもまあ、ディーン先生の設定はもちょっと複雑な裏があるので(笑)それはまた次回以降に~って; 
 とか言っておきながら最後まで明かさなかったらどうしやう!(爆)
 クリフさんが出てきてまた話を転がさないとこの設定出てこないんですが。

 レドナ学院長はいさなさんのキャラで今回私は初めて動かしました…!
 美人で気のつぇー(笑)女の人は大好きです!
 何気にイメージとしてはギアスに出てくるヴィレッタ・ヌゥさんばりの美人さんなのですが(笑・何その具体的イメージ;)年齢的にはもちょっとレドナさんの方が上かな。

 あと、あんまりにも最初に書いていたのが一年前とかなので(爆)昔の伏線とか忘れちゃっていたりして;ぱら~っと戻ってみたら、二十年前二十年前って…!( ̄□ ̄;)ジェラルド王の三人の王女さまの長姉って22歳なんですよーーーっ!
 …前回書いたの見事に設定と間違っちゃっ…(オフ化する際はちゃんと直しておきます(´д⊂)

 part:2執筆の直前に(とはいっても半分くらいは大まかに書いてはいたのですが)いさなさんと六本木のルピシアさんで半年振りに!執筆会議という名のただのお茶会をしてきたのですが(笑)、ネタバレと称して「こんなところでバトンタッチするんだよ~ん」とお伝えしましたところ「全部やまのさんにおまかせしたい~;」と悲鳴を上げておられました(爆)
 
 …ま、まあね;
 
 もう毎回暴走癖がある私の後を受けるのは大変かと思いますが、こんな大掛かりな王道ファンタジーを一緒に書いて下さるいさなさんがいてこそ、私も安心して羽目が外せるというもので(爆・それがイカンのでは、とかそこ指ささない)オフ化したら絶対文庫本よね(二冊組でおさまるかな…;)、表紙やまのが描くからいさなさん内表紙描いてよねえ描いて~! せっかく絵も文も描く人間が二人も揃ってるんだからさあ、データ原稿でオンライン入稿だ~! 
 
 …とかなんとか、盛り上がりだけはどっかーんなので、がんばって年内完結!の運びにしたいです…。
 そんで年末は忘年会兼完成打ち上げするんだいっ!(笑)


 戯言はまあそれくらいにして本文へ行ってみよー!(*^_^*)

 ラズリは窓の向こうに広がる亜鉛色の空模様に視線を漂わせていた。

 何を思うでもなく、何を考えることもなく。心はただ空虚で空白だった。

 授業と授業の間のわずかな休憩時間、学院内の教室にて一人ぼんやりと窓枠に背中を預けてラズリは外をずっと眺めて続けていたのだった。

 学院の外の、敷地を離れた遠くの湿地に咲く蓮の花がうっすらとラズリの視界に入っていた。

 ロータス地方はその名の由来となったように、蓮の花があちこちで咲き乱れる美しい土地だったが、それはえてして年間を通して雨がよく降る、高温多湿性の気候を持っていることを示していた。

 初めてこの学院に足を踏み入れた時、あれは確か入学試験を受けに来た時だった…な。

 ようやくラズリは窓の外を眺めながらそんなことを何とはなしに思い出していた。

 あの日も確か、こんな風にどんよりと薄暗く、今しも雨が降りそうな空の色をしていたっけ。そして実際、雨は降ったのだ。ラズリら受験生たちが教室にて筆記試験科目の三つめのテストを受けている途中で…。

 はあ。ラズリはやるせないため息をひとつこぼす。

 降るなら降れよ、雨。いっそのことどしゃぶりでもかまわない。
 こうしてどっちつかずの空の下、いつ降るか降らないかと、やきもきして待っているだけがどれほどたまらないことか…! 

 雷? ああ、それもおおいにけっこうだね。景気よくどんがらがっしゃんと落ちるがいいさ。ただし人里離れた場所で、な。

 はあ。ラズリは今一度、ため息をついた。
 どこにももって行き場のない、鬱屈した思いを抱いている自分に、ひどく苛立ちを覚えるかのように。

 「そないにため息をつく奴ぁ、幸せも逃がすんやで」
 背後から声をかけられ、そっと振り向く。

 するとそこには、ラズリの見知った顔がいつの間にか現われており、笑顔を向けながら「よお」と手を上げて彼に挨拶をよこすのだった。

 「アガシか…」
 ラズリとは同級生でなおかつ、寮の同室生でもあるアガシ。ざんばら髪をひもで結び、制服をおもいきり着崩しているその風体は今や本人のトレードマークでもあるらしく、校則違反なぞ知ったことかという態度でいつだって堂々としていた。

 「なんぞおもろいもんでも見つけたんか? …ああ、こりゃあかんわ。ひと雨くるでぇ、その内どばーっとバケツひっくりかえしたみたいなのがな」

 ラズリの前にずいっと身を乗り出し、自分も彼同様窓の外を眺めたかと思うと、すかさず振り向いてにかっと歯を見せながらからからと笑う。

 気さくで遠慮のない、人当たりの良い性格。校内の生徒の多くがそんな彼を慕い、また彼自身もその自覚があり、誰とも顔見知りかつ仲良くなりたがる傾向にあった。

 だが、ラズリはそんな彼の相手をいつも通りにこなすのは、今はいかにも面倒だと言わんばかりに、普段よりも幾分素っ気無く返すだけにとどまる。

 「…で? 何か用かアガシ」

 「お、おおいちょっとラズリ。そーりゃあ、ないやろ。ホンマにツレないわあ。もちっとにこやかに、こう、さわやかな愛想でも振りまいてみぃ。きゃー! ステキよぉうラズリぃ…って。きゃーわいいお嬢さん方の黄色い声がわんさと集まってきよるでぇ」

 「…馬鹿か、おまえは」

 毎度のこととはいえ、こんな気分的に滅入るような日にコイツにからまれると、よりいっそうたまったものではないな。
 ラズリはアガシにわからないよう、そっと胸の内で先ほどと足して三度目のためいきをついた。

 「うざったい。失せろ。おまえの相手をしている暇などない。俺は考え事をしてるんだ」

 「は…ん」

 ラズリは再びアガシから視線を外すと、どこか物憂げな表情で窓の外を見やる。

 そんな彼の態度がよりいっそう、格好のからかい材料になるとでも判断したのか、すげなく追い払われればされるほど、もっともっとアガシはラズリにからみだすのだった。

 「…そっか。ほー、へー。考え事、ねえ。なーるへそー。恋するボクちゃんはただいま青春まっさかり、大変お悩み中であります、ってやつかあ。さしずめその相手はズバリ、ティーナ! で決まりやろ? そやろ?」

 「な…! どうしてそこにつながるっ」

 「ハイハイ。ええて、ええて。そうむきになって隠さんでも。…ま、わいも同じやからな。ここがお互い同じ相手に恋する者同士のツライところやな。…で、ティーナから何か連絡はあったのか?」

 ぽんんぽんと調子よく肩を叩いてくるアガシの手を、ラズリは馴れ馴れしくするなとばかりにそのまま払った。

 「…いや、まだだ」

 「えー。もうずいぶん経つんやでぇ? ひのふのみの…。少なくとも夜は七回、明けて八回は過ぎたな。うん。なのに…かあ」

 「それよりおまえの方にこそ連絡はないのかよ」

 「はあ? なーにを寝言ゆーとるか。テメェんところにすら来ぃへんつーのに、わいのところになんざあるわけないやろ。つーか、そもそも身動きひとつ取れへんのやさかい? これがホンマもんの八方塞がりやろうな」

 結局ディーンが口裏を合わせてくれたようで、あの騒ぎの後、学院上層部、特にウィノーラ学院長からは何のお咎めも受けずに今日まで過ぎてきていた二人だった。

 だがディーンからは、二度とあのような無茶はしてくれるな、これ以上かばい立てがしにくくなるときついお達しがあり、さすがにその戒律をあえて破るような真似など二人してできなかったのだ。

 その上、まさかその一件と連動しているのかどうかは定かではないが、かねてより山のように多かった授業後の小テストは倍に増やされ、それをこなすだけで手が一杯、精一杯。ティーナの状況を探る件でラズリもアガシも互いに膝を突き合わせて違う策を練る余裕など全く持てなかったのも事実だったのだ。

 「はあい。アンタたちぃ」

 ラズリとアガシの会話に何のわだかまりもなく割って入ってきた女子の声。それに反応した二人は一斉に振り向く。と、そこにはにこやかに手を振るカレンの姿があった。

 「やっぱりあいかーらずねえ。金魚のムムムみたいにどこでもここでもつるんじゃってまあ…!」

 「なんだそれは」
 ぴくり。こめかみ付近に青筋を立てる勢いでラズリは憤慨やるかたなしといった低い声音を発する。

 「別に俺は何も好き好んでこんな奴とくっついているわけじゃない」
 言うそばからアガシは「何ぃ」と反応を見せるが、それには我関せずとばかりにラズリは先を続けた。

 「アガシとはただ同じクラスでその上、寮の同室生ってだけのことだろ。変な勘ぐりはよせ。迷惑だ」

 「まったまたあ。んもぉ、ホントラズリってばツンデレなんだからっ」

 「…はあ? どういう意味だそれは」

 「普段はツンツンしているくせに、親しい間柄にはデレデレってこと!
 アガシにデレってのは意外そうでいて、別の意味で喜びそうな人もいそうなちょっとしたアブなさがあるのがかえっていいのかもね。現に、さっきからみんなの注目を浴びちゃってたんだけど…。気づかなかった?」

 カレンがくいと親指を立てた方向へラズリとアガシはさっと視線を向ける。すると、確かにその通り。彼女が指摘したような光景が教室内では繰り広げられていたのだった。

 表向き、そこはかとなく友人たちと固まって談笑しているかのような素振りでいながら、ちらちらとこちらの動向をうかがっているかのような連中がずいぶん多い。…特に女子のグループでその例は顕著、中には他クラスの者までも、廊下側からこそりとのぞき見しているような有様だった。

 そんな周囲の状況の変化にラズリは多少、こめかみ辺りからずきずきと頭痛が増すような気がしだし、どこか苦虫を噛み潰した顔で頭を押さえた。

 「あ、あのなー? 何言ってんだかさっぱりやで、カレン」

 さすがのアガシも困惑気味な表情でこりこりと顎を指でかくが、カレンはまったくどこ吹く風。「んもぉ、またまたー。そんなテレなくてもいいんだからー」とばしばしっと二人の肩を交互に叩いた。

 「そう何だかんだ言いながら、けっこう二人してコソコソしあって、しょっちゅうツルんでるの、知ってるんだからア・タ・シ」

 ばっちん。まつげのしばたく音までしそうなほど大げさなウィンク。さらに手をぱたぱたと、スナップを利かせるような仕草までおまけにつけて。

 その勢いに気圧され、あっけに取られるラズリ。カレンはそんな彼にはまったくおかまいなしに、その後も調子よくまくしたてた。

 「どう? いっそのこと二人でコンビ組んでコメディアンにでもなっちゃえばぁ? そうだ、あたしがアンタたちの代わりに紹介状書いて王都の芸能事務所に立体写真(ホログラフィ)添付で送ったげるからサ。あっは、それきーまり! ちょっとナルシストっぽいポーズでも取ってみたら? 絶対似合うからっ」

 面白がってはやし立てるカレンの言い草に、小馬鹿にされているのかとラズリは少しだけむっと顔を険しくさせた。

 しかしだからといって、妙にむきになって言い返すのもさらに相手を愉快がらせるだけだと判断したらしい。ラズリはぐっと怒りをこらえ、あくまでも平静を装って彼女に意趣返しするだけにとどめた。

 「それをいうならカレン、おまえこそどうなんだ」

 「…へ? あたし? 別に…あたしには相方なんていないけどぉ」

 「とぼけるのも大概にしとけよ。カレン、おまえだっていつも同室で同級生のセレやティーナとどこでもここでもしょっちゅうひっついて…て?」

 あれ? セレは…? どこにいるんだ。
 ラズリは口に出してから慌ててきょろきょろと周囲を眺め回して彼女の姿を探した。

 普段であれば、カレンの隣りにはいつだってちょこんと控えている短い髪をした少女がいるはず。だのに今日に限ってたまたま席を外しているのか、この場にいないとは…。

 壊れたスピーカーのように大音量でおしゃべりを矢継ぎ早に続けるカレン。そんな彼女とは異なり、セレは慎み深さを心得ているのか、それが生来の性格なのか。いつでもおっとりとした微笑を絶やさず、ただそこに、彼女たちと一緒にいるだけだ。

 けれどそれでいて何もかも興味関心なく素通りしているわけではもちろんない。おさえるべきところはきちんとおさえ、的確でストレートな判断でぱきっと適切なる一言を相手に与えられるような心得の持ち主だ。

 そのため、時としてその絶妙な地雷の踏み方には、拍手を送りたくなるほど残酷で痛恨なる含蓄があったりして。見かけのおっとりさに惑わされてはいけないという、なかなか一筋縄にはいかない側面があるのも確かだった。

 もしかして…。そんな彼女だからこそ、口の達者なカレンには物怖じせず真っ向からつきあっていけるし、ティーナともうまくやれているのかもしれない。

 特にティーナはあれでいて意外と見た目と中身のギャップが意外と激しい。一見、誰にでも従順な素振りで大人しそうにふるまっているようで、ここぞという時にはがらりと変わる。鬼の一念岩をも通す的な勢いでまさに頑固一徹、一本まっすぐ筋が通っており、一歩も退こうとしないのだから。
 それに自身の非力さも省みず、無茶を押して、自分はまだまだ大丈夫だと笑っていられるほど、妙な気丈さも持ち合わせているし、な…。

 「…うんと、セレ?」

 「ああ、そうだけど。でも今はいないんだな、って…」

 「えっと…?」

 「それともなんだ、今日は休みなのか?。けっこう珍しいよな。そういえばここのところまともにセレの姿を見ていな…」

 「ねえ。ラズリ? そのセレって、誰」

 「はあ…?」

 ラズリは思い切りよく外されたカレンのとぼけっぷりに言葉を失い、一瞬頭が真っ白になった。

 「そっちこそ、新手の冗談か? おまえらだって同室だろ、ずっと。カレンとセレとティーナ。俺とアガシのように、入学時から変わらない」

 「ちょっとぉ。そういうラズリこそ、おかしな冗談は言わないでよねえ。大体あたしは入学した時からずっと一人部屋、なんですぅー。ティーナだってそうよ。あたしたち、そりゃ仲は良いけど部屋はお互い別々だモン」

 腕を組んでぷいっと頬をふくらませながら思いっきりつーんと顔を横にそらす。
 そんなカレンの完全否定っぷりにラズリは愕然とした表情を向ける。

 それからハッと気づいてアガシの方に顔を向け「おまえなら知ってるよな」と視線で打診するも、彼もまた「いいや」とすげなく首を横を振った。

 「そんな…まさか」

 「なんや、そないなこと当たり前やん。ホンマ阿保やなあラズリ。うちのクラスはずっと一年から持ち上がりやでえ。わかっとるやろ」

 「しかし…」

 「大体なあ、そもそもこのわいが知らん言うてんやから、ぜってー間違いないやろ。なんせ学校中のかわいいお嬢はん方の顔はずぇーんぶこの頭のファイルにちゃーんとインプットされとるさかいに」

 「…だからこそ、だ。おまえのことだから絶対、学院中の女子の顔とフルネームを把握しているはずだと思って、振った話なんだが」

 「そうよねえ。女タラシのアガシで有名ですものね~え」
 「そやそや。…って、だーれがタラシやねんっ」
 アガシの一人ノリツッコミぶりにカレンはさらに鋭く切り込んでいく。

 「ああら。学院中の女の子くどいて何十人っていうのを更新中でしょ。卒業するまで百人斬りするって? せいぜい偉業達成がんばってねーん。で、さしずめ今度のターゲットはティーナってとこ? あはん。彼女がそう簡単にアンタの毒牙に堕ちるかしら、見物だわね」

 ちらりとカレンはラズリの方に視線を向けた。いかにもティーナの意中の相手は誰か、とくと自分はわかっているのだとでも言いたげに。

 「じゃあかしいわい。今にみてみぃ、わいとティーナで必殺ラブラブ光線放ったる…! おまえらみぃんなそれに当ててヤキモチ焼かしてメロメロにさせたるわっ。ぶわっはっはっ」

 「うっわ…恥ずかしいー。ていうか、あまりにもキモすぎて笑えないんだけど、それ」

 一人いぶかしむラズリをよそに、アガシとカレンは二人でかけあい漫才よろしく話を勝手に展開させては声を立ててはしゃぎ、笑いさざめき合った。

 セレを知らない、いやそもそもそんな生徒など最初からいない、だと…?

 そんなはずはない。俺の記憶違いなんかじゃない。間違いなく彼女はいた。このクラスに存在していた。顔だってもちろん、覚えている。

 しかし――。

 他の誰かにもう一度同じ事を訊ねてみようか。もしかしたらカレンとアガシは自分の預かり知らぬところで口裏を合わせて、ちょっとからかっているだけかもしれないし。

 とっさにそう思いついたラズリは、自分が質問するのに適当な該当者がいないかどうかを探しだそうと教室中を見渡してながらどきりとした。

 そういえば…。

 ティーナのことがひたすら気がかりで最近、ここのところあまり注意を払っていなかったが、ぽつぽつとまばらに席が空いており、それが目立つようになったなと思っていたところだったのだ。

 なんだ、ずいぶん休みがちな奴が増えたんだなとか、なんとか。そう、なんとなく思っていたことはあったが…。

 まさか、それとセレのことが密接に結びついてるのでは――?

 「ひとつ、聞く」

 ラズリそっちのけのまま、ひたすらノリとツッコミでボケボケなゆるいトークを繰り広げていたカレンとアガシの間に割って入る。

 「二人ともこれに聞き覚えは? いずれもうちのクラスの生徒の名前なのだが…」

 前置きをした上で次々と空席の順に名前を上げ確認するが、その度ごとに二人ともきょとんとした表情でお互い首をひねるばかり。そんな彼らを前にして、ラズリはみるみる内に顔を曇らせていった。

 どういうことだ…これは。いや、俺の方がおかしいのか? それとも?

 ラズリはひたすら沸き起こる胸の内の動揺を隠しもせず、何とも信じがたいといった表情で首を振りながら口元に手を当てた。

 そんな彼の豹変ぶりに気づき、おいしい場面はもれなく見逃すまいと目を光らせたアガシは、すかさず話の腰を折ってラズリをつつきだした。

 「おーいおいおい、しっかりせぇやラズリ。色ボケすンのにも程があるっちゅーのっ。四六時中、二十四時間ずーっとティーナのことばーっか考えとってんから、ここぞという時に肝心なこたぁ忘れるんやで」

 そんなアガシの放言ぶりにはさすがのラズリも思わずカチンときたようだ。

 ったくアガシのヤツめ。この重大な問題の発生を前にして、なんでもかんでもそっちに結びつけようっていうのか?

 おーおー。上等だぜ、アガシ。そんならいっちょ、ノせられてやるよ俺もおまえに。売られたケンカなら、せいぜい高く買ってやろうじゃないかっ。

 「そのセリフ、そっくりおまえに返してやるよアガシ」

 「はて。わいは何ぞ言いよったかいな?」

 この期に及んで明後日の方向に視線を彷徨わせつつ、とぼけたフリで誤魔化して逃げようとするアガシ。そんな卑怯さにラズリはもっとも腹が立ったらしく、声を荒げて相手の制服の襟をつかみかかる。

 「おま、おまえな、いーかげんにしろよっ」

 「へー? なんですかー?」

 「馬鹿がっ…! 薄らとぼけてんじゃねーっての。おまえだってなあ、あの時えらくにたついた顔しやがって、夢見がちな瞳で遠くなんか見てたクセにっ。なーにがふかふかでふわふわだ…っ! おまえの方こそ気持ち悪くて仕方ないぞっ」

 「はあ? …なーんや。そないにあのこと気にしとったんかあ。なら、素直に認めてそう言やぁええやん? いっくらでも話して聞かせてやるよってからに。…そやな、ホンマええ心地やったぜぇ。こう、ぎゅーってな? 腕の中に抱きしめて頬摺り寄せてくれたんやでぇ、ティーナがな…」

 「いやああああっ。何ソレ何よっ。ちょっと問題発言! アガシったら不純異性交遊で警告! 減点三十で即!反省室行きよっ!」

 「阿保ぉ。ぬかせカレン。なーにが不純、や。りっぱな純情愛情過剰に異常、どっちもこっちも花咲け乙女、だっつの、わいは。それがわからんかこのアマぁ」

 またしてもアガシのセリフにカレンが噛み付き、二人してかけあい漫才の世界へと流れていってしまった。

 そこでラズリはやっと我に返る。いつまでもふざけ倒し続ける二人に今度こそ見切りをつけることにして、何も言わずにさっと身を翻しだっと教室を飛び出して行くのだった。

 ラズリの背後でアガシが「おーい。もうじき次の授業がはじまるでー。ええのんかー?」と暢気にも声をかけてきたが、それすらも無視してひたすら廊下を駆け続ける。

 もしかして、ディーンならこの訳を知っているんじゃなかろうか。

 まばらに目立つ教室の空席。授業に出て来ない生徒たち。そしてそれは、日増しに増えて…。そんな彼らは単に病欠などで休んでいるのではない。はなからこの学校に存在しないという。

 アガシもカレンもそう言って笑った。名前も知らない。聞いたこともない。そんな生徒など、いるわけがない。ラズリの方が何を思い違い、勘違いしているのかと。

 だけど、自分は覚えている。確かに記憶している。彼らの顔も、名前も、どんな時にどんな思い出を共に過ごしてきたか、という一切合切を。

 その違いは何か。どうしてそんなことになってしまったのか…。
 ディーンならきっと、この件に関して何らかの情報を持っているような気がしたのだ。

 彼はミランダことも含め、あれこれ事情に詳しかった。そして、アガシによればファナトゥにいるティーナに自分の魔法を託して身を守ったりもしたそうだし。
 そんな彼だからこそ、多分わかっている。その、はずなんだ。

 ラズリは今すぐにでもディーンの元へと急ぎ駆けつけ、全ての疑問と謎を彼に問いただして解き明かそうと躍起になっていた、その矢先――。

 「うわっ!」
 「わ…!」

 前方に注意を払わず曲がり角を折れたとたん、どしんと向こうから来ていた相手と身体がぶつかった。

 慌てて「悪い、急いでたので」と謝った直後、相手から「ラズリ…!」と自分の名前が呼ばれ、慌てて顔を上げる。するとそこには…。

 「ディーン…!」
 「これはちょうどいい。教室まで行く手間が省けました」
 「…えっ? それは」

 どういうことかと訊ねようと口を開きかけたラズリにディーンのセリフが被る。

 「学院長がお呼びですよ、ラズリ」
 「な…」
 「君に直接お話があるそうです。よって、至急つれて来られたし、とのお達しを受けてね。それでちょうど今、君を迎えに行くところだったんですよ」

 まさか…!
 ぎろり。ラズリは思わずディーンをにらみつける。

 おい、どういうことなんだこれは。呼び出しの内容はもしや、この間の騒動についてではあるまいな? おまえがうまく庇い立てをしておいてやると言ったから、俺やアガシは何も行動を起こさなかったのに。

 ディーンは自分に向いたラズリの視線が含む意味に気づいたらしい。とっさに「まあまあ落ち着いて」とばかりに彼をなだめにかかった。

 「そんな疑心暗鬼にかられなくとも。多分、学院長の用向きは君が推察している内容とは明らかに異なると思いますよ」

 「……」

 「信用、できませんか?」

 「どうだか。おまえこそ俺に隠していることなどごまんとあるだろうに」

 「おや、鋭い。さすがはロータスの魔法学院至上きっての秀才ですよ君は。言うことが違いますね」

 「おためごかしか? 食えない奴め。そんな小手先の話術で俺を丸めこもうったってそうはいくか」

 「ははは。これはこれは、手厳しい」

 およそ和やかなとは似つかわしくない、どこか剣呑とした雰囲気をまとう会話を交わしながら連れ立って歩いていく内に、二人は学院長室前にたどり着いた。

 ディーンがラズリの先に立ち、軽くこつこつと扉を叩くと、向こうから「お入りなさい」と入室の許可が降りる。

 がちゃりと取っ手を回し、ディーンが扉を押して中に入る。ラズリもそれに続くと、まず視界に入ったのは室内中央付近に立つ人の姿だった。

 右手壁にしつらえられた一面の本棚を背後に控えて置かれた大きな机。それの前でなにやら気難しそうに腕組みをしながら顔だけはこちらを向けている。そんな彼女の存在が。

 細身の身体にぴたりと似合うスカートと一体化された黒衣。両の耳横に一朔ずつ残してあとはきりりと結い上げた漆黒の髪。銀縁の眼鏡の奥では、聡明な輝きがきらりと光る、その瞳の色は青みを帯びた翡翠色。

 レドナ・ウィノーラ。このロータスの魔法学院学における最高責任者である彼女と向かい合ったディーンは一礼しながら、前もって己に与えられていた先の任務遂行の報告からまず行う。

 「失礼します。学院長、専攻科二年のラズリ・マーヴィをお連れいたしました」
 「ご苦労だった、ディーン」
 「いいえ」

 その後に続く「では下がってよし」という命はなかった。そのためディーンはラズリを前方に押し出すように、自分は歩を下げて彼らを見守るように控える。

 ラズリは極度の緊張のためか、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 ロータスの魔法学院における最高責任者である学院長の職務を預かるレドナとこうして対面するのは、以前ラズリが竜を無断召喚とした咎により、王都に所在する生家での自宅謹慎、つまりセルリアン宮殿での蟄居を命ぜられた後、そしてその戒めが解かれ、また学院に戻った際の帰院挨拶以来である。

 まだ正規の魔法使い資格を得ておらぬ学院生の分際で、担当教諭の許可なく危険な術を自分勝手に濫用した廉は極めて遺憾であり、もちろん校則違反に当たる。

 当然ながら学院の生徒にあるまじき行為として、許されざる罪として、深く反省せよと沙汰を申し渡された時と、さらに後日、その謹慎が解かれ、再び学院生として迎えられた場において、ラズリはレドナと今と同じようにこうして向き合ったのだった。

 さて、今回の件ではどんな罪・咎故の罰が与えられるのだろうか。

 ここに来るまでひたすらディーンは否定しつつも、しかしながら完全ではなく、半ばうやむやに誤魔化していたようだったことが逆に気にかかる。ラズリは相当の覚悟でもってきっと顔を上げ、レドナの顔を正視した。

 例え相当重い罰であっても、俺は全てを覚悟の上でやったことだ。
 同級生として、仲間として、ティーナの身を案じて知りたいと思ったからこそ禁を犯した。
 …ただし、自分一人で。アガシについては、この件では一切関係ない。
 レドナに先の件について切り出されたら、こう言おう、ちゃんと説明しよう。

 そう、頭の中できっちりシュミレーションを完了させたラズリは、きりりと姿勢を正して口を真一文字にきゅっと結び、レドナをきつくにらみつけるような視線を送った。
 そんなラズリに、レドナは一瞬呆気に取られた。だがすぐ、そんな彼の胸中が手に取るようにわかったとでもいうのか、唇の両端を吊り上げさせて軽く「ふ、ふ、ふ」とひそかな笑い声を立てるのだった。
 
 「……ご用件は何でしょうか」
 
 先のディーン同様、やはり彼女も学生である自分を、子供扱いして小馬鹿にするのか。そう思い、ラズリがむっとした声音で自分から口火を切ると、レドナは「まあ、落ち着け」と言いながらにやりと人を食ったような笑みを返す。

 「そうつまらんことで目くじらを立てるな。そら、花のかんばせが台無しだぞ」

 「だ、誰が…!」

 アガシやカレンの時とは違い、思わず冗談を真に受け、むきになって噛み付くラズリ。そんな彼を再びどうどうとなだめつつ、レドナはまた会話を元に戻した。

 「まあ、おふざけはこれくらいにしておこうか。さて、本題だが」

 こほんと咳払いをひとつするフリで表情を一変させると、レドナは学院長然とした態度で急に大真面目な表情を整え、ラズリを正面から見据えた。

 「担当直入に結論からまず言おう。今、とても君の助けがいる。竜を呼んでほしい」

 「――は?」
 ぽかんと口を半開きにしてラズリは固まる。

 一体全体、何をそんな突拍子もないことを言い出すんだこの、ロータスの魔法学院最高責任者は。

 「私は君も周知の通り、回りくどいことはキライな性質だからな。率直に言ったまでだ。竜の召喚を行え、ラズリ。ロータス魔法学院、学院長であるところの私、レドナ・ウィノーラの越権でそれを許可する」

 「ここに、ですか」
 「不服か」
 「いえ、そういうわけでは…。ただあまりにも突然すぎて、お話の内容がよく玩味できませんけれども」

 「ふむ。そうか。でもうちの学院ならば、最も適した条件をクリアーしているのだぞ。竜を召喚するには広い敷地面積もあるし、彼らが何頭降りて来ようとも、まだまだ十二分に余裕があるほどの運動場とてちゃんと設備されて……」
 「いえ、あの…。その、ウィノーラ学院長?」

 ひきつるような笑みを浮かべてラズリは彼女の話を途中でむりやり切り上げさせた。

 「そういうことではなくて、ですね。何故、自分が竜を、っていう根本的な点での疑問がありまして、なのですが。正式に竜を召喚するのであれば、学院生の、まして中途過程にいる自分ではなく、魔法使い協会所属のごりっぱで見識豊かでもあらせられるところの、ご専任の方々に委託されるべきでは、と…」

 「本来ならば、な。それが正攻法でありまっとうな手順でもある。ふむ」
 「でしたら…!」

 「そうではなく、こうしてそなたを呼んで直に依願するのはだな、これがいわゆる直訴の意味合いを含んでいるからでもあるのだよ。ラズリ・マーヴィ――いや、ラズウェルト・セイルファーディム殿下」

 何の前触れもなくすっと床に片足をついて跪くと、レドナはうやうやしく頭を垂れた。

 「学院長…!」

 いったい全体、急に何を言い出す気だ、この場において!
 ここには俺の素性を知らない人間だっているのに。何て言い訳する気だ!

 手続き上、彼女にだけは自身の身の上を明かしているとはいえ、思いがけず本名が呼ばれてラズリはぎょっとした。

 慌てて自身の背後を振り返り、努めてフォローに回ろうとしたが、さらにもっと、信じられない光景を目の当たりにしてラズリは思わず表情をこわばらせた。

 「なんの…つもりだ」

 半ばかすれ声で問いつめるも、ディーン、彼もまた学院長同様、跪いて片足を立て、胸元で左腕をかかげたその姿勢を取り、ラズリに向かって深く頭を下げ続けていたのだった。

 「恐れながら殿下。私どもは全て承知いたしております」
 「い…つからだ。いつから俺が王太子と知って…」
 「御身がご入学される以前より」
 「そ、そんな前から…!」

 「はい。しかし、殿下はご存知でいらっしゃらないのも無理もございません。ディーン・ジローラモというのは世を忍ぶ仮の名前。私の本名はケイン・アーヴェレ。今は亡き父、アーダマ・アーヴェレは宮廷付魔法使いの任を担っておりました。 現在、家督は弟のクリフ・アーヴェレが継いでおりますが、かつて私も一介の魔法使いの手練れとして名を馳せた頃もありました。故に、その腕を買われましてこの学院内にて隠密裏に殿下をお守りするよう命じられたのでございます。いわば公儀お庭番の如き役目を仰せつかっております身の上のため、ということになりますか」

 「お、俺は聞いてないぞっ。そ、そんなことをだ、誰に頼まれた…!」
 「はい。国王陛下並びに王妃様にあらせられます」

 すらすらと答えるディーンにラズリは眩暈を覚えるのを禁じえなかった。

 自分の魔法学院への入学をあれほど渋っていた二人だというのに、結局は親の掌の上で転がされていたにすぎなかったわけか。何たる茶番…!

 「それはさておきまして、殿下。今一度竜の召喚をお願いいたしたき儀、果たしていただけますでしょうか」

 「それは…しかし。何故に俺が竜を呼ぶことにこだわるのだ? どんな切羽詰った状況におまえたちがあるのか知らぬが、いったいどうし…」

 「第一はこの国の危機を回避するため、という理由ではご納得いただけませんでしょうか」

 ――!
 どういう、ことだ…?

 思いもかけないレドナの重大発言にラズリは目を見張った。

 「私は先ほど、回りくどい言い訳を長々とすることを潔しとせず、全くもって好みませんと申しました。ですが、さすがに一足飛びに竜の召喚をあなたさまにお願いするに当たりましてはそれもどうかと思います。ですので、ここはひとつ自分の方針を変えさせていただきます」

 「あ、当たり前じゃないか…! 訳もなく竜をここに呼べっていったって、そうたやすく事が運ぶかなどと。大体あいつら、おっそろしくプライドが高い上に、気まぐれで自分勝手でわがままで、人の頼みをそうやすやすと聞いてくれるようなタマではけしてなくて…」

 …えっと。それって多分、同属嫌悪?

 どこかの国の放蕩王子と性質が被るからじゃあないんですか?

 などとは、さすがにディーンもレドナも不敬罪を恐れてついに口に出しはしなかったが、お互いまず同じ印象を持ったらしいということは、その表情のひきつり具合で大方察しがつくというものだ。

 「事由はどうあれ、かまいません殿下。ここに今一度、竜召喚の儀をご請願いたしたく思います。我々が陥っている現在の国内状況及び、このセレスト・セレスティアンにおきまして一体何が起きているのか。殿下がお許し下されば我々が調べた事変を包み隠さずお話しいたします。どうぞご許可をご命じいただけませんでしょうか」

 度重なる懇願に今度はラズリが折れる番だった。思いがけぬ展開の早さに自身の許容量もゲージが振り切れ、どうにもこめかみ辺りがズキズキと痛む気分だったが、それでもようやく気を落ち着かせて手短に告げる。

 「…許す。申してみよ」
 「ははっ。ありがたき幸せ」
 レドナは一度頭を深くもたげ、そして意を決して顔を上げるといつになく強いまなざしでとつとつと語りはじめた。

 「殿下はご存知でしょうか。約二十年前に我が国が魔族の侵略を受けて危急存亡の危機に陥ったことは」

 「…国史の授業で習った程度には」
 と、いうことは表層的な事象、もしくはアウトライン部分のみの知識の会得にとどまっているということ。

 よってラズリはその重大な事変の詳細及び顛末など何も知らない、知る由もないというのとそれはほぼ同義であった。

 だが、レドナは「それで結構」とこくりとうなずく。

 「だけどあれは、魔族は…! 確か現王が封じた、はず。奴らを異界へ、有史以来かつて記録にもなかったという巨大な魔法の力でもって」

 そして…その後。王はその身に備わっていた魔法力の全てを使い果たし、また元来の体力すらも削り取られて、すっかり病弱となったという。

 そんな王に癒しを与え、活力を注ぎ、支えとなったのは…隣国から嫁いで数年というグィネビア姫。自分の母だった。

 異国より参りし花嫁は魔法こそは持たなかったが、生まれながらにして巫女の力の持ち主で、婚姻前は隣国にて臣民より篤く尊ばれてきたとか。

 その類まれなる能力のおかげで王は既に風前の灯し火といわれ、典医からも匙を投げかけられていたにも関わらず、生命の危機を脱して今日まで生き延び、既に王女を成していたもののさらに二人の王女と一人の王子、ラズリが生まれたという。

 そんな王の武勇伝を、ラズリは乳母であるハンナから寝物語よろしく、幼少時より何度枕元で伝え聞かされたことか。

 そしてまた、一方では――。

 たった一人で臣民の前に立ち、魔族による侵略の一切を退けたという王の武勇伝が誉高き国の勲として語られれば語られるほど、黒い噂も同時に耳に入るもの。

 同じ頃、ラズリは口さがないおしゃべりが多い下働きの使用人たちが王にまつわるよからぬこと話していたのを、まったくの予備知識なく知ることとなる。

 使用人の一人が自分たちの控え室の扉が半開きであったことにも気づかず、声高に聞きかじったばかりという、表には出せない裏話をとくとくと仲間に披露していたのだ。その場面に、ちょうど廊下を通りがかっていたラズリは偶然とはいえ、居合わせてしまったという悲劇も知らずに。

 ――王は、自分の父でもあるジェラルド王は血のつながった妹姫である、セシリア王女を魔族追討の験かつぎのため慰みものにし、あまつさえ吾子を孕ませたまま遠くファナトゥの地へ、その自身の罪から遠ざけるために追いやったという。

 その時に成した一粒種がディルナス。つまり彼が、孤児で王族とは全く血縁のない養子であるというのは、世間一般に公式発表した表向きの経歴にすぎない。その実際はれっきとした吾子さま、王の隠し子でしかも第一子の長兄だというのだ……。

 「ですが、今回の異変もまた、かつて起こった魔族による我が国への領地侵略、またはそれに類似するもの、と我々は踏んでおります。これは類推でも推察でもありません。ここにおいて確信を持って我々は強く断言いたします所存です」

 レドナの言葉でハッと現実に戻されるラズリ。彼女の話はまさに今、重要な核心にさしかかる寸前だったのだ。

 「国内のほぼ同時期に相次いで多発しました“無”の事象。それの被害が拡大し、領域を拡張させ、もはや手のつけられない時点まできてしまっているのです」

 「…“無”だと? いったい何だ、それは」

 「はい。姿かたちなき魔の手による侵略ですので、どう言い表していいのかわからず、我々仲間内では今日までそう呼称されております」
 ラズリはふむと手を顎に当てて何やら思考を巡らしたが、どういう例を用いて自身は納得すればいいのかと、しばし理解に苦しんだ。

 「わからん。どうあっても姿かたちなき侵略、というのが俺にはさっぱりだ」

 「そうですね、確かに。では…どういえばいいのでしょうか。一言で申すならば、一切合切が忽然と消失するという現象、ということになりますでしょうか」

 「……?」

 「何も、なくなるのです。最初から何もなかったかのように。そこにあった家も人も、元々の土地すらも。後に残るものはありません。それこそ皆無、です。“無”に侵食された後のその場には白い闇のように辺りには霧がたちこめ、いくら手を伸ばしても触れるものは何ひとつとてありません」

 「まさか…! 人が死んでも骨は残るはず。建造物がなくなったとて、残骸のひとつくらい、土地だってそこには存在するだろう」

 「いいえ、そのまさかです殿下。まさに地面すらありません。物体の全てがなくなるのです。それを目の当たりにした宮廷付騎士団の面々は本当に底知れぬ深い恐怖を一様に感じたそうですよ」

 淡々と抑揚なく告げるレドナの言葉にラズリは背筋をぞくりと言わせた。
 物体の全てがなくなる…? 地面すらも…? 完膚なきまでの事態の異様さにラズリは思わず恐れおののいた。
 それはいったい誰が仕掛けたどんな罠なんだ…!

 「そして、現地に住まう者たちは誰一人としてその異常を異常として認識していないともいいます。…殿下がわかりやすいようにひとつ事例を用いましょう。とある地域では半径五百メキトルもの広範囲に渡ってその“無”が確認されたといいます。騎士団が所有する過去に作成された地図によれば、そこには確かに村の所在が記されていたそうです。けれど、その近辺に居住を構える周辺住民たちは一様に何も知らないわからないと首を横に振ったとか。家屋や家畜、もちろん人も大勢いたはずですが、それらは忽然と消失しておりますのに、彼らにとっては全く関知されていなかったというのが事実なのです」

 全く記憶にない、最初から何もなかったかのように一切が関知されていない。

 それはもしや――!

 ラズリはとっさにディーンに視線を向けた。するとディーンはラズリの胸中を察しのか、よくよく存じておりますとでも言いたげなまなざしでそっとうなずくのだった。

 「学院長、ここでもその“無”の現象とやらは…既に起きていることだな」

 「左様でございます、殿下」

 「俺の同級生が何人もいなくなっている…! しかも俺以外は誰も知らぬ存ぜぬだ。それこそが“無”の仕打ちに他ならないのでは」

 「はい、恐らくは多分。“無”は容赦なくこの学院にもはびこりつつあります。元来、ここはそもそも建物はおろか敷地全体にも結界が貼られ、さまざまな魔の手から防護されてきた一種の魔法要塞とでもいうべき存在でした。ですが、それすらも何の意味もなさなくなってしまっているのです、もはや。その内…我々も人知れず消失していくやもしれません」

 つらそうに顔色を曇らせ、レドナはそっとため息をついた。

 「そのため、この件を憂慮し懸念する有志らが正規の国防組織とは別に共に集い、これまでずっと極秘裏に調査いたしておりました。これは王も王妃もご存知ありません。ごく一部の宮廷付専任魔法使いらを筆頭にディーンと私、それから我らの活動に賛同の意を唱える少数精鋭の人員で構成されております故」

 「それで…俺が竜を呼ぶのはどういうつながりで? それに俺はいなくなった彼らを誰一人とて忘れていない。…アガシもカレンも忘れていたというのに」

 「さあ。その点に関してはまだまだ調査の必要がありますので、今の段階では明らかにはできておりません。ただ…」

 「ただ、何だ?」

 「熟練した魔法使いほど常に魔法を用いずとも、自然と防御率が高くなるものです。そのため私やディーンは“無”に対して何らかの抗体を持っている所以によるところなのでしょう。ですが、さすがに学生である彼らでは、魔法に携わる者としての器量がそこまでに至らず…といったころでしょうか。しかし、殿下の場合はまた特殊なケースです。おそらくは竜との関わりがあったせいかと存じますが」

 「俺が竜と…?」

 眉根を寄せていぶかしむラズリにレドナは「ええ」と低い声でうなずいた。

 「ほんのいっときでしたが、竜を召喚しあまつさえ彼らに憑依したという、通常では全くありえないことが発生したため、それにより精神が何らかの変調をきたし、その名残が元の個体に戻っても潜在しているが故に、身に備わっている元からの魔法能力が一気に高まったのではないか、と」

 そこまで語っておきながら彼女は「まだこれは証拠不十分で、確実に立証されたわけではありませんが」と付け足した。

 「このことからもわかるように、そもそも竜は各々、類稀なる能力を秘めた存在であるという記述が古より伝承され続けております。その異形なる姿態は魔族の系譜に沿ってはいるものの完全なる魔族とは質を異にし、また太古人間と竜はひとつでもあったといいますが、途中、進化の過程で分岐し、それぞれが独自の歩みをたどっているというのです。かように竜という高次の存在は、それ自体が未知のヴェールに覆われ、未だ生命体としての解明はなされておりません。しかし、彼らについて付記されたさまざまな書物によれば、彼らは我々人間が用いる魔法では到底及ばない優れた能力の使い手であるとのこと。時空を超える能力。異世界への扉を開く能力。物質を光の速さで移動する術など様々に備わっているとか。我々魔法使いが、何らかの媒介物を伴って事を成すのとは異なり、彼らは何ら等価の代償なく様々なことが素のまま行える。…それが、竜という存在だというわけです」

 まさかそんな大した力の持ち主だったとはな、あいつらが。
 竜についてあまり詳しい知識を持たなかったラズリはレドナの説明にいたく感心した。

 どうせあの畜生らめ、ただ単に人よりうんと長生きしているだけの、しょせんトカゲを大きくしたような成りの怪物にしか思えなかったけどな。

 ラズリは以前、自分が召喚して憑依した白い竜がさんざ威張り散らしていた時の様子をそっと思い出し、苦笑を浮かべた。

 「殿下が召喚なさった竜は確か白銀、黒金の二頭。ですが、記録されているものによると他にも黄竜、青竜、紅竜、緑竜、紫竜の存在が確認され、彼らは別名七色宝球とも称されております」

 「――で? それら全ての竜が一度きにここに揃い、魔法を凌ぐ能力をふるえば…」

 「まさにご明察です。魔族による姿形なき侵略から、国が人類が、この難を逃れるかと」

 「その橋渡しを俺にせよ、と言いたいわけか」

 「御意。殿下は既に白銀の竜に憑依した上、さらに絶対数七の魔法陣を授かり、その力を駆使してミランダ――まだ証拠不十分のため、推測の域は出ておりませぬが、こちらの調べでは魔族の息のかかった邪なる存在と見受けしております――あやつを赤子の手首をひねるが如く、いとも簡単に異界へ葬り去ったというではありませんか。かねてよりディーンから殿下のご活躍譚をうかがっておりますので、それでしたらぜひに。我ら、竜と面識のない者が先んじて召喚するよりも、竜が人にその能力の一部を分与したほどの間柄でもある殿下になら、このお役目を引き受けてくださらないかと…」

 「――!」

 …………。
 さっきからどうもちらちら、ちらちらと気になる単語が混じるなと気がついてはいた。だけど、まさかまさかとは思っていたんだ。

 でも、なんでここまで学院長にぶっちゃけバレてんだ一部始終…!

 こンのタヌキがっ。おま、おまえやっぱりきっちりはっきり学院長に全部を報告していたんじゃないか…!

 ラズリはぐらぐらと腸が煮えくり返るような面持ちでくわっと目を剥き、すかさず背後に控えていたディーンを非難するようににらみつける。

 だが、当の本人ときたら「はて、いったいどうなさいましたか?」と言いたげなきょとんとした顔つきを示すのみで、まったくもってどこ吹く風。完全に素知らぬフリしてすましているばかりだったのだ。

 …ったく。どいつもこいつも、抜け目ない奴ばかりで気が置けない連中めが。

 ディーンを非難することを半ばあきらめたラズリはやるせなく重いためいきを吐き出した。

 それからちろりとレドナの方に視線を戻すと、彼女はラズリの回答に期待を寄せているのは目に見えて明らかだった。

 もちろん彼女がラズリに求めるのは、人類を明るい未来へと導く返事。その翡翠色の瞳の輝きを強く満たすのは、王太子でもあるところの彼の力強い言葉と一切疑わず。

 それが承知しておきながらも、ラズリは胸の内で大きくためいきをこぼす。

 一体全体、俺に何を、どうしろというんだ。人を、国を、世界を…救うだと?

 ウィノーラ学院長の言葉を借りるなら、魔族が絡んでいるという“無”という姿無き侵略の暴徒を止めるためにも自分に竜の助けを請え、などと。

 ティーナ――。

 ラズリの脳裏につっと浮かぶ、一人の少女の姿。学院の制服姿に身を包み、長くうねる髪をふわりと揺らして笑いさざめく。

 その面影が今や彼の心を占有しているのだ。魔族よりも“無”よりも竜よりも、何よりも重大重要な最大事項として。

 ……ティーナ。

 その名前を、そっとつぶやいてみる。ただし誰にも聞かれないよう、心の中で。本当に、ただそれだけのこと。だというのに、胸がぎゅうっとつかまれて息苦しい気分になる。ちくりと刺さるような痛みまでもを残す。

 もしも、もしも――だ。おまえがここにいて同じ内容の話を俺と同様に聞いていたなら、どう打って出る?

 竜の血に連なる祖の末裔。その証の、藍よりも深い青の瞳をしばたかせながら、どんな答えをその舌でつむぐのだろうか。

 俺が憑依した白い竜もおまえにはいたく関心を寄せていた。だからきっとおまえの言うことならば、あいつらも素直に心を割って喜んで力を貸すだろうが…。

 けれど今は、いない。ここに、いない。俺の、そばには――。

 ラズリはたまらない心持ちで唇を引き結ぶと、ぎゅっと拳を握り締めた。


【To be continued!】
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転の章・2 お疲れ様でした
それにしても、やまのさん。さすがにペースが速いですね。こんなに早く完結するとは思っていなくて、メールをいただいてびっくりしました!
お話で聴いていましたが、出ました!ラズリの竜召喚!!
なんて大変なところでバトンタッチで少々うろたえています(^^;)
前回わたしが書いた回は、ディルナスとティーナが中心の話でしたが、次はどう考えてもラズリがメインですね。
美形で大人な雰囲気のディルナスよりも、少々青臭くてむきになっちゃうようなラズリを書く方が好きなので、どうしようと思いつつも、楽しみでもあったりします。
わたしの方も今月中に仕上げたいものがあるので、少々遅くなってしまうかもしれませんが、脳内でストーリーを考えようと思います。
がんばるぞ♪♪
いさな 2007/08/02(Thu)23:06:02 編集
よろしくお頼み申す!
 いやいや、いやいや(^^ゞ でんでん、早くなんかないですよー!
 むしろおっそ…!
 確かいさなさんは6月に早々と上げてくださったのに、私ときたら自分のことにかまけて結局7月末までもつれこんだ鬼畜ですから~;
 前回はいさなさん描写のちょっとアダルティでムーディーな(笑)ディルナスさま&ティーナを見ることができまあして嬉しかったですけど、今度はラズリ!
 いさなさんの手にかかると、どんなやんちゃぶりを発揮してくれるか見ものです♪
 いつぞや、いきなり竜召喚&憑依の術のWパンチをやってのけてくれちゃって、その後を受けた私は大いにあわわ…!となりましたからねvv
 今度は私の方からその竜召喚についていさなさんに…フフフ☆ 
 どんな彼を見せてくれるのでしょうか、楽しみです!
 いさなさんもご自身の書き物、オツカレサマです♪
 お互いあれこれあれこれとやりくり大変ですが(^^ゞがんばっていきましょうね~!
やまのたかね 2007/08/05(Sun)01:08:16 編集
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