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 ラズリは緊張で胸が高鳴るのを感じていた。
 空を仰ぐと眩しいくらいの青の中に、くるくると円を描く鳥の姿が見える。
 ――いや、あれは鳥ではない。
 あまりにも空高く小さく見えてしまうが、実際には人の身体の何十倍もの大きさがある。
 ラズリは乾いた唇を舌で湿らせると、低い声で綿密に組み上げられた呪文の詠唱を始める。
(何としても、捕らえてやる……!)
 あれは飛竜。
 空にきらめく姿をラズリは凝視する。つがいの飛竜が真昼の強い陽射しの中で戯れていた。白銀色をした飛竜と黒鉄色の飛竜。ラズリの狙いはあの白銀の方だ。堅い鱗に光が反射して輝く姿は、実に美しい。
 負けるものか。ラズリはいっそう気を引き締める。
 呪文を唱えるラズリの声は、魔法を知らない者には、まるで異国の古い唄を口ずさんでいるかのように聞こえるだろう。だが呪文には強い力が宿る。本来どんな言葉にも力はある。それはあまりにも小さく、常人で気づく者はほとんどいないだけの話だ。
 唱えるたびに、体力が削り取られていくのがわかる。失敗を恐れるあまり、強い力を持つ言葉ばかり選んだせいだろう。
(目眩がする……)
 ラズリは思わず守り石をはめ込んだペンダントを握りしめる。無色透明の守り石は、じんわりと熱かった。
(負けるか!)
 呪文をつむぐ唇がさらに速度を増した途端、足元から風が巻き上がる。紺色のマントが風に舞い、頭部を覆っていたフードがめくれ、金茶の短い髪が熱い風になぶられる。
 照りつける陽射しがラズリの髪を、頬を焼く。灼熱の太陽にさらされ、マント自体も焦げそうに熱くなっていた。竜の住処でもあるこの荒れ野には、陽射しを遮るものなどひとつもない。背の低い潅木と干涸びた大地がただひたすら続くだけ。額から幾筋もの汗が流れるが、拭っている余裕など今のラズリにはない。
(焦るな、落ち着け)
 もう少しで呪文が完成する。
 あと少し、あと……これで終わる。
 最後の言葉を一字一句、正確に唇からつむぎ出す。
(成功だ、これで)
 ラズリは天に向かって、鋭く叫んだ。
「来い…!」
 飛竜の旋回が止まった。しかしそれは、瞬きをするほどの一瞬の出来事。飛竜は大きく方向を変えると急に速度を上げ、空いっぱいに大きな弧を描き始める。さらに上空へ舞い上がり、ふたつの影はさらに小さくなっていく。
 ここに来てくれと、ラズリは祈るような気持ちで飛竜の行方を追う。雲ひとつない空にかろうじて見える小さな影。それを見失わないように、必死に目で追い掛け続ける。
 呪文は完璧なはずだ。それでも駄目だということは、まだ力が足りないということか。
(また出直しか)
 諦めかけたその直後、白銀の飛竜の軌道が変わった。 
 円を描くように飛んでいたが、突然予想を裏切って直線の軌道を取り始める。まるで空に描かれた弓に弾かれた光の矢のように、飛竜は地表を目掛けて降下し始める。
(やった!)
 歓喜のあまり叫んでしまいそうになる。飛竜はラズリの声に応えた。だがここで終わりではない。ラズリは次の呪文の詠唱に掛かろうと空を睨む。
 ――が、思わず己の目を疑った。
 ラズリが呼び掛けたのは白銀の飛竜。なのに向かってくるのは二頭の飛竜。計算外だ。つがいを選んだのが間違いだったのかもしれない。黒鉄の飛竜は、まるで白銀の飛竜につき従うかのようについてくる。
(不味い……!)
 焦りが生じる。
 竜を捕縛するには相当な魔力と精神力を必要とする。竜一頭ならどうにか捕縛する自信があった。しかし二頭いっぺんともなると……正直なところわからない。
 いくらラズリが学院でも抜きん出た生徒だとしても、所詮は見習いとも呼べない学生の身。いくら魔力を持っていたとしても、それを使いこなすには机上で学んだことだけでは足りなかった。
 ――だが、諦めるわけにはいかない。
 ぎりっと音がするほど強く歯を食いしばる。呪文が二頭いっぺんになんて利くかなんてわからない。でもやらなければ死が待つだけだ。術をしくじって竜に食われた魔法使いは数知れない。しかしまだ一人前になる前に死ぬなどと、末代まで恥をさらす気はラズリにはない。
 大きく息を吸い込み目を閉じる。記憶をまさぐり、準備した捕縛の呪文に重ねる言葉を弾き出す。言葉を重ねることによって、本来の呪文をより強固にするしか二頭の飛竜を捕らえる方法が浮かばなかった。
 覚悟を決めて呪文の詠唱を始める。最初はささやくように――次第に辺りに響き渡るように唱え続ける。
 燃えるように身体が熱い。ラズリは崩れ落ちそうな膝を叱咤し、すがるように首に掛かった守り石を握り締める。
 両の足は立っているのもやっとだ。咽は貼り付きそうに乾き切って、声はひび割れていたが途中でやめるわけにはいかない。全身を打ち据えるような荒れ狂った風がラズリを襲い、マントが千切れそうに乱暴にはためく。身体まで風で吹き飛びそうだ。
(どうすればいい?)
 飛竜はますます速度を増して降下してくる。大きな翼はさらに大きくラズリに迫る。風を切るうなりが耳に届く――近い!

 ――頼む、おれの声を聞いてくれ…………!!

 堪らず叫んでいたかもしれない。ラズリは目を見開いた。その青玉を思わせる双眸で空を鋭く睨みつける。
 白銀の鱗は乳白色に輝く真珠、黒鉄の鱗は鍛え上げられた剣のようだ。二頭の飛竜を目の当たりにし、ラズリは恐ろしさを忘れて見愡れていた。
 もう呪文は間に合わない。だが不思議と恐怖はなかった。そしてラズリは初めて知った。二頭の飛竜の瞳はラズリと同じ、いやそれ以上に深く澄んだ青。澄み渡った深い空の色をしていることを。
 きれいだ。
 ラズリはただ、そう思った。


 *     *     *     *


 白い飛竜と黒い飛竜の噂を、学院で知らない者はすでにいなかった。
 学院側では内密にしているらしいが「人の口には戸は立てられぬ」とはよく言ったもので、二頭の飛竜が学院の生徒の手によって捕らえられた話は、あっと言う間に広まった。
 飛竜を捕らえるのは一人前の魔法使いにも難しい。しかも一度に二頭なんて前代未聞。学院始まって以来の珍事と言えるだろう。
『ラズリ、謹慎処分らしいよ。寮に置いておくわけに行かないから帰省させられたみたい』
『ふうん、そうなんだ』
『でも来週には戻ってくるみたい。寮の食事当番が言ってたもの。「来週からいつもどおりの数で」って発注しているの』
 図書館でお喋りをしては周囲の迷惑になってしまう。そう思って始めた筆談は、いつの間にか他愛のないお喋りになっていた。試験勉強をしに来たはずなのに、カレンと一緒だといつもこんな調子になっていしまう。
『さすがカレン。ラズリのことならおまかせね』
『まあね』
 すかさずそう書き込むと、カレンはにこりと笑った。
(自宅謹慎かあ……)
 道理で姿が見えないはずだ。確かにラズリは高位の魔法使いにも難しいことを成し遂げた。しかし所詮、未熟な学院生の身。竜に係わることは一切禁止されているはず。
 今回学院側がこの件を公表しないのは、たかが生徒にこんなことをされては、魔法使いの面子にかかわるからなのだろうか。
『それにしてもティーナがラズリのこと気にしてるなんて意外』
『そうかな』
『だって、あたしが今までラズリのこと話しても、あんまり興味なさそうにしてたじゃない』
『そう?』
 興味なさそうに見えるのは、そう見えるように努めているからだ。
 美形とは言いがたいが、それなりに整った顔立ちに金茶色の髪と空色の瞳。成績も入学以来首位を保ち、どこか人を寄せつけようとしない雰囲気が少女たちの心を引きつけているのだろう。
 ラズリのことを気に掛ける女の子は多いが、ほとんどは所詮かなわぬ相手だと遠くから見ていることで満足している。実を言うとティーナもその中のひとりだとは、いまだにカレンにも内緒にしていた。
『だってティーナが男の子のこと気にするなんて、今までなかったじゃない?』
『あれだけ話題になっているのに、気にならないのも不思議だと思うけど』
 今、視線を上げたら鋭いカレンに見抜かれそうで顔を上げることが出来ない。
(ラズリのことなんか話しに出さなきゃよかったな)
 どうにかして話題を変えられないかと考えているうちに、カレンが難しい顔をしてノートにこう記した。
『好きなんでしょう?』
「え」
 思わず声に出してしまう。慌てて口を押さえるものの、ティーナの動揺をカレンが見逃すはずがない。
「ティーナ!」
 がたんと大きな音を立てて、カレンは立ち上がった。一斉に周囲の注目が集まる。
「ちょ、ちょっとカレンってば、声が大きい!」
 カレンの新緑色の瞳が「抜け駆けなんて許せない」と言わんばかりにティーナを問い詰める。周囲の視線とカレンの視線が刺さる。
 今、この場から消えてしまえたらどんなにいいだろう。こんな時、魔法が上手な人がうらやましくなる。
「ティーナ、白状しなさい」
 カレンが怖い。勝手に憧れるもの許されないなんてあんまりだ。だけど今のカレンに何を言っても無駄だ。とにかく、しらを切るしかない。
『違うってば』
 ティーナはノートの一面に大きく書くと、カレンの目の前に突き出した。
「うそ」
『違う』
 もう一度ノートを突き出す。
「じゃあ、どうして顔が真っ赤なのよ!」
(そんなこと知らないよお)
 頬に触れると、言われた通り熱くなっている。わかりやすい自分の体質が恨めしい。
「何とか言いなさい、ティーナ!」
 カレンの真直ぐで熱くなりやすい性格はよくわかっていたから、ラズリへの思いを黙っていたのは正解だった。でも、ここまで面倒なことになろうとは思わなかったけれど。
(ああ、もうどうしよう……)
 周りの生徒たちは呆れ果ててふたりの様子を遠巻きにしている。ことを荒立てるのは主義じゃないが、ティーナもここまで言われて黙っていられるほど大人しくはない。
「もういい加減にしてってば」
 仕方がないのでティーナも立ち上がった。
「そうよ、カレンの言う通りだよ。だからって、どうしてそんな風に責められなきゃいけないの?」
 恥ずかしさと腹立だしさで泣きたくなってきた。咽の奥がじんと熱くなる。
 カレンはティーナが言い返してくると思っていなかったのだろう。驚きの表情でティーナをまじまじと見つめている。
「……うそ」
 呆然とカレンは呟いた。
「うそじゃないってば」
 ティーナが反論すると、そうじゃないとでも言うように首を振った。
「……ラズリ」
「え?」
 カレンの視線はティーナではなく、ティーナの背後に向けられていた。ティーナはうっすらとにじんだ涙を慌てて拭うと、恐る恐る振り返る。
「うそ」
 思わずカレンと同じ台詞を口にしてしまう。
 分厚い本を手に呆気に取られた様子で立ち尽くしているのは、空色の瞳と金茶の髪をした少年だった。
(謹慎中じゃなかったの?)
 ティーナは驚きと羞恥で、頬に血が昇っていくのを自覚した。
 ふたりの目の前に、まさに話の中心になっていたラズリその人が現われたのだから。
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