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 ※えっと;
  本文は続きに入れています。

 今回はのっけから、ちとあからさま過ぎるんで(爆)、表に出してのっけておくのはヤヴァイんじゃないか、なー?

 …などという勝手な自己判断によるものです。

 (そそそ、そんなた、大したことないよね? と思う反面、
 ゴルァ! 何モロ書いとんじゃー!
 …と、飛び蹴りかまされそうな気がしたので…(^^ゞ 
 ああ、良ひ子のお話からだんだん遠ざかっていくー。るるるー;)

 楽しいのは本人だけ、という気がしないでもないですが。
 まあ、がんばって書いたのでその努力だけでも汲んでやってください。

 であであ。
 魔法少年少女な物語世界へれっつらごー♪(自棄) 
PR
 ※こっちも本文は続きに入れています。

  別にそんなに続きに入れるようなキワドイ(笑)内容はないのですが、その1に倣っております。

 途中からの文が先に見えてしまうのも変だと思いましたので(^^ゞ

 それではどうぞお楽しみくださいませ~♪
 目が覚めて、時計の針が指し示した時間を見て驚いた。とっくに昼を過ぎているだろうとは思ったが、すでに夕暮れに近い時間でティーナは驚いた。
 どおりで頭もすっきりしているはずだ。昨夜、部屋に戻ってから昏々と眠り続けていたのだろう。あんなことがあったにもかかわらず、本当にぐっすりと眠れた気がする。
「もう起きなくちゃ」
 ティーナは寝台から身を起こすと、小さく伸びする。そおっと足を床に下ろす。スリッパに足を入れると、ゆっくりと寝台から腰を上げ、ゆっくりと足踏みをしてみる。もうそれほど痛くはない。
 ティーナは窓に近づくと、明るい色をしたカーテンを開け放つ。窓の外にはのどかな田園風景が広がっていた。その向こうのなだらかな丘には、羊や牛たちが草を食んでいる姿が小さく見える。
 窓を押し開くと、やわらかな風が流れ込み、ティーナの髪をふわりと揺らす。緑の草の匂いや畑の土の匂いまでがここまで届きてきそうだ。
(…もう午後の授業も終わってるわね)
 机に備え付けられている小さな椅子を窓際へ引き寄せると、ティーナは腰を下ろした。頬に触れる風が心地いい。こうしていると昨日の出来事が、まるで夢のようだった。
 目を閉じると、思い浮かぶのは金茶の髪をした少年の面影。上からものを言うような口ぶりは昔からだったのかと思い、ティーナは小さな笑みを浮かべる。
(ラズリ……ううん、ラズウェルト様、か)
 手をつないで一緒に空を飛んだなんて嘘みたいだ。
 今のラズリとティーナの関係では考えることもできなかった。もちろん、あの時も本当に偶然出会っただけなのだ。王族に属する一人だとは思っていたけれど、まさか皇太子殿下だなんて夢にも思わなかった。
(あたしのこと、憶えているかな?)
 ふと思ったが、そんなはずはないとすぐに思い直す。
 以前よりは少し言葉を交わす機会が増えたものの、ラズリの態度はその他クラスメイトと接するのとたいして変わらないのだから。単にアガシと親しくなったから自然とラズリとも言葉を交わすことが増えただけ。
(アガシ……)
 まだ身体にだるさが残るものの、昨日よりもずいぶん楽になった。もしかしたらアガシの掛けた魔法が効いているのかもしれない。そう、あのキスだって。
(…きっと、魔法のひとつに決まってる)
 ティーナはそっと自分の唇に触れてみた。アガシの唇の温もりがまだ残っているような気がして、ティーナはひとり頬を赤らめる。
 アガシは女の子の扱いに慣れているから、泣いている女の子をなぐさめるためにあれくらいは誰にでもするのだろうか? アガシの華々しい遍歴はこの学院にいれば、嫌というほど耳に入ってきていた。
 しかし実際親しくなってみると、子供みたいに屈託がなく、何をしてもどこか憎めない。いつも冗談ばかり言っているけれど、本当は思いやりがあって……噂で聞いているようないい加減な人だとはとても思えなかった。
 もし、アガシが他の女の子にも同じようなことをしていたとしても、こうして今、穏やかな気持ちで過ごせているのはアガシのお陰だ。それだけは確かなのだから、アガシに感謝する気持ちは変わらない。
 けれど、こうしてアガシのことを考えていながらも、ラズリの面影がずっと頭を離れないことも確かだった。
 負けん気の強そうな蒼い瞳の少年。傷の痛みを堪えて伏せた睫毛が意外に長かったこと。笑った時の表情がひどく眩しかったこと。つないだ傷だらけの手が、とても温かかったこと。
 ラズリ。
(どうして忘れていたんだろう。あの空色の瞳を。あの笑顔を)
 急に瞼が熱くなる。ティーナは涙が零れないように、ぎゅっと目を瞑るとラズリの面影を頭の中から追い払おうと小さく頭を振った。
 でも次々と思い浮かぶのはラズリのことばかり。ずっと忘れていたはずなのに、顔を見ると何かを思い出せそうでならなかった。言葉も交わしたこともないのに、目の端にその姿が留まると、知らないうちに目で追っていた。
(もしかして…あたし)
 あの頃から……ラズリのこと…………?
 多分そうなのだろう。ラズリが優等生であろうと、皇太子殿下であろうと関係なかった。泥だらけで傷だらけになっても誇りを失わない瞳。あの真っ直ぐな瞳に心奪われたのだから。
「……ばかみたい」
 ティーナは自嘲めいた呟きを漏らすと、両手の中に顔を埋める。 
(ラズリは…ラズウェルト様は、あたしなんかが手の届くお方じゃないのに。それにあたしは…)
---彼を、あんな目に遭わせてしまった。
 不意に、血の滲んだ包帯に包まれた幼い日のラズリの姿が甦る。
 紙のように白い顔には生気がなく、どんなにお香を焚いても消えない血の匂い。力なく投げ出された手は冷たくて、脈打つ音も弱々しく、いつ命が尽きてもおかしくない状態だった。
(ラズリがあんな目にあったのは……あたしのせいだ)
 竜を捕らえたからといって、かならずしも空を飛ぶ術を得られるわけではない。ではどうすればいいのかと聞かれても、ティーナは何も知らなかった。ただ血がそうさせるのだと、父ガルオンが言っていた言葉をそっくりそのまま言ってみたかっただけ。いい加減なことを言ったばかりに、幼いラズリに余計な夢を抱かせてしまった。そして、ラズリは今もその夢を抱き続けているのだろう。
 王家の人間が一般の生徒たちに交じって、同じように生活をしているなどと、誰が想像するだろう?
 このまま、何も言わずに過ごしている方がいいのかもしれない。下手にラズリの正体を口にすれば、誰かの耳に触れてしまう可能性も十分にある。ラズリがセレスト・セレスティアン王国皇太子殿下だと知られれば、きっと学院中が大騒ぎになるだろう。いや、大騒ぎになるだけならまだましだ。世の中には、王家の人間を利用してよからぬことを企む輩だっている。
 しかし、どんなに優秀な成績を収めても、空が飛べるようになったとしても、ラズリはセレスト・セレスティアン王国の王位継承者だ。確かジェラルド陛下の体調が思わしくないことから、ラズリが十八になる前に王位継承の儀を検討していると聞いている。
 学院を卒業すれば必ず魔法使いになれるというわけではない。だが、ラズリほどの才能があればきっとすばらしい魔法使いになれるだろう。しかし、ラズリが手に握るものは正式な魔法使いの証の杖ではなく、セレスト・セレスティアン王国統治者としての重い責務。
(だけど、ラズリはそれを承知の上で、この学院に来たんだ…)
 時計塔に続く階段室で二人で見たあの夕陽---眩い黄金色に染め上げられた空を、同じ気持ちで見つめていたあのひと時。ラズリと何でも分かり合えるのではないかと思った……思っていた。
 でもそんなのはただの思い上がりだ。彼の一体何を分かっていたというのだろう。
「ホントに、馬鹿みたい…」
 ぽたんと膝に涙のしずくが落ちる。涙が出るのは悲しいからではない、悔しいからだ。ラズリのことを何もわかっていなかった自分がただ不甲斐なくて悔しかった。
 よく「時間がない」と言っていたではないか。ラズリ・マーヴィとして過ごす時間がないということだったのだと、やっとわかった。人を寄せ付けようとしないのは意地悪なんかじゃない。今ある時間を精一杯、悔いがないよう過ごしたいから。
(あたしに出来ることなんて、ひとつもないんだ)
 そう思うと急に悲しくなった。
 ラズリにとっては、自分はただのクラスメイトに過ぎない、その他大勢のひとりに過ぎないのだから。ただ見守ることしか出来ないのだろうか。ティーナは考える。
 ラズリが危ない目に遭わないように? だけど、どうやって? 
 少しでも力があればよかったのに。ティーナは唇を噛み締めた。かつてティーナが持っていた古い力。あればあれば、ラズリの役に立てたかもしれないのに。
(多分あの日からだ)
 当たり前に使えた空を飛ぶ力すら、今は失われてしまっていた。幼いあの日、王宮でラズリの冷たい手を握ったところまでは憶えていたが、その後自分が何をしたのかティーナ自身よく憶えていなかった。
「なんや、もう起きてもいいんか?」
 物思いにふけっているティーナの耳に、子供のような声が飛び込んできた。ティーナは弾かれたように顔を上げる。しかし、この部屋にはティーナひとりしかいない。
「……だれ?」
 恐る恐る声を掛ける。
 声は違うけれど、この独特な訛りは、どこかで聞いたことがあるような気がした。部屋のあちらこちらを見回しても、やはり誰かいる気配はない。まさかセレが悪戯でもしているのではと思ったが、それも違うようだ。
 空耳かもしれない。思い直してティーナが椅子から腰を上げようとしたその時、また例の声がした。
「ティーナ、こっちや。こっち!」
 今度こそ間違いない。しかもやけに間近で声がする。まさかと思い、ティーナは窓に目をやった。当然そんなところに人などいるわけながい。ここは寮の四階なのだ。魔法でも使わない限り、こんな所に誰かがいるわけがない。
「誰なの?」
 窓枠に手を掛けると、ティーナは窓から身を乗り出した。
「ここや!」
 真下から声が上がる。恐る恐る目線を下に向けると、ティーナが手を添えている窓枠に声の主を見つけた。ふわふわとした薄灰色の毛並みをした小さな生き物が、つぶらな黒い瞳でティーナを見上げている。硬直したティーナの目の前で子ネズミは長い尻尾でくるりと動かすと、小指の爪よりも小さな前足を挨拶をするように高く掲げる。
「……わいのこと、わかるか?」
 申し訳ないが知り合いにネズミに知り合いはいない。しかも言葉を喋るネズミなど見たこともない。
 ネズミは必死に何かを訴えかけよとうしているが、ティーナは何の反応も示さない。ネズミはしょんぼりと長い髭を下に垂らす。
「き、き…」
 ティーナの口から漏れた謎の言葉に、ネズミは首を傾げる。
「き?」
 次の瞬間、
「きゃあああああああああっ!!!」
 とてつもなく大きなティーナの悲鳴が部屋中に響き渡った。



「いやー、まいった。あんなに驚かれるとは夢にも思わなかったわ」
 窓枠にちょこんと座って髭をそよがせているネズミはため息まじりに呟いた。このネズミの正体が実はアガシだとはすぐに理解できなかった。
「……本当に、アガシなの?」
 おっかなびっくりティーナは訊ねる。疑っているわけではないが、どうもぴんとこない。するとネズミ…いやアガシは得意げにビーズ玉のような目をくるりと動かした。
「わいの一族は代々魔法使いやからな、この魔法はじいちゃんから教わったものや。恐らくこの魔法は学院では恐らく教えてくれへん」
 アガシの話によると無事に卒業し、本格的に魔法使いとしての修行に入る者だけに授けられる魔法書に記述された術のひとつらしい。「だから内緒な」とアガシは用心深げに鼻をもぐもぐさせる。その愛らしい様子とアガシの真面目な口調が噛み合わず、つい笑いがこみ上げてしまうのを止められない。
「ここは笑うところやないぞ、ティーナ」
 アガシは困ったように尻尾を振り回す。
「…ごめんなさい」
 しかし、どうしても目の前にいる子ネズミがアガシだとは思えない。昨日あんなことがあったばかりだとういうのに、普通に話ができるるのはそのお陰だろう。
 ふと、ティーナは素朴な疑問を口にしてみる。
「どうしてこんな姿をしているの?」
「どうしてって、決まっとるやろうが。ここは清らかなロータスの乙女たちが集う神聖なる女子寮や、わいがティーナのもとへ行くには、あの姿ではどうにもならん。あのおっかない寮長センセに門前払いや」
「確かにそうかもしれないけれど…」
だが、こんなことまでして女子寮に忍び込む理由は何だろう。そう思った途端、わけもなく胸の鼓動が早くなる。
「ホンマはこんなネズミじゃのうて、可愛い小鳥にでもした方がティーナも喜ぶかと思うたけど、鳥は扱いがしんどくてな……って、そんなことはどうでもええわ。一刻も早くティーナに言わなあかんことがあって、な」
 突然子供じみた声に真剣味が宿る。本来の姿である時の声とは天と地ほども違うが、目の前にいるのは確かにアガシなのだ。アガシは神妙そうに髭を振るわせる。
「ミランダ女史には係わらん方がええ。いいや、金輪際係わるな、ええか」
「ミランダ……先生?」
 思い掛けない名前にティーナは目を瞬いた。
「どうして?」
 するとアガシはきっぱりと言った。
「勘や!」
 あまりにも自身ありげに言うのでティーナはがっくりと脱力してしまう。
「……勘って、そんな」
「勘を馬鹿にしたらあかんで。人間の勘ってのは、結構当てになるもんや。だからティーナ、約束してくれ。絶対にあの先生に近づかんと」
 アガシは窓枠に必死にしがみ付きながら、黒いビーズのような瞳で必死にティーナを見上げている。その姿があまりにも一生懸命で、微笑ましくすら思えてしまう。
「うん、わかった。ミランダ先生に会わないように気をつけるね」
「あかん。『会わないように』じゃのうて絶対に『会わない』って約束してくれ」
「絶対にって言われても……それは難しいと思うんだけど」
「ティーナ!」
「わかった、わかったってば」
 一体どうしたんだろう。こんなことのためにアガシはわざわざ魔法まで使って、伝えに来たのだろうか。
「アガシ、まさかそれを言うために?」
「せや、手遅れにならんうちに言わなあかん思うてな」
「でも、どうしてミランダ先生に係わるななんて…あたしはちょっと苦手だけど素敵な先生じゃない?」
 ミランダ先生は特に男子生徒の間ではかなりの人気のはずだ。ティーナ自身、少々苦手とは言えどもやはり女性として憧れる部分も多い。
 するとアガシは勢いよく尻尾を振り上げると自信満々に言った。
「阿保抜かすな。ティーナの前では、どんな女も霞んでしまうわ」
「ア、アガシってば! もう冗談ばかり…」
「冗談じゃあらへん」
 ティーナの言葉を遮ると躊躇うように俯いてしまうが、すぐに何かを決意したかのように小さな頭を真っ直ぐに上げた。
「………ティーナ、わいは…」
 アガシが何かを言おうとしたその時だった。コンコン、と扉をノックする音が響いた。
「ティーナ、もう起きてる?」
「ディーン先生からいいものをいただいたのよ」
 カレンとセレの声だ。こんなところにアガシ、いやネズミがいたら二人とも大騒ぎになるだろう。
「え、あの。ちょっ、ちょっと…」
 待ってて、とティーナが静止する前に、扉は勢いよく開いた。どうやら二人とも走ってきたらしい。カレンとセレは頬を薔薇色に染めて部屋の中に飛び込んできた。
「ティーナ、具合はもういいの?」
「え、あ、うん」
 生返事をしながらもアガシの姿を隠すように、窓の前に立ちはだかった。二人はティーナの元へ駆け寄ると、ほら見てと言わんばかりに手にした茶色の小箱を差し出した。
「ディーン先生から、ティーナにご褒美!」
「今回の試験をよく頑張ったって、ディーン先生がティーナのことを褒めてたよ」
「ほら、見てみて! なんとシャムロックのマロングラッセ!」
「全部食べちゃおうかと思ったんだけど、ティーナの分も取っておいてあげたんだから」
「あ、ありがとう」
 二人の勢いに圧倒されながら、ティーナはマロングラッセの小箱を受け取った。すると今度はセレが意味ありげに、にっこりと笑う。
「それとティーナ。昨日は聞けなかったけど、今夜はたっぷりと聞かせてもらうからね」
「え、何を?」
 きょとんとするティーナに、続けてセレが含み笑いを浮かべる。
「決まってるじゃない。昨日のことよ。昨日アガシが迎えに来てくれたでしょ?」
「え、えええっ」
 途端に顔を真っ赤にするティーナを、カレンとセレは両脇から羽交い絞めにする。
「そんなっ、別に話すことなんて何も…」
「うーそだあ。その真っ赤な顔が何よりの証拠でしょ」
 カレンは真っ赤に染まったティーナの頬を指で突く。
「何もないってことはないわよねえ、あんな絶好なシチュエーションに、あのアガシが何もしないなんて考えられないもの」
(お願いだから、その話題はやめてええええ…)
 すぐそこに話題の張本人がいるというのに!
 カレンやセレがそんなのことを言うものだから、昨日の様々な出来事が思い起こされてしまう。思い出せば思い出すほど、どれも人に話せるものではない。
「本当に、本当に何もないってば!」
 ちらりと背後の窓枠に目をやる。が、窓枠にはすでに薄灰色のネズミの姿はなかった。ティーナはこの場にアガシがいなくてよかったと安堵するとともに、アガシにまだ昨日のお礼を言っていなかったことを思い出す。
(アガシ……)
 それから、どうやったらこの二人の追及を逃れられるだろう。色々考えなければいけないことは山のようにあった。しかし今、ティーナが解決しなければならない中でも、これはかなりの難関だった。

              *    *    *    *

 今回ばかりは黙っているわけにはいかない。夕べの食事の時間だけならまだしも、午後の授業までサボるとは。確かにこれまでも素行面では色々問題を起こしてきたが、学業を疎かにすることなどなかったはずだ。
(原因は、彼女か)
 ティーナ・アルトゥン。取り立ててすぐれたところも見つからない、自分の意思もはっきりと言えない泣き虫な少女。
(あんな奴の、どこを気に入ったというんだ?)
 昨日の怪我が思わしくなかったらしく、今日は大事を取って休んでいた。しかし、ちょっと足を挫いた程度で学校を休むほどではなかったはずだ。
 アガシがこれまで興味を示した女性のタイプとはずいぶんかけ離れていた。だから物珍しいだけで、すぐに飽きるだろうと思っていたから、まさか本気になるとは夢にも思わなかった。
 だが、別にそんなことはどうでもいい。アガシが本気で恋をしようが遊びでしようがちっとも構わない。ラズリが腹が立つのは、そんな色恋沙汰ごときで学業を疎かにする行為自体だ。
 いくら長子でないとはいえ、アガシは古くから続く魔法使い一族だ。どんなに努力してもけして魔法使いになれないラズリとは違う。
(なのに、それをすべて台無しにするつもりか?!)
 さっき中庭で意識を手放したアガシの姿を見つけた。彼が魔法で小動物に身体を借りて、あらゆるところへ冒険をしていることは以前から知っていた。恐らく、いや間違いなくアガシは例の魔法でティーナのところへ行ったのだろう。あの出来損ないの、すぐに泣き出す少女のもとへ。
「……あいつは馬鹿か?!」
 思わず声に出さずにはいられなかった。
 一族の猛反対を押し切り、特待生としてこの学院に入学するのは、並大抵な努力ではなかったはずだ。にも拘らず、その努力を簡単に溝に捨てようとするアガシの態度が信じられなかった。
 予告もなく扉が開いた。疲れた様子のアガシがふらりと姿を現した。
「ただいま」
 ラズリは苛立ちを押さえ込むと、静かに訊ねる。
「…今までどこへ行っていたんだ」
「ああ、ちょいと野暮用や」
 アガシは曖昧に笑うと、珍しく自分の寝台へ向かおうとする。
「待てよ」
 すれ違う瞬間、ラズリはアガシの肩を掴んだ。
「何や」
 アガシの黒い瞳に一瞬物騒な光が宿る。しかしラズリは怯みもせず、アガシに問いを投げ掛けた。
「お前、午後の授業に出ていなかっただろう」
「ああ……ちょいと気分が悪ろうて休んどったわ」
「へえ、だから中庭で休んでいたのか」
 一瞬、沈黙が流れる。だがすぐにアガシはへらりとした笑顔を浮かべる。
「……なんや知っとったのか、いややわあ」
 いつものようにおどけた調子で、やんわりとラズリの手を振り解くと、そのまま寝台に向かった。
「ちいと調子が悪い見たいや。授業に出るのもしんどくてな」
 言い訳じみたひとり言を呟くと、どさりと身体を横たえる。
 疲れているというのは本当だろう。アガシの横顔には疲労の色が色濃く滲んでいた。だが今回ばかりは見逃すわけにはいかなかった。ラズリはアガシの横たわった寝台に歩み寄ると仁王立ちになる。
「そりゃあ『憑依の魔法』を使えば、さぞしんどいだろうよ」
「なんや、ばれとったか」
 アガシは悪戯が見つかった子供のように小さく舌を出した。こっちがどんなに真剣に接しても、アガシは真面目に取り合おうとしない。ラズリの苛立ちは頂点に達した。
「『なんや、ばれとったか』じゃないだろう!」
 思わずアガシに掴みかかる。するとアガシは何事かと驚きの表情で訊ねる。
「なんや、今日はやけに絡むな。どうしたん、ラズリ」
「午後の授業サボっただろう。どういうつもりだ!」
 ラズリの上からものを言う態度が気に食わなかったのか、アガシは険しい目をラズリに向ける。
「お前には関係あらへん」
 胸元を掴んだラズリの手を強引に振り払う。
「関係あるとかないとかではないだろう。お前のために言っているんだ、アガシ。たかだか授業のひとつやふたつだと思っていたら大間違いだぞ。ほんの些細なことでも自分を追い込む態度は取るんじゃない」
 するとアガシは小さく笑うと、乱れた襟元を直しながら言った。
「わかっとる、わかっとるって。でもなあ、早よう伝えなあかんことがあったんや。ティーナの身に何か起こってからじゃあ遅い」
「……やっぱりティーナか」
 ティーナ・アルトゥン。ラズリは苦々しくティーナの名を呟いた。
「あんな小娘のために、お前は自分の人生を台無しにするつもりか」
「人生って……なんや大袈裟やなあ」
 のんきそうにアガシは呟く。それがラズリの怒りに火を点ける。
「お前は…………何もわかっていない」
 この学院で過ごす時間がどれほど大事なものか。砂のように零れていく時間は二度と戻らないことを、どうして気づこうとしないのか。ラズリは自分の苛立ちをアガシにぶつけていることに気づいていた。自分にないものを持っていて、それを欲しいと駄々をこねる子供と同じ行為だと嫌というほどわかっていた。
 アガシがうらやましかった。他の学院の連中も、あのティーナもだ。未来にある数限りない選択肢の中から自分の将来を選び出すことができる。とは言っても、誰もが自分の望む未来を手に入れられるわけではない。だが夢を見ることならできる。
 あの落ちこぼれのティーナだって、努力すれば魔法使いになれるかもしれないという希望は持てる。
 それなのに、自分には未来を夢見ることもできないなんて。
「……ラズリ、どうしたん?」
 心配そうなアガシの声に、ラズリは我に返った。
「………………なんでもない、感情的になって悪かった」
 ラズリは決まり悪そうに呟く。
「ああ、ええ、ええって。わいなんかそんなんしょっちゅうや」
 そう言ってアガシはからからと笑っていたが、思い直したようにぴたりと笑うのをやめると、改まった風に寝台に座り直した。
「すまん。ラズリは卒業したら家督を継がなあかんかったな。この学院で過ごす時間は何ひとつ無駄に出来ひんな」
「いや……」
 こうも素直にアガシから折れられてしまうと、どうも決まりが悪い上、自分がいかに子供っぽかったかを思い知らされる。ラズリもアガシと肩を並べるように、寝台の上に腰を下ろした。
「だけどそれはお前だって同じはずだ、アガシ。お前は努力もしているし素質も才能もある。なのに、お前はいつもあっち方面で損をしている」
「あっち方面……ああ、あっち方面な」
 ラズリが何を言いたいのか気づいて、アガシ得意げに言った。
「ラズリはどでもいいいみたいに言うがな、わいにとっては魔法使いになるのと同じくらい…いや、もしかしたらそれ以上に大切なことかもしれん」
「……よくもまあ、抜けぬけとそんなことが言えたものだな」
 呆れ返るラズリに「まあ最後まで聴けや」と制して、にやりと笑う。
「色恋沙汰なんていうと、なんやくだらんことに聞こえてしまうかもしれん。だがな、人を好きになることがどうしてくだらないんや? おとんやおかんが出逢って好きおうたから、わいが生まれたんと違うか?」
「確かにそうかもしれないが、限度というものがあるだろう。お前の五股、六股はやり過ぎだ」
 するとアガシは悪びれもなくこう言った。
「それはたまたま『ええなー』と思う女の子が、たまたま複数いただけやて」
 たとえ気になる人間が複数いたとしても、実際に実行に移す人間はそうそういない。ラズリはやれやれと肩をすくめる。
「あの人間信号機じゃ、そいうお前の考え方にはついていけなそうだな」
「大丈夫。今はティーナ一筋や」
「ああそうかい。まったく、あの子のどこかいいんだか僕には到底理解できなそうだ」
「……知らんでええわ」
「え…?」
 てっきりあんな良いところも、こんな良いところもあると説明されるかと思っていた。予想もしていなかったアガシの言葉に、今度はラズリの方が驚いてしまう。
「アガシ?」
「ティーナの良いところなんて、お前は知らんでええ。わいだけが知っとればええわ」
 どうしてそんな目を向けられなければならないのだろう。アガシは挑むような目でラズリを見つめている。まるで宣戦布告をされているような…そんな気がして、ラズリはただ戸惑いながら、アガシの眼差しを受け止めていた。
 ゆるゆると漂っていた夢の淵から、ふっと身体を浮上させるかのように、何の前触れもなく唐突に目を覚ましたラズリは自身の手の中に何か固いものが握らされていることに気づいた。
 寝台に横たわったまま、ゆっくりと顔面近くまで手を上げ、落とさないよう慎重に慎重を重ねて、そっと手のひらを開いてみる。
 自分の掌の中にすっぽりとおさまったそれは、ほとんど研磨されていない、自然に削り取られたような石で、その無色透明さは透かした向こう側に自分の手の肌色がうっすらと見えるほどだった。
 これは…?
 自分が何故そんなものを後生大事に握っていたのか、ラズリにはちっとも見当つかなかった。
 それでもその石を握っていると何故だか自分の内側にふつふつとした、得体は杳として知れないが、妙に心地良い温かな波動を感じることができるのだった。
 きっと、多分。薬師か魔法使いの誰かが自分に持たせていたまじない道具の一つなのかもしれないな…。
 実際のところ、それが本当にその通りなのかラズリには到底判別つかなかったが、それでも石から受ける計り知れないエネルギーの大きさに、どうしてもそう思わずにはいられなかった。
 ――やっぱり、ダメだったのか。
 自分がこうして宮殿内の寝台の上に寝かされていること、体のあちこちに痛みを覚え、目につく部位に包帯や湿布があてがわれているという事実。それを見てラズリは、自身の思い描いていた希みが達成されなかったこと、計画が失敗に終わったことをひしひしと感じ取っていた。
 『古い言い伝えだから本当かどうかわからないけれど、ご先祖様は竜と友達だったんだって。それで空を飛ぶ術を得たとかって…』
 ――自分にちゃんと竜が捕まえられていたら。そうしたら、あの子が言った通りにその力をわけてもらえたのかもしれないのに…。
 ラズリはたまらず、ぎゅっと目をつむった。
 まぶたの裏に映るのは一人の女の子の顔。
 離宮のあるファナトゥの領地で会った女の子。
 まるでそこにもずっと道が続いているように、軽々と空中歩行を楽しんでいた女の子。
 やわらかにうねる長い黒髪に藍をうんと濃くした瞳。その目をじっと見つめていると、だんだん彼女の深い海にその身が吸い込まれそうな感覚になったっけ…。
 いつか空が飛べるだろうか。
 あの子のように空を飛ぶことが…?
 まぶたを強くつぶっていたせいか、まだ熱冷ましか何かの薬効が完全に身体から抜けていかなかったためか、急激に襲われるどうにも抗いがたい眠気にとうとう負け、ラズリはそのまま意識を遠のかせていくのだった。
 

** ** **



 ふいに目覚めて、枕元の時計を見るとだいぶ夕食の時間が過ぎていたことにアガシは気付いた。油断したせいか、うっかりうたた寝をしてしまったらしい。
 …うわ、やっべぇ。まった、あの優等生からお小言ちょうだいかよ。こーりゃまいったなあ。
 そんなことを思いながら、椅子の背にかけていた制服の上着を慌ててひっつかみ、急ぎ本館一階の大食堂を目指して部屋を飛び出して行った。
 生徒たちそれぞれが選択する履修課目により、思い思いの形式で摂って良しとされている昼食時と異なり、朝食時はそれぞれの寮内の食堂にて、夕食は全員揃って大広間の大食堂にてクラスごとに席が決められ皆が一斉に、行儀よくとらねばならないのが学院のしきたりであった。
 寮から本館まで休みなく走りに走って、アガシはやっと目的の場所までたどり着く。そろそろと出入り口のドアを開けて食堂に入ると、既に皆、各々の席に着いて食事を進ませている最中だった。
 アガシは自身の長身をこんな時だけうらめしく思いながら、目立たないようにうんと腰を落としてそそくさと室内を進んでいくのだった。
 自分の席を目指しながら最短距離で通路を過ぎていこうとしたその時、アガシは長テーブルの席に座っていたカレンとセレの姿が目に留まった。
 二人が食事を摂りながらにこやかに談笑し合っているその隣り、普段通りであれば見知った顔がもうひとつそこにあるはず。
 だのに、何故だか今夜はぽつんとひとつだけ、空席が出来ていることにアガシはハッとするのだった。
 「なあ、お嬢はんがた。ティーナは? どないしたん?」
 アガシはたまらず、進路を変更してカレンとセレの席のそばまでそっとやってくると、彼女たちが交わす会話をそこで中断させてしまうのを承知でそうたずねてみる。
 二人はアガシがいきなり自分たちの背後に現れたことにはじめは驚いた様子を示したが、すぐにいつもの慣れた態度でティーナが保健室で休んでいることを彼に告げるのだった。
 「…は? 保健室やて? なしてまたそないなところにおるんや、わいの愛しのマイハニーは」
 「えっと、それがね、なんか足をひねったみたいなんですって」
 「そう。食事が始まる前にラズリが先生に報告していたのをさっき聞いたから、多分間違いないと思うわ」
 「なんでも、階段を踏み外して落ちちゃったとか? で、たまたまその場に居合わせたラズリが保健室に連れていってミランダ先生に手当てをしてもらったそうよ」
 ラズリが、ティーナを…?
 セレとカレンが交互にかいつまんで話した事後報告に、アガシは思わず食堂の中をぐるりと眺め渡してラズリの姿を探すと、さほどかからず彼の姿を大勢の生徒の中から見つけることができた。
 ラズリはちょうど、ちぎったパンを頬張り、さらにフォークで一口大に切り分けた鴨肉を、皿にかけられていたオレンジソースをたっぷりつけて刺してはせっせと口に運んでいる最中だった。
 さして普段と変わらない様子、いつも通りに落ち着き然としたその態度。そんな彼のことを傍目から眺めているだけで、何故だろうか、アガシはいきおい胸くそ悪い、妙に腹ただしい気分にかられて仕方なくなってしまった。
 はーん、ラズリが…ねえ。
 なーんやねんなあ、それってばよぉ。さっきティーナのことをあんな風に抜かしてやがっていたくせに、なあ?
 これといってさしたる理由はなかったが、どうにもむかむかした気分がぬぐえなくなってしまったアガシ。そこで、よし、と決意を固めると、彼女たちにこの場から席を外すことをこそりと告げた。
 「んじゃ、わいはちょっくら行ってくらぁ」
 「行くって…? どこに」
 「ティーナの様子見に保健室や。先生に聞かれたらうまく言っといてくれや、頼むで」
 それだけを早口で言い残すと、アガシはまた先ほどのようにやや中腰になった格好でそそくさとその場を去って行った。
 そんな彼に続こうというのか、セレはガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。そして、自分も保健室に向かおうと一歩足を出した途端、隣りにいたカレンは彼女の手をやおらつかみ「いいから」と引き止め、再度着席を促した。
 「でも、カレン…」
 「アガシにまかせておきなさいよ。きっと大丈夫でしょ。彼、あれでいてけっこう面倒見がいいもの」
 「それは…。そうかもしれないけど、カレンはティーナが心配じゃないの?」
 カレンの手を振りほどけず、渋々と席に着いたセレが不満げな声をもらすと、カレンはセレから手を離しながら唇に微笑をたたえて「だってお邪魔しちゃ悪いじゃない?」と返す。
 「…そーゆー問題?」
 やっと彼女のセリフの意図するところを察したらしく、セレはやれやれと吐息をつくと、カレンはふふふと悪戯っぽそうな視線を返事の代わりによこした。
 「いいんじゃないの? たまにはアガシに花を持たせてあげなくちゃ、ね」
 「カレンったら…」
 半ばあきれ気味にセレがカレンを見ると、彼女はすました表情のまま、スプーンですくったスープを口に運んでいるところだった。
 それにしても、どういう風の吹き回しで、そんなにも平然としていられるわけ?
 セレがさらに彼女を問い詰めようとした時ふと、「もしや?」とひとつだけ思い当たる節があった。そこでセレは恐る恐る、話を切り出してみる。
 「ね、カレン。あなたもしかして…この間のアガシへのお詫びのつもり?」
 セレのストレートな物言いにカレンはさっと反応したらしく、スープ皿の縁にスプーンをかちりと当てて音を鳴らしてしまった。
 だが、それもほんの一瞬のこと。すぐさま何ごともなかったといった風情で、スープの中に入っていたかぶだのにんじんだのの野菜をスプーンですくっては口の中に運び続けるのだった。
 「やっぱり…そういうことか」
 カレンの態度から判断して一人納得してうなずくセレ。
 それに対しカレンは、ちょっとだけにらむような目つきで「うるさいわね」と言い返した。
 「…ま、そういうところがカレンらしいっていえばカレンらしいんだけどもね。結局あの時のことって、なんだかうやむやになっちゃったじゃない? アガシったら全然気にしていないっていうか、態度が前とちっとも変わらなかったし」
 「も、もうっ。いいわよセレ。そんなことはどうでもいいから、あなたもさっさと食べちゃいなさいな。ねえ、さっきから全然減ってないんじゃない? おかずもパンも。そんなにいっぱい残したらお給仕当番の子に叱られるわよ」
 話の流れを変えようとでもするのか、急にそんなことを言い出してきたカレンに、セレは「はいはい」と軽く受け流しながら、どうにも噴き出したいのをこらえ気味にフォークを手に取った。
 「後で顛末を聞かせてもらいましょうね。ティーナが部屋に戻ったら」
 「…じっくりと?」
 「もちろん。たっぷりとね」
 「さらに膝つきあわせて、とか?」
 「ふふふ、そうね。消灯時間過ぎてから三人の内の誰かのベッドの中にみんなでもぐりこんでお布団かぶりながら、とかだったらさらに盛り上がるかもね」
 あらあら。なんだか自分よりも二人の成り行きを面白がっているのはセレの方じゃないの? 
 少しだけあきれ気味なためいきをつきながらも、カレンはセレとその後も他愛ない会話を重ながら、そのまま時間まで夕食を摂り続けるのだった。


** ** **



 こつこつとノックをしたものの、部屋の中からの入室許可の返事を待つのすらもどかしく、アガシはがちゃりとノブを回して保健室のドアを勢いよく開け放った。
 「失礼します。ティーナ・アルトゥンがこちらに…」
 言いかけて、アガシは思わずぎょっとして声を飲み込む。
 出入り口から少し離れた場所にしつらえられた寝台の上で仰向けの姿勢で横たわるティーナ。
 そんな彼女のそばに立ち、片手を寝台の上に置いた格好で、その顔をそっとのぞきこんでいるミランダの姿にアガシは目が釘付けになったのだ。
 窓の外はすっかり夜の帳が落ちきっていたにもかかわらず、天井から吊り下げられた照明器具には一切明かりを灯していない。唯一の光源は、いくつか並んだ寝台のすぐそばにある小棹の上に置かれた細い蝋燭の頼りない火のみ。その、今しも消え入りそうな弱々しいほのかな光によって照らしだされるのはミランダの横顔。そこに浮かぶ陰影があまりにも極端なほどコントラストを際立たせ、まるでこの世のものならぬ、何か他の、人間ではないもっと別の生物を想起させるようで、どうにもぞっとする思いを禁じえなかったのだ。
 「…あらぁ、アガシじゃない。あなたどうしたのぉ?」
 しかし、そんな彼の抱いた印象に反し、ミランダはアガシの方をくるりと振り向くと、実に拍子抜けするほど明るい口調で呼びかけてきた。
 「もうとっくに夕飯の時間は過ぎてるでしょ。さっきラズリが点呼当番だからって行っちゃったものね…。まさか同室のあなたがそれを知らないわけ、ないわよねぇえ?」
 「ええ、はい…。でも、ティーナがケガをしたって聞いたんで、それで。あの、彼女の様子は? もう大丈夫なんでしょうか」
 「まああ、あなたったらいつのまにティーナの騎士くんになっちゃったのかしらあ。先生初耳よぉ。おどろいちゃったわぁ」
 大げさなくらいにに目を見張り、フフフと意味深な含み笑いをもらすミランダ。
 しかし、アガシはそんな彼女の物言いにほとほと嫌気がさしたのか、憮然とした表情で彼女に相対した。
 それでも彼女はそんなアガシの心情を知ってか知らずしてか、平然とした態度を崩さず、さらに軽口を叩いてくるのだった。
 「…ふふふ、そうねお姫さまはこの通り、千年の眠りからまだ目覚めてないけどぉ。ど? ためしにやってみるぅ? あなたお得意でしょ、お目覚めのキッスくらい」
 「…先生。この期に及んでそういう冗談はキツイっすよ?」
 一人の生徒が怪我をして運び込まれたというのに、いったいどういうつもりでそこまで茶化すのか。
 半ばあきれ顔を示すアガシであったが、そんな二人のやりとりが契機となったらしいく、ずっと深く寝入っていたティーナが「うう…ん」と声を出しながらゆっくりとまぶたをしばたいていった。
 「あら? ティーナったらもうお目覚めなのお?」
 ミランダが声をかけると、ティーナは眠気を帯びてまだぼんやりする頭を軽く振り、のそのそと身体を動かして起き上がった。
 「やだ…。あたし、いつの間に寝ちゃって…?」
 目をこすりながら辺りをうかがうと、すっかり夜の様相を示していたことに半ば驚きつつ、ティーナは寝台から静かに足を下ろした。
 「どうする? ここで一晩休んでいってもかまわないのよ」
 ミランダは立ち上がろうとするティーナの身体を支えようとでもするのか、手をのばしてきた。
 しかしティーナにはミランダのその動きが逆に自分を寝台へと押し戻そうとするかのようにも見え、とっさにそれをかわすようにしてついっと寝台から立ち上がった。
 「あ…大丈夫です。その…。あたし、部屋に戻ります」
 脱がされていた靴に足を入れ、とんとんと床をつま先で叩いてきちんとはく。寝乱れていた服装や髪型を直して手早く整え終わると、ティーナ少しびっこを引くような歩き方でぎこちなくアガシの立つ出入り口付近まで進んでいった。
 「その方がゆっくり休めるならその方がいいわね。アガシ、あなた彼女を女子寮前まで送り届けてあげてちょうだい」
 「…わかりました」
 あんたから言われなくても、そうするつもりだったし。
 アガシはミランダから自分が言うよりも前に先んじて命じられたことに半ばむっとしつつも、特に彼女と波風を立てたいわけでもなかったので、今はティーナのことを気遣うのが先決とばかりに、彼女の腕にさっと手を回した。それから軽く「失礼しました」を頭を下げ、ティーナと共にそそくさと保健室を出て行くのだった。
 扉が閉まり、完全に彼らの姿が見えなくなると、ミランダは一人、誰に聞かせることもなくくすりと笑みを浮かべながらぽつんとつぶやいた。
 「…アガシが送り狼にならなきゃいいけど、ってティーナに言っておけばよかったかしら」


** ** **
 暗い---自分が目を閉じているのか、開いているのかもわからない漆黒の闇。ここはどこだろうと、どんなに目を凝らして無駄だった。どこまでも果てしなく続く闇。
(ここは…どこ?)
 自分の手さえ見えない完璧な暗闇。本当に自分がここにいるのかすらもわからない。不安にかられて自分の肩を抱き締めた---が、ティーナの手は空しく宙をかく。
(え……?)
 今度は自分の頬に触れようとするが、手のひらに感じるものは何もない。ティーナの手はどこまでも闇の中を彷徨うだけ。何もない。ここにあるのは暗闇だけ。
(うそ)
 あたしの身体はどこにあるの? あたしはここにいる。なのにどうして……。
 恐る恐る震える両の手を合わせる。だが互いの手は合わさることなく、どこまでもどこまでも対となる手を探し続ける。手握り締める。指先はやわらかな手のひらに触れず、冷たい空気にしか触れることができない。
(やだ、どうして……)
 これは夢だ。そう、夢に決まっている。懸命に自分に言い聞かせるが、本当は納得していない自分がいることを自覚していた。危うく恐慌を起こしかけた時、目の前の闇が動いた気配がした。
『おいで』
 ぞわりと鳥肌が立った。声ならぬ声がティーナに語りかける。それはやさしい男の声に聞こえた気もするが、誘い掛ける女の声のようにも聞こえる。ティーナは本能的に危機を感じ、無我夢中で闇の中を走り出す。
『おいで』
 ティーナは走った。いや飛んでいるのかもしれない。目の前にあるのは闇、闇、闇。一体どこへ逃げればいいと言うのだろう。どんなに走っても息が切れない。足の裏で蹴る地面すらわからない。もしかしたら自分の身体は空気みたいになって、この暗闇の一部になってしまったのだろうか?
『……おいで』
 嫌だ。絶対に。
 走りながら声にならない声で叫ぶ。走りながらティーナは気がついた。足を踏み出す度に胸の上で弾む小さな欠片の感触に。
 とん、とん、とん。
 足を進めるたびに堅い石が胸を叩く。今、ティーナが感じる唯一の感覚だった。そして、どうしてかわからないが、あの声はこの石を狙っているのだと知る。
(だめ、これは……!)
 不意に背後から伸びてきた手から、ティーナは胸元の石を庇うように握り締める。手の中にすっぽりと収まってしまうほど、小さく透き通った石。不思議なことに、さっきは感じなかったはずの感触が手のひらに甦る。
(これはあの子にあげたものだから……)
 熱く堅い石肌を感じた途端、頭の中を覆っていた深い霧が急に開けていく。浮かんでは消えていった面影が急速にティーナの目の前で形を結ぶ。
「あなたは……」呆然とティーナは呟いた。
 そこには幼いひとりの少年がいた。ティーナを見て、驚いたように目を見開く。
 空色の瞳。セレスト・ブルー。今までどうして忘れていたんだろう? 
 晴れ渡った空の色に似た瞳が弾けるように笑った。途端、爆発するかのように金色の光が闇をなぎ払いティーナに襲い掛かる。
「待って!!」
 ティーナは少年へと手を伸ばす。もう少しで互いの手が触れ合おうとした次の瞬間、目の前で光が炸裂した。

            *    *    *    *    *

「あぶないっ!!」
 ティーナは思わず声を上げた。ざんっと茨の茂みが音を立てると共に、くぐもった悲鳴が上がる。庭園の真ん中に枝を広げる大樹、その枝の陰から人の姿を見つけた時はすでに遅かった。ティーナが助けの手を差し出すにはあまりにも急で、人影が茂みに落ちていくのをただ見守る結果になってしまった。
 ティーナは驚きのあまり呆然とその様を見下ろしていたが、ひしゃげた枝をかき分けるように現れた手を見つけ、慌てて急降下すると、ふわりと地面に降り立った。
「ねえっ、大丈夫?!」
 ティーナが駆け寄った黒い土の上には、乳白色をした素朴な花は無惨に散らばり、青々とした緑の枝は尖った刺を残したまま折れ曲がっていた。花の盛りの茨を無惨な姿にした張本人の少年は、服と金茶の髪を枝にからませたまま必死にそこから抜け出そうともがいていた。だがティーナの姿を見つけた途端、驚いたように目を見開く。
「……お前」
 少年はティーナをまじまじと見つめる。大きく見開かれた少年の瞳は空の色に似ていた。
「お前、さっき空を飛んで……」
 しまった。ティーナは自分の失態に気づく。ここはあまりにも広くて静かなものだから誰もいないと思っていたのが間違いだった。
「え…えっと、あたしは……」
 その力を必要以上に使ってはいけないし、むやみに人に見せるものではない。寡黙な父がこれだけはとティーナにくり返し忠告していたことだった。しかも目の前にいる少年の空色の瞳。このセレスト・セレスティアンの統治者の血族だということは一目瞭然だった。
 こんな片田舎とはいえ、ここは王族の住まう離宮なのだ。王族のひとりやふたりに出くわしてもおかしくはない。確かこの離宮の主でるディルナス様は十五歳になられたはずだ。少年はどうみても十歳前後、ティーナと同い年か年下くらいとしか思えない。
 ディルナス様ではないとしたら、この少年は誰だろう? ラズウェルト皇太子殿下がティーナと同い年とは聞いているが、皇太子殿下あろう者がお共もなしでこんなところにいるはずがない。
「あたしは、あの……」
 それよりもどうしよう。人に見られてしまった。
 ティーナにとって少年が何者かということよりも、父ガルオンにこのことが知られてしまう方が大きな問題だった。「大人しくしているから」という約束で、離宮に上がる父の同行を赦してもらったというのに…。
(どうしよう)
 ガルオンは普段は温厚だが約束を破ると本当に厳しかった。しかも王族らしき少年にアルトゥンの血の力を見せてしまったとなると、怒られるだけでは済まないような気がする。
 戸惑うティーナの目の前で、少年は強引に茨から抜け出そうとする。しかしひとりでは難しいと悟ったのだろう。少年はティーナに言った。
「おい娘。ここから出るのを手伝え」
 あどけなさを残す少年の声には、歳とは不相応な威圧的な響きが含まれていた。少年の上からものを言う態度にティーナはムッとなる。
「嫌」
 これ以上ないくらいに、きっぱりと断る。一瞬少年はティーナの言葉が理解できなかったかのように、その蒼い瞳を怪訝そうに曇らせる。
「お前、なにを言って……」
 言葉を失う少年にティーナは言った。
「嫌って言ったの。どうしてそんなに威張った言い方をするの? 助けてあげたいと思っても、そんな風に言われたらいっぺんに嫌になっちゃうわよ」
 少しはティーナの言い分を理解しようとしたのだろうか。それとも理解しがたいと呆れたのか。まるで珍獣を見る目でティーナを凝視していたが、少年は疲れたように目を伏せた。
「……だったらいい。お前の手助けなど必要ない」
 あくまで態度を変えるつもりはないらしい。ティーナは少年の頑なさに少し呆れたが、やはり王族の血を引く人間はそういうものなのだろうかと思ってしまう。ティーナがこの場を立ち去っても、すぐに誰かが気づいてくれるだろう。そうは思いつつも、このまま少年を放っていくのもやはり心苦しい。とはいえ、黙って手助けするものなんとなく癪にさわる。
 どうしよう。引っ掻き傷をいつくも作りながらも、うめき声ひとつ上げようとしない少年をどうしたものかと途方に暮れる。
「……じゃあ、あなたが茨から抜け出すのを手伝ってあげたら、あたしの頼みを聞いてくれるっていうのは…どう?」
 ふと思いついたことをティーナは口にしてみた。
「交換条件ときたか」
 少年の瞳に浮かんだのは軽蔑の色だった。ティーナは自分の発言に後悔したがもう遅い。
「望みは何だ?」
 威圧的な口調で少年は尋ねる。ティーナは逆らえず、恐る恐る言った。
「…あたしのこと、誰にも話さないで……内緒にしてくれる?」
 どきどきとしながらティーナは少年の返事を待った。しかし少年は難しい表情のまま、なかなか口を開いてくれようとしない。
「あの……ごめんなさい。いいのもう、ごめん」
 怪我をしている人にこんな交換条件を出すなんて卑怯だ。ティーナは茨に手を掛けると、少年にまとわりつく棘だらけの枝を退け始める。すると少年はティーナの耳元で唐突に吹き出した。
「そんなことでいいのなら…」
 小さな笑い声を立てながら、ティーナに空色の瞳を向けると、にいっと笑う。
「いいだろう。お前のことは誰にも話さない。内緒にしよう」
 少年が浮かべた表情が弟のテイトが悪戯を思いついた時のそれと似ていて、ティーナもつい、つられて笑ってしまった。


 茨の中からの救出は思ったよりも時間が掛かってしまった。やっと棘の檻から開放された少年は体中いたるところに小さな傷を作り、上等そうな白い服は泥と血と緑の葉の汁でひどい有様だった。二人は長い格闘を終えた後のように、ぐったりと土の上に座り込んでしまった。
「…ひとまず礼を言う」
 少年は疲れたように俯いたまま呟いた。ティーナは「ううん」と軽く首を振ると、少年の顔を覗き込んだ。
「痛いでしょう? 大丈夫?」
「このくらい怪我のうちにはいらない」
 偉そうな物言いと、少年の姿があまりにも落差があり過ぎて滑稽、いや微笑ましくすら思えてしまう。ティーナは弟にするような仕草で少年の乱れた髪を指で梳いた。すると少年は驚いたように顔を上げると、ティーナの手をいきなり叩き落とした。
「……気安く触れるな、無礼者が」
「無礼者って…」
 ティーナは絶句した。あまりに時代錯誤に聞こえる言葉に驚いたということもあるが、いかにも王族らしい物言いに感心してしまう。もし、この少年が王族だとしたら当然の反応なのかもしれない。
(それくらい、仕方ないか)
 ティーナは小さく息をつくと、すっくと立ち上がった。たしか庭園の入り口に手押しで汲み上げる井戸があったはずだ。まずはこの泥を洗い落とさなければと、ティーナは走り出した。ちらりと振り返ると、少年は座り込んだ姿勢のまま微動だにしていない。「ちょっと待ってて」と声を掛けようと思ったが躊躇してしまう。今度は「気安く声を掛けるな」と言われてしまいそうだ。
 庭園の入り口付近までたどり着くと、念のため手近の木陰に隠れて周囲を見渡す。幸い人の姿はない。ティーナはすばやく井戸に駆け寄ると、スカートのポケットからハンカチを取り出した。片手でポンプを押すのは骨が折れたが、どうにかハンカチを濡らす程度の水を汲み上げることができた。
 ぼたぼたと水を垂らしながらティーナは少年の元へ駆け足で戻ると、少年はまださっきと同じ姿勢のままで座り込んでいた。ティーナは息を弾ませたまま、少年の前にしゃがみ込んだ。
「傷の手当てをしたいんだけど、触ってもいい……?」
 恐る恐る声を掛けると、少年は顔も上げずに「勝手にしろ」と面倒くさそうに答えた。
「じゃあ、遠慮なく…」
 野生の獣に触れるような慎重さで、ティーナは少年の金茶色の髪をかき上げると、深い傷を負った右頬にハンカチを押し当てた。ぐっと息を飲んで痛みを堪える少年の息づかいを感じる。「我慢して偉い偉い」なとどうっかり言ってしまったら、逆上されてしまいそうだ。
 ティーナは無言で顔中の泥や血を拭い取ると、もう一度ハンカチを洗い流すために井戸へ走った。今度は「ちょっと待っててね」と言うのを忘れずに。
 何度か井戸との往復を繰り返して、どうにか汚れを落とすことができた。少年は借りてきた猫のように大人しく、最初は遠慮がちにしていたティーナもだんだん慣れてきて、手当てに集中することができた。
 この往復の途中で見つけた薬草の畑から拝借した薬草をポケットから取り出すと、ハンカチに包んでもみくちゃにした。緑色の汁が出てくるくらいまでもみ解す。
「沁みるけど、我慢してね」
 念のため予告をしたものの、それは予想以上に傷に沁みたようだ。少年は小さなうめき声を上げると、ティーナの腕をつかんだ。
「…何だこれは」
「薬草の畑からもらったの。傷に効くんだよ。毒じゃないから大丈夫」
 なだめるように少年の手を解くと、自分の腕にできた大きなミミズ腫れの上に絞り汁を垂らしてみた。痛みで顔をしかめながら「ね?」と少年に無理矢理浮かべた笑顔を向ける。すると、ようやく少年は険しい表情を和らげた。
「お前……薬師みたいだな」
 ぼそりと少年が囁いた。
「うん、あたしの家は薬師の家系なの。だから…」
 言い掛けて「しまった」と思う。あまり余計なことは言わない方がいいかもしれない。突然黙り込んだティーナを察して少年は言った。
「誰にも話したりはしない。構わず話せ」
 でも。と言い返そうとしたが、少年の真っ直ぐな目を見てティーナはどきりとした。それだけで、けして嘘は言わないとわかるのに十分だった。
「う、うん」
 少し顔が赤くなっているかもしれない。頬が熱かった。少年に見られないように顔を背け、傷の手当てを続けながら話を続ける。
「本当は弟がお父様の後を継ぐんだけど、まだ生まれたばかりだから一人前にまるまで時間が掛かるの。だから弟が大きくなるまであたしがお父様のお仕事を継ぐことになっているんだ。だから、今も少しだけど薬師になるための勉強をしているの」
 ふうん、と少年は気のない相槌を打つ。
「ごめんね、面白くなかったね。こんなこと」
「いや…意外に思っただけだ。魔法使いかと思ったから、お前が」
 もしかしたら見られていないかもしれないという望みは断ち切られた。
「……お願いだから、このことだけは絶対に話さないで」
 ティーナが懇願すると、少年は怒ったように声を荒げた。
「誰にも話さないと言っただろう」
 そうだ、この人は絶対に約束は破らないだろう。きっと。
「ごめんなさい……」
 元はと言えば、自分の甘さが原因なのだ。少年は偶然居合わせてしまっただけなのだから。ティーナは情けない気持ちでいっぱいになった。
「ごめんなさい。あたしが悪いのに……」
 目頭が熱くなった。すると少年の厳しい声が上がる。
「泣くな。お前は僕を信用していないのか?」
 そんなことはない。ティーナは激しく首を振ると、ぐいっと涙を拭った。
「信用…する、ごめんね……ありがとう」
「……よし」
 少年は蒼い目を細めて破顔した。その笑顔がひどく眩しくて、ティーナは思わず顔を伏せた。さっきよりも頬が、いや顔中が火照るように熱く感じていた。心臓の鼓動がいつもより早い。どうしてこんなに自分が動揺しているのか、ティーナ自身よくわからなかった。ただ、少年にこの心臓の音が聞こえたらどうしようと思いながら、手の甲に負った大きな切り傷にハンカチを巻きつける。
「終わったのか?」
 頭の上から降ってきた少年の問いに、ティーナは下を向いたまま頷く。
「うん。でも応急処置だから、後でちゃんと手当てしてもらった方がいいと思う」
「わかった。……どうした、気分でも悪いのか?」
 この赤い顔を見られたくないからですとは、さすがに言えない。だけど、このまま顔を伏せたままでいるのも絶対におかしく思われる。
「あっ、あの。どうしてあんな高い木に登っていたの?」
 何とか誤魔化そうと咄嗟に質問をぶつけた。しかし、疑問に思っていたのも確かだった。少年は枝から足を滑らせたというよりは、自ら進んで枝から踏み出したように見えたからだ。
 …が、いくら待っても返事は返ってこない。どうしたのだろうと思って、そろそろとティーナは顔を上げる。すると、少年は頬を紅潮させて言葉を詰まらせていた。ティーナと目が合った途端、ふいっと目を逸らす。
「…………と、思ったんだ」
「え?」
 何と言ったのか聞こえない。ティーナが疑問符を浮かべていると、少年は半ばヤケクソ気味に言い放った。
「飛べると思ったんだ。お前が……まるで空に回廊があるみたいに歩いて…飛んでいたから。くそ」
 赤い顔のまま罵り声を上げると、少年は金色の髪をぐしゃぐしゃと掻き毟った。
「笑いたければ…笑えっ!」
 ティーナは驚いて少年の後姿を見つめていた。急に立場が逆転してしまったようだ。ティーナは戸惑いながら少年の背中に声を掛けた。
「空を飛びたいの?」
 少年は否定も肯定もしない。だけど、それが少年らしく思えた。聞くまでもない。少年は飛びたかったのだ。本当に。
「あたしが飛べるのは…魔法の力というよりも『血』の力なんだって」
「血の力?」
 背を向けたまま少年はティーナの言葉をくり返す。
「うん。あたしの家系は今でこそ薬師だけれど、元々は魔法使いの一族だったんだって。ときどき『血』の力が濃く現れる子供が生まれて、空が飛べたり…魔法みたいなことができるみたい」
「血の力、か」
 ため息のように少年は呟くと、少し躊躇うように尋ねた。
「……どうやって飛ぶんだ?」
 どうやって…。実は考えたことがなかった。ティーナにとって、空を飛ぶことは息をしたり歩いたりするのと同じくらい自然な行為だった。
「実は、あんまり考えたことはないの」
 どうやったら伝えられるだろう。ティーナは言葉を選びながら、ゆっくりと語り始める。
「空を飛ぶのは、歩くみたいな感じなの。たとえば歩いている時に、あの建物のところまで行こうって思うでしょ。飛ぶのもそんな感じ。あそこに行きたいなって思うと行けちゃうの…わかる?」
「いや……わからない」
 少年の声には失意の色が見えた。やっぱり上手く伝えられなかった。ティーナは自分の言葉の拙さに歯噛みする。
「ごめんなさい。あたし、上手く説明できなくて」
「仕方がないだろう。僕だって、どうやったら歩けるかなんて上手く説明しろと言われても困る」
 素っ気ないが、ティーナを気遣ってくれているのだろう。もしかしたら、この少年は威張っているけれど、案外いい人なのかもしれない。
「でも、ホントはね、もう魔法使いであることを捨てた一族だから力は使わないようにって言われているの」
「だから『誰にも言わないで』か」
「うん」
 本当は力のことを人に知られてしまうよりも、力を見られたと父の耳に触れるのが怖いだけだ。古くから伝わる力を知られるのがいけないことなのか。よく理解できていないティーナにとって、父ガルオンに叱られないために言いつけを守っているだけだった。
「魔法使いの血が流れていれば…誰でも空を飛べるものなのか?」
 少年の問いにティーナは首を傾げる。
「よく……わからない。古い言い伝えだから本当かどうかわからないけれど、ご先祖様は竜と友達だったんだって。それで空を飛ぶ術を得たとかって」
「……竜と友達」
 少年は大きく吹き出すと声を上げて笑い出した。最初ティーナは何が起こったか理解できず、ぽかんと少年の背中を眺めていたが、ややあって自分が笑われていると気がついた。
「ちょ、ちょっと。どうして笑うの?」
 ティーナは四つんばいで少年の傍らににじり寄ると、少年が目に涙を滲ませて笑っているのを睨みつける。少年は浮かんだ涙を拭うと「すまない」と侘びの言葉を口にする。
「それにしても、お前みたいな泣き虫が竜を従えた一族の血を引くなんて説得力がないぞ」
「…実はあたしもそう思う」
 自信なさ気にティーナがため息をつくと、少年はからかうように言った。
「そうだな……せいぜい蛙か蚯蚓が関の山だな」
「ええっ、ひどいっ!」
 ティーナがむきになって声を上げると、少年は小刻みに肩を震わせた。笑っているのかもしれない。悪意はないのだろうが、少し悔しい。ティーナは少しでも少年に自慢できそうものはないかと考える。
「あ、あのね。よーく見るとあたしの瞳って蒼いんだよ。竜と一生の友でいる証に空の色をわかち合ったんだって」
 そうは言っても太陽の下で目を凝らしてやっとわかる程度だ。光に透かしてやっと黒い瞳の色が深すぎる蒼で構成していることがわかる。
「本当に?」
 少年は手を伸ばすと、ティーナの小さな顎を指先で上向かせる。息が掛かるほどの至近距離でティーナの瞳をまじまじと見つめると呟いた。
「……本当だ、蒼いな」
 少年は感嘆の声を上げた。
「空の蒼というよりも、まるで深い海の色みたいだ…」
 ティーナは硬直したまま動けない。もちろん少年の目を直視などできるはずがない。
「でもやっぱり…おかしいよね。竜なんて、おとぎ話みたいだし」
 やっと熱が引いた頬が再び熱を帯びていくのがわかる。そんなことに少年は気づくはずもなく、もっとよく見ようとティーナの額に掛かる髪を指先で払い除けた。
「そんなことはない。実際に竜はいるのだし、お前は空を飛ぶことができる」
「あ、あの。手を…少し、苦しい」
 ティーナが苦しげに声を上げると、少年はやっと自分がしていることを自覚したらしい。気恥ずかしそうにティーナの顎から手を離す。
「赦せ」
 心なしか少年の頬がほんのりと赤い。とは言えティーナは茹で上げた海老のように真っ赤になっていたから、少年の様子に気づくはずもない。
(どうしたんだろう、あたし)
 自分のことなのにわけがわからない。ティーナはもやもやとした気分を振り払うように自分の頬をぱんっと叩くと、勢いよく立ち上がった。
「ねえ。空、飛ぼうか?」
 突然のティーナの提案に少年は目を丸くすると、その空色の瞳を輝かせた。
「---本当に?」
 もちろん、とティーナは大きく頷くと少年に手を差し出した。すると、少年はたじろぐようにティーナと、ティーナの手をかわるがわる見つめた。
「手を……つなぐのか?」
「そうよ。そうしないと一緒に飛べないでしょ?」
「…………わかった」
 少年はおずおずとティーナの手を取ると、ゆっくりと握り締めた。

            *    *    *    *    *

 ティーナの額から手を離すと、ミランダはうっすらと微笑んだ。
「可愛いティーナ……あなたはこの頃から、ずっと王子様に恋していたのね」
 言葉とは裏腹に、ミランダの赤い唇には蔑みが色濃く浮かんでいた。ティーナの青ざめた頬を軽く指先で撫でると、いともおかしそうに肩を震わせる。
 ティーナ・アルトゥン。ただの落ちこぼれだと思っていたけれど、そう、あのアルトゥンの血を…金に値する血を引く娘。使えないわけがない。
「あなたがこんなに利用価値のある子だとは……先生知らなかったわ」
 ふわりとしたティーナの黒髪を指で梳きながら、さらに奥へ、奥へと、ティーナの記憶を手繰り寄せる。無意識のうちに抵抗しているのか、ティーナの寝顔に苦しげな表情が刻まれる。
「おいでティーナ。もっと先生に教えてちょうだい。あなたがどんなに役に立つ子だってことを、ね」

            *    *    *    *    *

(お願い……もう、やめて)
 もう何も見たくない。何も聞きたくない。あの空色の瞳をした少年にもう……会いたいけど、会いたくない。最初から会わなければよかった。
 そうすれば、あんな目に合わせることはなかったのに。
(ごめん、ごめんね……)
 泣いている自分。苦しげに歪んだ少年の横顔。
 覆っていた天幕が引き剥がされそうになるのを、ティーナは必死に捕まえていた。これがなくなったら駄目。お願いだから奪わないで---!
 必死に抱き留めるティーナの腕の中で、天幕は崩れるように消えていく。
『……おいで、ティーナ』
 またあの声が聞こえる。
 もうこっちにこないで……!
 ティーナは堅く目を閉じる。もう何も見るまいと。両手で耳を塞ぐ。もう何も聞くまいと。
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