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 ※えっと;
  本文は続きに入れています。

 今回はのっけから、ちとあからさま過ぎるんで(爆)、表に出してのっけておくのはヤヴァイんじゃないか、なー?

 …などという勝手な自己判断によるものです。

 (そそそ、そんなた、大したことないよね? と思う反面、
 ゴルァ! 何モロ書いとんじゃー!
 …と、飛び蹴りかまされそうな気がしたので…(^^ゞ 
 ああ、良ひ子のお話からだんだん遠ざかっていくー。るるるー;)

 楽しいのは本人だけ、という気がしないでもないですが。
 まあ、がんばって書いたのでその努力だけでも汲んでやってください。

 であであ。
 魔法少年少女な物語世界へれっつらごー♪(自棄) 

 「気に食わんか…?」
 ただじっと、ラズリの戸惑う顔を見つめていたアガシの方が先に口火を切った。
 思いがけない彼の問いかけにラズリは思わず「…え?」と聞き返してしまう。
 「わいの答え方があんさんの気に食わんのやら、素直にそう言えばよろしいがな。いちいち回りくどいこと並べ立てんと、ただ心開いてそのままわいに向かってくればええ。そしたらわいもちゃんと本音で向きおうたる。だけど今のあんさんにはなんもしとうない。したって無駄やからな。わいだけが空回りするばっかりで、ただしんどいだけやし」
 「どういう…意味だ?」
 「べーつに。大した意味はあらへん」
 どことなく茶化したアガシの返答に、ラズリはむっとした顔つきを示すが、当の彼は面倒くさそうに明後日の方向に視線をさまよわすだけだった。
 そして頃合を見計らいながら、ちらちらとラズリの方に顔を向けると、やるせなさそうな吐息をひとつついて、腕を組んだ。
 「…ただな、自分がおもろなかったらそう思って一人で静かにしとればええやろ。ただ自分の意志に相手が添わない、目障りや、おもろない、なんもかんも気に入らん、たかがそれしきのことで何でもかんでもわいの所業に重ね合わせて、やたらと八つ当たりするのはやめてくれへんか? しかもこの際ティーナは関係あらへんやろ。彼女が何しようと、わいが彼女のことを気にかけようと、おまえが首つっこむ問題やなか。そこらへん、よっくよく自分の胸に手を当ててじっくり考えてみぃ。せやからそんな駄々っ子みたいなこと言われても、わいは相手にしとうない。ホンマ、それだけや」
 「黙れよ…アガシ」
 低くうなるような声音で、ラズリはアガシの立て板に水のような物言いを止めさせようと試みるが、彼にはちっとも効果なかった。
 逆に、それがかえってアガシの怒りスイッチを完全に入れてしまったらしい。彼の皮肉の度合いはさらに強まり、ますます増長しきって、もはや自身でもその暴走を抑えることができなくなっていたのだった。
 「…はんっ。図星か? 図星さされたから、そうやって相手の言い分を頭ごなしに封じて存在を抹殺する気か。それこそガキの言い分やなあ、ラズリ。なんもかんも気に入らーん、言うて、自分の持ってるおもちゃを投げつけて自分の鬱憤を晴らそうとする三歳児とちぃとも変わらへんわ。われぇ、まーだ子供チンポのまんまやろ。 そんならそのまま自分のチンチン握りしめて、おかあやんのオッパイ恋しいゆうて指でもしゃぶってろ!」
 「アガシ…もう黙れ」
 「自分がどんだけ努力して、偉いんかどうか知らんけどな? そないこといっくら誇示して見せたって、だーれも誉めてくれやせんのやで。 とことんガキやねんな。かわいそうなのは自分だけやと酔っとることに、そろそろいいかげん気づけやボケェ!」
 「黙れぇ…!」
 ついにぷっつりとラズリの中で何かが分断されたたような気がした。臨界点のゲージを瞬時にして吹っ切ったような勢いで、脳天に響くような怒声を張り上げる。
 「うるさい…うるさいっ…! おまえに…おまえなんかに。いったい何がわかるっていうんだあああっ!」
 ラズリは完全に常軌を逸した眼で、躊躇なくアガシの右頬目がけて鋭い拳をお見舞いした。
 不意打ちをくらったアガシは勢いでそのまま後ろにふっとんだが、すぐ態勢を整えた。打たれた右頬に手を添え、にっと不敵な笑みを浮かべ、「ええ当たり、よこすやないか」と、そっとつぶやきながら。
 「上等やラズリ。わいもここいらで一発殴らせてもらわんと気ぃ済まんところやったしなあ…!」
 言い返しながらも、しゅっとうなりを上げつつアガシの拳がまっすぐラズリの腹めがけて入り込んでいった。
 「ふぐっ…!」
 身体を二つに折ったまま、ラズリは床にがっくりと膝をつく。
 アガシはそんな彼を上から見下ろす格好ではんっと鼻を鳴らした。
 「…ほら、こいよラズリ。心底気に食わん相手なんやろ、わいが。遠慮なくかかってこんか、こぉの一人よがりのクソガキが…!」
 ラズリはその場にうずくまって苦しげに咳き込んでいたが、アガシの挑発に再び火がつけられたようだ。
 間髪もはさまず、すぐさまがっと立ち上がると、そのまま頭突きの態勢で「うおおお」と叫びながら、アガシに思い切りよく体当たりをかけていく。
 殴り、殴られまた殴り返し、足で蹴りを入れ、肘で相手を突き、えらく激しくどったんばったんと小競り合いが繰り返された後、二人の部屋のドアがばたんと勢いよく開かれた。
 騒ぎを聞きつけてかけこんできたのは舎監を務めるユスト教諭で、彼は自前の大声でアガシとラズリを頭ごなしに怒鳴りつけるのだった。   
 「こらああああ…! おまえたち、寮内でいったい何をやっとるかっ」


* ** ** ** ** *



 いつもだったら昼食時にまでぴったりとついてくるアガシが今日はとうとう現れなかったことにいぶかしがりながらも、ティーナとカレンとセレのいつもの三人組は食堂を出て、午後の授業が行われる指定教室に向かって歩を進めていた。
 その途中、校内掲示板前にたくさんの人だかりが出来ていることに三人は気がつき、何か大きな事件でも起きたのだろうかと、好奇心にかられてつい立ち止まった。
 「はい、ちょっとごめんなさいね。はーい、はいはい。ここを通らせてね~」
 カレンが先頭を切ってざわついた人波をかいくぐっていくと、ほどなくして皆の話題の中心であるらしい、一枚の張り紙が目に飛び込んできて、三人はあっと声を上げ、食い入るようにその記述を読み進めていった。


「 アガシ・アズラット・ハーディーン
  ラズリ・マーヴィー 

  右の者両名、寮内にて禁止事項
  (寮則第十項 寮内暴力行為の禁止)
  に触れた廉(かど)により、以下の罰則に処す。
 
  一、三日間の反省室での謹慎処分」


 
 「うっそー! 何でラズリがー!」
 終わりまでたどりついたとたん、悲鳴に近い叫び声を上げるカレンに、セレがまあまあとなだめにかかる。
 一方、その横でティーナはぽかんと口を空けたまま、もう一度その張り紙に書かれた文書を何度も何度も目で追って読み返すのだが、何故か字面だけはとらえられても、ほとんどその内容を噛み砕いて理解することができなかった。
 「…いったい何をやらかしたっていうんだ、あの二人」
 「アガシがラズリに手を上げるなんて…。ウソよ、信じられないわ」
 「いや、それは違うらしいよ。先に手を出したのはラズリの方だってさ」
 「どっちにせよ喧嘩両成敗ってわけだな」
 「それにしてもラズリはこの間っから問題続きじゃないのか?」
 「ああ、そういえば。…あれだろ? 竜の捕獲騒ぎ。あれで謹慎くらったばっかりだよな」
 「こうなるとまた週テストの結果が荒れそうだな…」
 「かえって自分の順位が上がるってんで、喜んでる連中の方が多いんじゃないか?」
 事実に対して、ひたすら面白おかしく好き勝手なことを言い募る生徒たちの会話を耳にしているだけで、胸がきしきしと痛いくらいに鳴り響き、苦しさを増すばかりのティーナだった。
 そんな…。アガシが…まさか。
 確かに以前からよく平気で軽口をたたく人でもあるから、ラズリを必要以上に苛立たせてしまうことも、時にはあるかもしれない。
 でも、だからといってむやみやたらに手を上げて、相手を傷つけるようなことはけしてするような人ではないはずだ。
 だってあんなに…やさしい人だもの。
 自分のこと以上に、とても相手を思いやれる人だもの。
ラズリのことだって、すごく心配そうな目で去り行く背中を見つめていたんだもの。
 そんな彼がただ感情にまかせて、相手に手を上げることなんて、絶対ないだろう。
 …それはもちろん、ラズリだって。
 たとえアガシと意見が割れて、互いの見解に相違が生まれ、意志の疎通が普段以上に図れないことがあろうとも。けして力で相手を組み敷こうとしたり、過剰な制裁を加えることはきっと嫌がるはず。
 どうせいつもの彼のことだ。そんなことはしょせん愚か者のすることだと、鼻で笑ってやりすごすに違いないではないか。
 だから、だから絶対に…。
 「きっと何か…。そうよ、何か深い訳があるに違いないわ」
 「あらあ、やっぱりそう思う? あなたも」
 急に背中から声がかけられたので、びっくりして肩をひゃっと震わすティーナ。
 急いで背後を振り向くと、そこには白衣姿の容姿端麗な一人の女性が腕組みをしながら、少し離れた先の掲示板上の張り紙を見上げていたところだったのだ。
 「ミランダ先生…」
 耳に残る、聞き覚えのある甘いハイトーンボイスの持ち主は言わずとしれた彼女だった。
 ミランダはティーナと目線を合わせると、屈託なくにこっと笑みを返してよこすのだった。
 「そう…ねえ。まあ、仲が良すぎてちょっと行き過ぎちゃっただけかもしれないじゃない? なんせここは思春期の若者たちの巣窟なんだもの、保健室に転がりこんでくるほどの大した怪我もこさえないような、ささいな小競り合いくらい、たまには大目に見てあげたらいいのにねえ。ほんっとうちの学校ときたら、こういうところが寛容じゃないっていうか、気が利かないっていうか…」
 ミランダは一気にだーっとまくしたてると、「やれやれ」とでも言いたげに大きなためいきをはーっともらした。
 それから、かけていた細い眼鏡の縁を指で押し上げ、やおら目の前にいるティーナとカレンとセレに同意を得るような視線を向ける。
 「ねえ、そう思わないあなたたちも。だって、ほら、昔からよく言うじゃない。 “仲良きことは美しき哉”、ってね」
 「は、はあ…」
 一体どこの国の格言だか、ピンとこない三人は顔を見合わせて微妙な笑みを浮かべてやりすごす。
 ミランダはそんな彼女たちのやや冷めた反応には目もくれず、「それはそうと」と言いながら、くるりとティーナの方に身体を向け話題を一方的に変えるのだった。 
 「ねえ、そういえばもう大丈夫なの? ティーナ。あなた足の具合は? 普通に授業に出たりして痛まない?」
 「え…? あ、はいっ。一応、歩けることは歩けるので、あの大丈夫みたいですっ」
 「そう…。でもダメよぉ? 生半可な回復で怪我を甘く見ちゃ。ちゃんと完治するまで手当てしないと、治療の意味がないデショ? ちょっと保健室にいらっしゃいな、診てあげるから」
 「あ、でも…。午後の授業が」
 もうじき昼休みも終わりかけの頃でもあった。そろそろ指定された教室にすばやく移動しないと、席に着く前に始業を告げるチャイムが鳴ってしまう。なにやら時間を気にする素振りでそわそわしだすティーナに、ミランダは軽く眉根を寄せて叱責を加えた。
 「まあ、何を言ってるの。自分の身体じゃない、大事にいたわらないと。それに少しくらい遅れたってかまやしないわよ。誰の授業? 後で私の方から遅れた理由を説明してあげるから。さ、いらっしゃい」
 あごをしゃくって自分についてくるよう促すミランダに、カレンとセレも口をそろえて「行った方がいい」と声をかけ、渋るティーナの背中を押した。
 「ご心配めさるな。ちゃんとリサ・リズ先生にはあたしたちからもちゃんと言っておいてあげるわよ」
 「そうそう。先生ならおやさしいから、理由を話せばきっとわかってくださるって。遅れた分、ノートも取っておいてあげるから。…ね?」
 ウィンクひとつしてティーナを送り出そうとするカレン。
 いつの間にやら手に持っていた教科書の類をそっと取り外してくれるセレ。
 そんな彼女たちの好意を無碍にすることなど、ティーナにはこの際はばかれるような気がしてならず、わずかな吐息をつくと覚悟を決め、ミランダの後をひょこひょこと軽くびっこをひきつつ、ついていくことにしたのだった。


* ** ** ** ** *


 

 保健室でティーナは診療台の上に座らされ、ミランダからまったく丁寧な手当てを受けていた。
 先日ミランダが彼女の足に貼り付けていたシップ剤が塗布されたガーゼを、新たに同じ物に取替えた後、新品の包帯が手際よく、くるくると足に巻かれていく。
 「今度のお薬はねえ、ミントの葉とローズマリーにラヴェンダーも混ぜたのよお。ね? ちょっといい香りでしょ。これならシップ薬くささが少し半減するし、リラックス効果もあるから気分もいいと思うし」
 女性らしいこまやかな気遣いを見せながら、にこっと笑顔を向けるミランダに、ティーナもつられてぎこちなく唇の端を吊り上げさせた。
 『ミランダ女史には係わらん方がええ。いいや、金輪際係わるな、ええか』
 昨日、寮の自室でネズミに変化したアガシから口やかましく言い含められたこと。それをティーナはふと思い出していた。
 ミランダに近づいてはいけないその理由をアガシは勘だ、と断言してはたけれど、ティーナにはそれがどうしてなのかさっぱりわからなかった。
 かえってアガシの方がミランダを誤解し、「勘違い」をしているのではないかと疑いたくなるほどだった。
 何せこうして。ミランダから直接治療を受けている間中、伝わってくるのは彼女自身が出来る精一杯のことを生徒にしようとしている、その思いやりと好意と努力だけ。その他は、何ら悪意も裏もティーナには感じられはしないのだった。
 「どうしたのティーナったら。あたくしの顔に何かついてる…? さっきからじっと見ているみたいだけども…」
 「い、いいえいいえ!」
 ティーナはミランダに指摘されハッと我に返ると、大げさなほどぶんぶんっと首を振った。
 そして、ちらとだけ上目遣いにミランダに視線を送ると、やや頬を紅潮させながらぼそぼそと言葉をつなげていくのだった。
 「…あ、あの。えっと、その…。ミランダ先生って…本当にお綺麗だなって…思って」
 「あら…! そんな」
 ティーナから送られた思いもかけない賛辞にぱっと顔を輝かせるミランダ。
 そしてすぐにフフフと微笑をたたえながら小首をかしげ、どこか照れて恥ずかしそうな仕草を示す。
 「いやぁん、ティーナったらあ。何を言い出すかと思えばぁ。いやぁねえ、大人をからかうもんじゃないないわよお。んもぉ、ホントにぃ、照れちゃうわねえ。…うふふふ。でも嬉しいわ。ありがとう。それはサイコーに嬉しい褒め言葉だわね、ティーナ。先生、すっごい感激しちゃった。ずっと大事に胸の中にしまっておくわね」
 「そ、そんな。お世辞とかじゃなくって、本当に先生は…美人だし、そのぉ。先生みたいなきれいな人って、あたしあんまり見たことが」
 肩の辺りでゆるやかにひとつ結びされた、波打つ豊かなプラチナ・ブロンド。
 整った面立ちにぱっちりした二重まぶた。その奥でくるくると表情が変わる碧い瞳。
 薄い紅をそっと引いた唇はいつでもにこやかな笑みを浮かべ、明るくはきはきした印象を与える弾んだ声をいつだって響かせていた。
 男子生徒がこぞってわいわいとはやし立てたりほめそやす、白衣の下からちらちらとのぞかせるきわどい服装も、彼女が着ればこそ似合うものだ。身体の線に沿って胸と腰がやたら強調されているデザインであっても、またそれが彼女の魅力を一層とさせているのだから。
 そんなミランダを女生徒の中には「色気虫」だの「色情狂」だのとさんざ非難し、眉をひそめて毛嫌いする向きも多かったので、いつしかティーナもその意見に右へ倣えで、あまり良い印象を持ってなかったが、完全にそれを払拭しきってしまったようだ。
 今回の怪我の件ではミランダには大いに世話になったこともあるが、保険医としての職務を全うしようと全力を尽くすその姿勢に今さらながら胸打たれ、見た目だけではなく真の教師として心から尊敬できると思い始めていたところだったのだ。
 「ふふふ。それじゃもしかしてこのジュースのせいかしら?」
 「え? ジュース?」
 きょとんとした顔で聞き返すティーナに、ミランダはにこっと笑みで返しながら、卓上に置いていた円筒形の容器と小さなカップを手に持って彼女の前に立った。
 「そ。これね、美容と健康のためにあたくしがいつも飲んでいる特製ジュースなの。よかったらあなたも一杯どう?」
 「あ、あの…。い、いいんですか? あた、私がいただいても」
 「いいわよお。そんな遠慮なんかしないでちょうだい。うふ、かわいいコには先生、大サービスしちゃうわっ」
 声を弾ませながらミランダはとくとくとジュースをカップに注ぎ、「どうぞ」とティーナにそれを差し出す。
 「あ…はい。ありがとうございます」
 おずおずとティーナはミランダからカップを受け取り、表面をのぞきこむと、やさしい淡い薄桃色の液体が器の中に満たされているのが目に映った。
 「とってもキレイな色…。これ、何が入ってるんですか?」
 「えっとね、ローズヒップスにハイビスカス、ドライストロベリーにマンゴー、ワイルドストロベリーなんかが入ってるのよん」
 成分を聞いているだけで本当に身体に良さそうな気がして、ティーナはついっとカップに口をつけた。
 そして、ごくごくと容量の半分ほど飲み干したところでいったん口を離す。
 「うわあ…。甘くて…ちょっぴり酸っぱいけど、とっても…お…い…しい…」
 最初は元気よく、威勢のいい、覇気すらも感じられる調子だったのが、次第に声のトーンが落ちていく。
 それから、やがて――。
 思考がおぼつかなくなり、目は虚ろになり、誰の声も届かないほど意識が遠のいていく。
 そして、とうとうしまいには、手に持ったカップさえ取り落としそうなほど、ティーナはふらふらに身体を揺らすのだった。
 ミランダはそんな彼女の変化にさほど気にも留めず、むしろ淡々として何ら変わらない様子で彼女の手からカップをそっと取り返すと、再びそれを卓上にことりと置き戻した。
 「…ねえ? とってもおいしかったでしょう? ティーナ」
 うふふと唇からこぼれんばかりの笑みを浮かべ、ミランダはがっくりとうなだれるように座り込んでいるティーナを見下ろした。
 とろんと下がりきった目尻。だらしなく半開きになった口元。
 今しもその場にぐずぐずと崩れ落ちていきそうなほど、ふにゃふにゃに力が抜けきった彼女の変貌ぶりはなんともすさまじく、筆舌しがたいものがあった。
 にも関わらず、ちゃんと身体を起こして座っているのだから、またそれも不思議といわざるをえなかったが…。
 「このジュースはねえ、美容と健康にいいだけじゃなくて、アサシンの種をすりつぶしたものが入ってるの」
 誰に聞かせることなく、うきうきとした口調でひとりごちるミランダ。
 「アサシンの果実は死に至る毒気をいっぱい含んでいてね、しかもとっても苦いし、独特の匂いがあるから、何かに混ぜてもすぐおかしいって気づかれてしまってなかなか使えないのよ、惜しいことにね。それで種の方を利用することが多いんだけど、こっちには致死量がわずかしか含有されていないから、分量を多くしないと期待できるほど大した効果は得られないのよね。だけど、この種の方には催眠効果が多く含まれていることがわかってね。にわか脚光を浴びているんだわ、昨今。しかも無味無臭ときているから、わずかな量しか用いなくてもいいし、使い勝手もとっても良いの。これにハデュクスの草の汁を混ぜて催淫剤代わりによく用いられたりもするしね。…未来の宮廷薬師さんになるなら、このくらいの知識は持っていてほしいものだわ。でないとりっぱにお勤めが果たせないでしょう?」
 どれだけミランダがくすくすと愉快げに笑っていようとも、当のティーナは人形同然となってただそこに物体としてあるだけ。何を言っても返事もしなければ、反応すらしやしないのだった。
 「さあ、ティーナいらっしゃい。あなたにいいものをあげましょうね」
 「………」
 ミランダに促され、無言のままティーナは床に足をつけて立ち上がった。
 それから、半ば夢遊病者のような足取りで、ミランダに促されるがままその後をついて室内をゆっくりと移動していく。
 壁際に備え付けられた木製の白塗りの両開きの棚がついた物入れの前。そこでミランダは立ち止まった。
 そして、左右二つある引き出しの左側の方を手前に引き、中から腕の長さ半分ほどの短剣を取り出し、ティーナによく見えるようにそれを示す。
 「ねえ、ほら見てティーナ。とってもきれいでしょう? ここね、すごくキラキラしているのがわかる? 希少な宝石が埋め込まれているの。それに、凝った銀螺鈿の細工を施していてね、ほら角度を変えると七色に輝くでしょう。とても腕の立つ職人さんが丹精をこめてお作りになられたから、ちょっとしたお宝ってところよ」
 ミランダはそんな説明を加えながら、無造作に「はい」とティーナの手にその短剣を握らせた。
 「これを貸してあげるから、ティーナ、あなたにラズリのことをお任せするわ。そうそう、念には念を入れて刃の表面に死毒草の絞り汁をたっぷり塗りこんでおいたから、急所を外しても全然心配ないから大丈夫よ。ほんのちょっと刃先が肌の表面に触れただけで、あっという間に毒気が全身をかけめぐって、すぐにコロリとイチコロよ。ほぉら、とっても簡単でしょ。もちろん、ラズリを始末した後はあなたがこれを使うのよ、いいこと?」
 「………」
 ミランダに言い含められたことをティーナは理解したのか、どこにも焦点が合わないガラス球のような無機質な瞳で、何も言わずにこっくりとうなずいた。
 「ラズリは今、北の館の反省室にいるのよねえ。しかも好都合なことに、あそこはあなたたちが習得中の現代魔法が効力ゼロになるようシールドされて使えないときてる…。ま、鍵だけつけといただけじゃ、すぐに魔法で解かれてそこから逃げ出せてしまうものねえ、それじゃ反省室として役に立たないからでしょうから、当然の手立てなわけなんだけど。ま、どっちにせよ私の使う魔道力や古代魔法にはちっとも関係ない話だけどね」
 えらく楽しげに、ひどく愉快げに。ミランダは声を弾ませながらぴょんとひとはねした。
 それにつれて彼女のひとつ結びしたプラチナ・ブロンドがはね、白衣のすそがひるがえり、下に着ていた赤い膝丈上のワンピースがちらりとのぞく。
 「待っててね、今ここにゲートを開けてあげる」
 何の変哲もない目の前に広がる空間に、ミランダは指先を巧みに動かしては、古代魔法で使用される特殊文字でせっせと複雑な構文や図形を描きつけていった。
 「…あざなえる縄の主よ、契約の徒よ。我が命に従いてここに大いなる道を示せ。――“開門(ヒナイン・プフォルテ)”」
 描き終わったところで、一声彼女が命じる。
 すると、描いたまま、その通りに、魔法詩歌と付属する図示がずらずらっと実体化して並び、美しく流麗な螺旋の文様で彩られた門扉がすくっと眼前に出現するのだった。
 「はーい、完成ー。でーきたできた。…さあさ、どうぞティーナお嬢さま。ここを通ってお行きなさいな。あなたの大好きな王子さま、ラズリ、ううんラズウェルト殿下の元へ」
 線だけで描かれた門扉の向こう側は、ミランダの言うようにラズリがいる例の場所、北の館の反省室とつながっているのだろうか。
 しかし、そんなことなど、今のティーナにとっては全くおかまいなしの様子だった。
 まったく判別のつかない、ザーザーと乱れた砂色の粒子に覆われた空間だけが広がるその中へ、迷うことなく、惑うことなく、ミランダの指示のまま歩を進めていく。
 そして、完全に彼女の姿が砂模様の向こうに消えてしまうのとほぼ同時。その線だけで描かれた門扉も、自然とミランダの目の前から消失していくのだった。
 「…やがて二人は手に手を取り合い、許されぬ身分違いの恋の結末を悲観して、死の淵へと門出いたしましたとさ。めでたし、めでたし」
 何事もなかったかのようにしんと静まり返った室内に一人残されたミランダは、満足げにうなずきながら頭の中でピリオドを打ち、自身の思い描いていたストーリーの結末を完成させた。
 すると、また。たちまちのうちにそれは勝手に一人歩きして、あれよあれよという間に膨らみだし、さらなる暴走の果てには、自分にとってやたら都合もいい後日談まで発展し、大いなる誇大的妄想をかきたてるのだった。 
 「…うん、そうそう。あたくし、これの顛末を執筆して本にまとめたら、きっとすぐベストセラー作家の仲間入りね。きゃ、そしたらどうしましょ。今からインタビュー用のコメント考えておかなきゃ大変ねえ。うふふふ…」
 さもご満悦、といった笑みを浮かべながらも、ミランダはそっと手だけを動かし、自分のすぐそばにあった道具立ての中から鋭く尖ったメスを音もなく引き抜くと、それを何の前触れもなく自身の背後に向かって投げつけた。
 しゅりっ。何もない空間を切り裂くかのように刃物は勢いつけて飛んでいき、床にとすっと刃先が刺さると、そのままぴんと立つ。
 とたん、わずかだが人の気配が発生した。そしてすぐに、すさささっとその場から人影が動く物音が起きる。
 それを耳敏く聞きつけたミランダは、やはりほとんど体の向きを変えぬまま、一人つぶやくように、ぼそりと低い声をもらすのだった。
 「…耳口、目鼻。お頭(かしら)さまにお伝えするなら、こう報告しておいてちょうだい。――“細工は流々、仕上げをごろうじろ”、ってね」



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お疲れ様でした☆
今回で、話がぐぐっと動いた感じですね。
とうとうラズリがティーナが例のあれだってことを知ってしまいましたし。
アガシとの喧嘩シーンいいですね!
男の子がムキになっている姿って、かわいらしいですね~。やっていることは荒っぽいのですが、青春☆って感じでしょうか。
年齢制限って、アガシの発言だったのかな…?
私ってば、もっとすごいのを想像してしまいましたよ(^^;)いやだな~もう!ははは。
やっとラズリとティーナがいい感じになってきて、ほっとしたような…もうちょっと焦らしたかったような…なーんて。ちょっと意地悪心が。うししし。

ラストではまたもや怪しげなキャラクターが登場しましたね!
あの人は敵?! 味方?!
でも、様子からしてよろしくない雰囲気が漂っているような…。
さーてと、次は「転の章」でいいんですよね?
よし、がんばるぞ!

何はともあれ、やまのさんお疲れ様でした。
漫画の方も頑張ってくださいね♪
いさな 2006/11/06(Mon)23:15:32 編集
いよいよ本編突入…!(ええ;)
 …今までのは全部前フリだったの?
 って感じですか(^^ゞ

 いさなさん早速の感想コメントありがちゅ~♪
 心配していた点はさらりと駆け抜ける風のように(笑)通りすぎてもらえそうでちょっと安堵しています(^^ゞ
 つーか、自分の取り越し苦労だったみたいで、そんな大騒ぎするほどのものでもなかったかなー…と。
 いさなさんが想像していた「もっとすごいの」は多分私が遊びで書いている類の物に相当するような気がしますが(^^ゞ
 でもお色気路線でギリギリの辺りを狙って書いたりするのも楽しそうですね~vv
 せっかくミランダ先生が保健室勤務なのですから、やってやれないことはないんですが…(え)

 ラズリとティーナの大接近、ひとまずあんな形に落ち着きましたが、なんつーか自分で書いていてなんなんですが、アガシのことを女たらしという割には、ラズリの方が天然のタラシじゃないかと…!(爆)
 王子様気質っていうんですかね、割と率直に何でも思ったことを口に出してしまうきらいがあるんで、聞いているこっちが恥ずかしいよなー…と思うこともしばしば。
 自分でも予想だにしなかったことを平気でばんばん口ばしってくれて、何度も「おーーーーーっと! なんだおまえ、そうくるかーーーーー!」と一人でもだえていたりしました(^^ゞ
 …うん、確かにくっつきそうで、くっつかない辺りがこの二人の魅力、だったのかもしれませんが、とりあえずラズリの素性を学院内で知るただ一人の幼なじみ(…みたいなものだよねー)という特別な存在として、ラズリにとっては認識されていくのかなー、なんて思っておりますが、さて。
 近づいてはまた遠ざかって、そしてまた自然と寄り添ってを繰り返し、いつしか互いが互いを必要とし、また離れられない縁(えにし)の不思議みたいなものを物語の中で描いていけたらいいなと思っております♪
 

 ラストに出てきた、またしても物語にからんできそーな彼のことですが、意外なところでこんなところでこの人とつながっているんですヨ…というわけがあったりします。
 そのあたりは個別にメール対応になりますが(笑)>あからさまにネタバレしたらつまらんでしょーから…(をい)
 今のところいえることは、彼は彼の立場でお話に関わってくるということでしょうかね。(ますます訳わからん~;)

 さあ、いよいよ物語の核心に迫る「転」の章に突入です…!
 いさなさん、楽しみにしていますからね~!
やまのたかね 2006/11/06(Mon)23:48:56 編集
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