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つかめそうでつかめない、その感覚はまるで池に落ちたボールか何かを拾おうとするかのよう。
 水面をのぞきこむとそこにちゃんと見えているのに、実際は水の屈折で視界はゆがみっぱなしなのだ。
 そのせいで、どんなに狙いを定めてから水中に手を差し入れても、位置がそれてついつかみそこねてしまうのがせいぜい関の山。実際は水の中に手を入れたまま、手探りでボールを探し続けることになってしまう。 
 もう少し…本当に、もう少しだのに。
 ティーナの記憶に残る、うすぼんやりしたその人の面影が、ゆらいでは消えて遠ざかる。
 あとほんのいくつか、ちょっとしたきっかけがありさえすれば、すぐにでもはっきりしたその容姿がまぶたの裏で像を結ぶというのに…。
 そうは思いつつも、ティーナにはやはり、どうしてもラズリが誰かに似ていることをついぞ思い出すことはできなかったのだ。
 ――いっけない、あたしったら。
 ふと、ティーナは我に返り、自分がこの裏庭までやって来た本来の目的が何かを思い出した。
 昼休みの時間はごく限られている。いつまでも自身の気がかりなことに呆けている暇はない。
 何しろ校内は旧校舎・新校舎・別館・専門教科棟などに分かれ、生徒たちの寄宿舎でもある寮まで含めたらやたらと広く、ティーナが当てもなく、誰の助けも借りずに、たった一人でアガシの姿をそれらの中から探し出すことはえらく骨が折れる作業なのだ。
 しかしそれでいて、また手が空いた時に改めて、という気分にもティーナはなれそうになかった。
 時が経てば立つほど、こうしたちょっとした気持ちの行き違いから生ずる問題というのは、面倒を後回しにした分、以後も尾を引きずって何らかのしこりが残ることにもなりかねない。
 何しろついこの間の自分とカレンの一件が何よりいい見本ではないか。
 自分のもともとのぐずな性格や、カレンの持つ激しい気性のせいもあるが、仲直りするきっかけをつかみ損ねてしばらく気まずい思いを抱えていた。
 それを多少、強引といえなくもなかったが、アガシのおかげでカレンとの仲が修復されたのだ。今度は自分がアガシとカレンのために一役買いたいと思うのは、彼女にとっても本意であり、半ばごく自然な成り行きであった。
 だから、だから早くしなくちゃ。今のうちになんとかしなくちゃ…。
 そんな焦りが働いたからか、ティーナは自身の思いのままに「そうよ、アガシを探さなくちゃならなかったんだわ」と、言葉にしてつぶやいてしまった。
 すると、それに応えるかのように「わいならここにおるで」と彼女の頭上から聞き覚えのある声がにわかに降ってきた。
 その声に導かれるままにティーナが頭上を振り仰ぐと、天に向かってまっすぐ伸びるハンの木の、すらりと伸びた枝の上に、よくよく見知った彼がくつろぐようにして座っている姿が彼女の視界に勢いよく飛び込んでくるのだった。
 「アガシ…! ど、どうして」
 「嬉しいねえ。ティーナがわいのことそんな血眼になって探してくれはるなんて。わいもつくづく男冥利に尽きるわ。…よっと」
 あんぐりと口を開けて驚くばかりのティーナをよそに、アガシは自然に身を起こすとえいやっと弾みをつけ、彼女の前に飛び降り、とんっと膝をついて着地する。
 え、それじゃ、じゃあ…。もしかして、アガシはラズリとタリアのことだけじゃなく、あたしとラズリのことまで知って…?
 先ほどの出来事を終始、彼に見られていたかと思うと、またまたかーっと耳の付け根まで一気に赤くなるティーナだった。
 しかしアガシはそんな彼女の心情を知ってか知らずしてか、普段通りの何でもない様相で「…で? 何か用か?」とたずねてくるので、ティーナもなるたけ平常心を装い、素知らぬフリで彼に合わせることにした。
 何しろ先ほどラズリから「感情を表に出しすぎる」と指摘されたばかりでもあったのティーナであった。
 自分でもそんな欠点ともいえる性質を直そう、直したい、直さなくてはと常日頃から考えていたこともあったので、とにかくまずはそれを実行に移すべく努力をしてみることにしたのだ。
 そんなわけでティーナは、かっかと熱くなるばかりの胸の内を押さえながらも「そ、それなんだけど」身を乗り出すようにしてアガシと向き合った。
 「あの、ねアガシ。…ね? お願いだからカレンと仲直りして」
 「カレンと?」
 少しだけ眉根を寄せて聞き返す。それに呼応するかのようにティーナもぎくっとして一瞬だけ、身構えた。
 やっぱり…アガシはカレンのことが――。
 ティーナは彼が口には出さないまでも、まだ先ほどのカレンの暴言を許せず、彼女に対して心底、怒りをぬぐえないでいるとその様子から判断したのだった。
 しかしそれは単にティーナの先走りすぎ、ほんの杞憂にすぎなかったらしい。アガシはやおら表情を崩すと、くつくつと喉の奥を震わせて愉快そうに笑みをこぼしはじめた。
 「あ、アガシ…?」
 「いやいや、何もないでホンマ。そう気にせんとき」
 一定のリズムでスナップをきかせながらぱたぱたと手を振り、ティーナの不振がる気持ちを一掃させるアガシ。
 それから、少しだけおどけるフリをして小さく小首をかしげると「そやな」と後を続けた。
 「…ティーナにそこまで言われたら、さすがのわいもかたなしや。別に仲直りくらい、してもええねんけど…。せやけどタダで、っつーのもちぃとばっかしわしにとっては分が悪いし、シャクに触るしのぉ。…ま、ティーナからもらうもんもろたら、考えんこともないで?」
 「あ、あたしが…アガシに? いったい何をあげたらいいの?」
 何を言い出されたのかと思い、きょとんとするティーナにアガシはにいっと笑いかけ「そら決まっとるがな」と即座に返してよこす。
 そして悪戯小僧のように目を輝かせながら、彼女の唇を人差し指でちょいとつつき「…これや」と声をひそめてささやくのだった。
 「ああああああああ、アガシ…! なななななな、何…!」
 反射的にアガシのそばから離れ、盛大に後ずさりするティーナ。彼の唐突な行動には慣れていたつもりだが、あまりにも大胆すぎるアプローチの仕方にはいつにもまして度肝を抜かされずにはおられなかった。
 「お。いいねえ、その反応。めっちゃ新鮮やわあ」
 ひゅう。口笛をひとつ吹き鳴らし、アガシはにかにかと笑いながらティーナの慌てぶりを人事のように楽しんだ後、さらにダメ押しとばかりに彼女にウィンクをひとつよこす。
 「なーんもぶったまげることなんざないやろ。まずご褒美っつったら、麗しの女神さまからの熱い抱擁(ハグ)と接吻(キッス)っつーのが相場やで? そないなもんはな、神話創生の昔っから決まっとろうが」
 「なななななな、何でそうなるの…! ダメダメダメダメ、それだけは絶対ダメー!」
 ゆでだこのように顔を赤らめながら、拳を固く握り締めて大声を張り上げるティーナ。
 アガシに対して力いっぱい、全身でもって徹底的に拒もうとする、そんな彼女の態度がよほどおかしかったのか、彼は身をよじるほどけたけたと笑い転げて大いにウケまくった。
 そしてあまりにも興奮して激しく笑った反動なのか、次第に呼吸をヒーヒーとさせていき、しまいにはうっすらと眦に涙まで浮かべる始末だったのだ。
 「アガシったらっ。ちょっと、もぉ…いいかげんに人をからかうのやめてよ…!」
 もういや、なんでこんなにこの人ってば…!
 ティーナの彼に対するあからさまな拒絶反応が引き金とはいえ、さすがに目の前でずっと人を笑い者の種にされ続けていてはちっとも面白くない。
 ただひたすらむっつりと、横一文字に口を結んだまま憮然とアガシの前に立つティーナ。
 そんな彼女の存在に気付いたアガシは、徐々に笑い声を小さくさせていきつつ、と急にそれまでの態度を改め、「はいはい、自分が悪うございやんした」と両手を挙げて降参のポーズを示した。
 「わあっとる。さっきはわいもせいぜい男らしゅう態度やなかったな。心配せんでええ。ちゃんとカレンとはいつも通りや。仲良ぉするで」
 「…そう。それなら、それでいいんだけども」
 アガシにつられるようにぽつりとそう返してから、何かを思い出しかのように、ティーナはさらに先のセリフに付け足す。
 「あ、あのね。大丈夫よ、カレンも自分が言い過ぎて悪かったってちゃんとわかってるから。だから私からも…ごめんなさい」
 深々と頭を下げてティーナはアガシに謝罪の意を示した。
 するとアガシは「およ?」と最初いぶかしげな表情を作るものの、ふっと唇の端をほころばせてすぐに「まあまあ」と彼女の肩を叩いてそのうつむいていた顔を上げさせた。
 「そこが君のええところなんやな」
 促されるままアガシと向かい合うと、おずおずした目つきで彼の顔色をうかがうティーナ。
 そんな彼女に、アガシはさらに眦を下げ、実にやさしいまなざしを送りながら、そっと首を振って彼女の気持ちを取り成してやるのだった。
 「あんなあ、ティーナ。いくら仲良ぉて親しいっちゅう友達のためとはいえ、あえて損な役回りだのに、進んで仲裁を買って出るたあ、えらい骨のある奴やで。下手にあれこれ動き回ったせいで、もしかすっと、逆にどっちの仲も最悪になりかねない状況かもしらんのにな。そんだけのリスクをあえて承知で引き受ける覚悟があるヤツぁ、そうおらんと思わへんか?」
 小首をかしげてアガシは彼女に同意を求めるが、ティーナは何のことやらわからず、ただほけっと彼の顔を眺めるばかりだった。
 アガシはそんな彼女にかまわず、さらにとんとんと先を続ける。
 「誰だってなあ、自分が嫌な思いをしたり、相手のために奔走した挙句に、いらぬとばっちりをくらって、かえって気まずい思いを味わうなんてとうてい好かんやろ。まして、うちの学校の教育方針は完全に個人主義や。他人に手を貸して手助けすることさえも、それぞれが成長する過程において一切ジャマなもんと切り捨てて、あえて禁止しとるところやで。自分の評価がそれによって下がるかもしれへんのに、見返りも何も求めず、あえて他者に手をさしのべるやさしさを、うんと持っとるんやな。…ティーナ、君は」
 ――え? あ、あれ? それって、ちょっと。い、今あたしのことを言っていたの? アガシは。
 そ、そんな風にいわれると…。
 ティーナはアガシにずいぶんな自分のことを過大評価をされすぎた感があると思うと、恥ずかしさでいっぱいになり、急にいてもたってもいられなくなってしまった。
 あの場の勢いではどうしても自分が一肌脱いででも行動せざるをえなかったこともあるため、全くアガシの言う通り、自ら進んで仲裁の役目を買って出たわけではない故、本当はあまり威張れたものではないのだが…。
 「だって…だって。アガシには…カレンのことでいろいろとお世話になったもの。だから、あたし…」
 「はは、相変わらず義理固いんやな、ティーナは」
 「そ、そんなこと…! あたし、あたし…。ちゃんと心からそう思ってるよ? それに、いやなの。こんなことで、誰かが誰かといがみあったり、仲違いするのは」
 あの時のような、砂をかむような思いは、もうけして味わいたくはないから…。
 ティーナはふと、カレンの怒りを買った図書館での例の件を思い出して、きゅっと唇を引き結んだ。
 そんなティーナの気持ちを知ってか知らずしてか、アガシはふうと表情を崩しながら、少しおどけるような軽口をたたく。
 「ま、それだけやのうて、この際やからもっとわいをうぬぼれさせてくれることをあんさんには言うてもらいたいもんだがな」
 にかっと白い歯を見せて笑うアガシ。だがすぐ、いつになく真剣なまなざしでティーナに向かい、きりりと姿勢を正す。
 「たった一言でええ。それだけでええんや。アンタがその一言をわいのためにだけ捧げてくれはったら、そらもう天にものぼる気持ちで何だってしたる。あの空の星をほしい言うたら、命かけても取ってきたるで。…ティーナ、君のためなら、な」
 アガシは静かに指先をのばすと、ティーナのゆるりとうねる巻き毛に指をかけ、そっと一朔をつまみ取り、自分の口元に当ててやさしく接吻けた。
 普段から何かとあいさつがわりよろしく、肩をたたいてきたり、頭をかいぐりしたり、頬をつねってきたりと盛んに触れ合いを求めてきた彼だったが、今のは何故だか妙に間接的すぎる故に何だか変な気分で、ティーナは胸のどきどきをさらにいっそう激しくさせるのだった。
 「そのハンカチ、な」
 言われてティーナは視線を落とす。いつの間にか自分の胸元でしっかりとそれを握りしめていたのだった。
 「ちゃんと自分でラズリに返すんやで。それだけはいくらティーナの頼みでもいややで。さすがにそこまではわいも面倒みきれへんからな」
 「あ、あ…。う、うん」
 「まあ、わかってても自分の恋敵に塩送るような真似事はしとうないんでな」
 それだけを言うと、アガシは「ほな、わいは先に行っとるで」とティーナをその場に残して去っていった。
 ティーナは目まぐるしく過ぎていった怒涛の洪水のような出来事に、ただひたすらついていけない気分を味わいながら、ラズリから手渡されたハンカチをぎゅっと握りしめるのだった。


** * ** * **



 「週末のテストの結果! もう張り出されてる。今週のトップは誰だと思う?」
 週明け直後の第一日目。全ての授業がつつがなく終了し、ティーナとカレン、それにセレが揃って教室を出ようと席を立つやいなや、ドアがばたんと開け放たれて生徒の一人が飛び込んできた。
 「どうせラズリだろ? 見なくてもわかるさ」
 「しっかし、くやしがるだろうなあ、レガのヤツ。何せどの科目もダントツだろうしさ」
 教室に残った生徒たち同士がわいわいと話しながらそろってぞろぞろと物見遊山の気分で順意表を見に行くそばで、カレンとセレは顔を見合わせて互いにうなづきあうと「自分たちも早く行こう」と言わんばかりにその場をたっと駆け出しかけた。
 だがティーナはそんな二人を見送る側に一人だけなろうというのか、彼女らの後に続いてはいるものの、歩く速度は普段とあまり変わりない。いや、むしろわざと遅れて行こうというのか、のろのろとした牛歩の歩みに近かったのだ。
 「ほらぁ、ティーナったら…! どうしたのよ?」
 カレンがしびれを切らしたらしく、肩越しに振り向いて急かす。
 「ティーナもうんと試験勉強がんばったんでしょ? ね、だもの見に行こうよ」
 続いてセレも促すが、ティーナはそれにも即応じる仕草は見せず、どうにもぐずぐずとした態度をとり続けるばかりだった。
 「いいわよ、二人で先に行ってて。あたしは…別に。どうせまたどんじりに近いんだろうし」
 確かに、皆が口々にしているラズリの首位奪還の現場をこの目でちゃんと確かめたい、という気持ちはティーナにもあった。
 でもそれは同時に、優秀な成績を修めたラズリとの対比で、自分の劣等生ぶりを改めて再認識させられるということが、順位表の下に立つまでもなく、こうしているだけであらかじめわかってしまうのがやるせない事実だった。
 全校生徒の名前が点数付でどどんと張り出される試験順位表は誰にとっても恐怖の対象だったが、例え寝る間も惜しんで試験対策に没頭しても、しょせん自分の成績などたかが知れていた。毎度の如く、どうせみじめな結果に終わるだけなのだから、とりわけティーナにとってそれは見たくない代物だったのだ。
 「そうしょげたことぼやかなくてもいいじゃない。…ほらあ」
 セレはティーナの元に寄ると、どうにも浮かない顔で、気が進まないとでも言いたげな態度を示したままの彼女の腕を強引にひっぱった。
 それにつられるようにして、ティーナは彼女たちと一緒に連れ立って教室を出ると、廊下にずらずらと張り出された試験順位表の下に立った。
 「ちょっと! 信じられる? ラズリの点数! カルヴィン先生の魔法力学応用でどうやったら満点なんて取れるの!」
 「あの先生、やたらこすい問題作ってひっかけるので有名じゃない。今週やった所じゃない、ずっと前に習った例題を突然もってきたりしてさあ」
 「それで出来なかったら、“諸君、ここはとっくに習っていたところですよ? なのにおかしいですね間違うとは”なーんてイヤミたっぷりに答案を返してよこすしねえ…」
 集まった生徒たちの口さがないおしゃべりをかきわけながら、三人は壁に貼られた順位表の中から、まずは何といってもラズリの名前を探し出した。
 何科目もあるというのに、どれにも彼の名前が、しかもほぼ満点かそれに近い点数がその下に書き込まれているのだから、それは誰にとっても驚きを通り越して脅威でもあった。
 「うっわ、ホントだわ。見た見た見た? ティーナ! セレ! ラズリがラズリが、今週はやってくれたわよお…! さすがあたしのラズリね!」
 ここぞとばかりにはしゃぎまくるカレンにティーナは気圧された気分になったが、それでも彼女と同様、ラズリに「おめでとう」と寿ぎを送りたい気持ちは何ら変わりはなかった。
 「やっほ。おぜうさんたち、あいかーらず元気やな」
 「アガシ…!」
 声がかけられたと同時に、ティーナの肩にずしりと腕が、重みとなってのしかかってきた。肩越しに振り返ると、そこには見知った顔があった。
 「ラズリ、今週は首席の座を奪還したようよ。すごいわね、さすがラズリだわ」
 興奮冷めやらぬ様子でカレンがそう告げると、アガシは面白くなさそうにけっと喉の奥を鳴らした。
 「はん、あいつはほっといたってかまへん。どうせ首位独走態勢やろ。そんじゃどーれ、おぜうさん方の名前でも探すかあ。…ん? 何や、カレンもセレもすぐ見つかってしもうてつまらんのぉ」
 二人の名前は真ん中からやや上位に近いところに大体並んでいた。カレンもセレも大抵、平均からちょっと上辺りをいつもうろついており、ほぼ安定した成績を常に修めている優秀な生徒だったのだ。
 「さあて、次はティーナやな。どこいらにおるんや、わいの大事な姫さんは」
 「いやあ、やめて! だめぇアガシ!」
 ティーナの願いむなしく、アガシは額に手をかざし、遠くを眺めるような仕草で横歩きで移動しながら、張り出された成績表の順位を追っていった。
 「おーっと、五十番台百番台通過。まだまだ見つからんなあ。ティーナ、ティーナ…。おー、みっけたでティーナ・アルトゥン。ここにおったかあ」
 アガシが大声を上げてやっと探し当てたティーナの名前を指差す。彼女はほぼどんじりに近いところに、同点多数者として並んだ数名の中に入っていたのだった。
 「…だから、見ないでって…言ったのに」
 大げさな彼の物言いが目立ったせいなのか、周囲にいた数名の生徒たちからすかさず冷笑めいたひそひそ声がもれる。ティーナは注目を浴びたことに今しも消え入りたい気持ちでいっぱいになった。
 すると、そんな彼女の横でカレンが何か言いたいことがあるのか、アガシの腕をちょいちょいとつついた。
 「まあまあ。ちょっとアガシ。あっち見てみてよ」
 「へ? どこや…。お、おー!」
 「…ね? すごいでしょ」
 カレンが示したのは魔法薬学の科目だった。首位にはやはりラズリの名前が堂々と記載されていたが、その七、八名前後、アガシよりちょっと下くらいにティーナの名前が燦然と輝いていたのだった。
 「ティーナはね、入学以来ほぼ十位圏内をキープしたまま。一回も下がったことがないのよ」
 「はー。そりゃすげぇ…」
 しじみと感嘆のためいきをアガシはしぼりだし、ティーナにちらりと視線を送る。
 それに気付いたものの、ティーナは彼に何と返答してよいのやらわからなかった。目をそらしてうつむいたきり、しきりに指で唇をもてあそびながらもじもじした態度を繰り返した。
 こんなあからさまに他人から自分がほめられることなど、ちっとも慣れておらず、どうにもいたたまれない気持ちでいっぱいだったのだ。
 「なーんや、ティーナ…! めでたいんやから、もっと喜びゃええのに、ほら…!」
 そんな彼女の背中をアガシは予告なしで思い切りよくばしっと叩きつけた。あまりにも急なことで、驚いたティーナの口から「きゃっ」と小さな悲鳴がもれる。
 「…ったあ。ちょっとお。アガシったら何するのよ」
 「何ややのうて…! ティーナ、こりゃ一種の才能やで。もっと自信持ったらええやないか。やっぱり能ある鷹は爪隠すっちゅうのはホンマやな。なのになしてそんな小そうなっとる。ほらしゃんと背中伸ばして胸張っとき…!」
 アガシはティーナの肩をぐっとつかんでむりやり背中をそらさせ、背筋をぴんと伸ばした。すると自然に腰が引かれ、胸は前に突き出た格好となる。
 そんな彼女の弓なりに反られた体つきを眺めながら、アガシは愉快げにニヤリとした笑みを唇に浮かべた。
 「…お、小柄な割には意外と大きいんやなティーナ。実にわい好みのええ乳しとるでぇ」
 「アガシ…!」
 思わず胸に両手を当てて、彼に視姦されないよう防御の体勢を取るティーナ。
 まったくもう、油断も隙もありゃしないんだからっ。
 憤慨やるかたなし、といった風情でアガシをうんとにらみつけるそばで、セレは二人のやり取りにはさほど取り合わず、のほほんと先ほどの話題を続ける。
 「特に今回はティーナ、本当にすごいじゃない。今までの試験の中でも最高点取ってるでしょ? めちゃめちゃ難しい問題出てたのにねえ」
 「そ、そんなこと、ないもん。たまたま家でずっと育てている草のこととかがいっぱい出題されただけだから、それでみんなわかったようなもので」
 「…は? 家で? ティーナの家にはおっきな温室でもあるんか? 問題に出ていたやつみんな、熱帯のでしか育たない植物だぜ。温度管理もそうやけど、えらく栽培方法が特殊やゆうて、一般家庭で育てるのはめっちゃむつかしいはずやろ」
 驚いて目を丸くするアガシに向かって「あら、知らなかったの?」とでも言いたげな視線をカレンは送った。
 「アルトゥン家といえば代々王室付きの薬師の家系よ。ほら、覚えてない? ついこの間もご病気がちの国王陛下が大きな発作を起こした際に、名だたる魔法医やら薬師やらで医療チームが組まれて全力で治療に当たられて無事、ご回復されたじゃない。その時の取りまとめ役も務めたらしいわよ、ティーナのお父さまがね。新聞にも大きく取り上げられていたし」
 「もう、もう…! カレンったら」
 まるで彼女のことなら何でもござれ、とでも言いたげにぺらぺらと家庭の事情から、好みのものまで朗々と続けるカレンに、これ以上は勘弁してほしいというのか、ティーナは話を中断させた。
 「そんな何でもかんでもアガシに話さなくてもいいでしょ…! カレンったらおしゃべりなんだからっ」
 「ああら、いいじゃない。別に隠すことでもないでしょ、みんな本当のことだもの。それにアガシだって聞いてみたいんじゃないかしら。…ねえ?」
 「そやな。ティーナのことなら何だってわいは知りたいでぇ。中でも特にっ、胸・腰・尻のスリーサイズは重要ポインツやな、うむ」
 「じゃ、それプラス、今日のティーナの下着の色も教えたげようか?」
 「やーめーてー! 何なのよセレまで!」
 絶叫に近い悲鳴を上げて、ティーナは背後からぎゅむっとセレの口を慌ててふさぎ、自分の秘密の漏洩を阻止した。
 一方カレンはそんな彼女たちをよそに「そうよね…。薬草っていう手があったじゃない…」などとぶつぶつつぶやきながら、何やら一人で納得してはうんうんとうなずきを繰り返していた。
 「…えっと。か、カレン…?」
 そんな彼女のただならぬ雰囲気に、どうも嫌な予感が走るティーナだった。
 試験のヤマかけはいつもたいてい外れるのに、こういう時に限ってズバリ的中してしまうのは、何かの法則の結果なのだろうか。
 案の定、カレンは声をかけらてすぐに、くるりとティーナの方を振り向くと、お宝の山を発見した時のようにその瞳をきらきらと輝かせながら、たったいま浮かんだばかりの自身のひらめきを叫ぶのだった。
 「ティーナ、ホレ薬よ!」
 「はあ?」
 「そうよ、そうだわ。いやねえ、もう。ホント、何であたしったらこのことに今まで気がつかなかったのかしら! それがあればこっちのものじゃないの、うっふっふっふっふっ」
 ――まったく、カレンったらいったい何を言い出すのかと思えば…。
 ティーナはあっけにとられ、あきれたと言わんばかりの視線をカレンに送った。
 「ティーナだったらなんとかできるでしょう? ねえ、ちょっと作ってみてよ、お願いだから」
 期待に満ちたまなざしでカレンは自身の両手を合わせてティーナに頼み込んで頭を下げた。
 「わあ、楽しそう、それ。何だかすっごくおもしろそうね」
 「そやな、完成したらぜひわいの分も頼んでもええか?」
 次々とセレやアガシまでカレンに便乗してくる始末。ティーナはあっちからもこっちからもやいのやいのと言われると、さすがに困ってしまって、やれやれという気分でふうと吐息をついた。
 「…そ、そりゃあ。材料さえ揃えられれば、そんなにむつかしい調合じゃなかったと思う。…けど」
 恋なすびともいわれるマンドラゴラの根を雌雄一対。
 ゴオウ、睾丸乾燥末、人参、山薬、ノコギリヤシ…。
 ティーナの脳裏には次々に、薬の材料となる生薬だのの名前がよぎっていった。
 手順は大体、どんな薬の調合でもみな同じ。材料を全て細かく刻んで、乳鉢でひとつひとつ丁寧に乳棒ですりつぶしながら、さらに粉末になるまでそれらをゆっくり混ぜ込んでいく。
 それでほぼ完成ではあるが、さらに通常よりも薬の効果を長引かせたいなら、この場合は自身のまつげを三本抜いて入れ、月の光に一晩当ててから、朝一番に見た葉っぱについている露を一滴入れると、とっても最適。
 そんなことが確か、父親の本棚にあった古い魔法薬のテキストに書いてあったはず。まだ一度もこれを実際に作ったことはないけれど、手順通りに事を進めれば、まず間違うことはないだろう。その本に書かれた別の薬ならティーナは何度か腕だめしにと作ってみたことがあるのだが、ほぼどれも成功していたものだばかりだったので。
 ――だけど。
 「でも…。あたしはそういうの、なんだかいやだな」
 やるせない口調でぽつりと口に出すと、三人の視線が一気に彼女に集中した。
 「だって…。薬に頼ってその人の気持ちを自分に向けさせようとするのよ? たとえ効き目があって、好きな人から好きだって言われたとしても、それはただ薬の力で偽っているだけで、けっして本心からじゃないもの。それに、薬が切れたらたちまち元に戻ってしまうし。それって嘘をついてだましたみたいで…あたしはすごくいやだわ。心から大好きな人なのに、自分のエゴが先走ったばっかりに、嫌な目に遭わせちゃうなんてひどいよ、ひどすぎる…」
 ゆっくりと三人の顔を交互に眺め渡しながら、念を押すように言い含めるティーナ。
 そんな彼女にカレンもセレも思い直したようにうんうんとうなづくと、「わかったわ。もう言わない」と彼女の気持ちを尊重する方向に意見を修正させていくのだった。
 「ティーナのいいところ、また一個みっけ」
 にっと笑ってアガシはティーナの頬をつついた。またしても唐突すぎたために、びくりとティーナは反応を示し、「んもぉ、また?」と彼をじと目で軽くにらみつけた。
 だがアガシはそんな彼女の文句なぞ一切受付けず、そのまま勢いにのって後ろからがしっと彼女の肩に抱きついて、羽交い絞めにするとだーっと早口でまくしたてはじめた。
 「いや、今日はホンマ、恐ろしいくらいにわいはツイとる…! なんかもぉ、今すぐアンタをこの場で一気に押し倒してやりたいくらいや」
 さらにアガシは興奮しすぎたあまりに箍が外れたらしく、そのまま「んーっ」と彼女の頬に自分の唇を寄せていこうとする。
 「いやーっ! ちょっと待ってアガシ! それはダメだったらーーーーッ!!」
 さすがに公衆の面前でそれはちょっと、というよりも確実にティーナは自身の貞操の危機を感じたらしく、思い切り身体をねじって必死の抵抗を試み、やっとのことで彼の腕の束縛から逃げきるのだった。
 「なーんや。ティーナもいけずやなあ。わいのこのあっつい想いのこもったベーゼを受け取ってくれへんのかいな」
 「い、いいいいい、いいわよアガシ。ごめんなさい、遠慮しとくわっ。き、気持ちは嬉しいけど、どうかそれだけはぜったいやめてってばっ。お願いだから勘弁して…!」
 ちぇっと軽く指を鳴らしてしごく残念がるアガシのそばで、ティーナは一人ぜえはあと息を荒げながらぶんぶんと首を振り立てて、きっぱりと断りを入れた。
 そんな二人のかけあいをカレンやセレをはじめ、周囲にいた生徒たちはにやにやしながら、果たしてこれからどこまで楽しませてくれるのかと、その行く末を温かく見守るように眺めていたが、
 「おい、アガシいいかげんにしろよ」
 突如現れた一人の生徒からの横やりによって、その場の雰囲気ははガラリと変わったのだった。
 「…ったく。バカをやるのもたいがいにしないか。ここが校内だってこと、まさか忘れてるんじゃないだろうな」
 「おー。これはこれは、王立魔法学院史上きってのカリスマ大天才さまじゃあーりませんか。おーいえー。やったな、ラズリ。おめでとさん。今週の試験は全科目首席奪還やで」
 アガシがニヤリと笑みを浮かべながら、わざとらしくうやうやしげに腕を前に折りつつ腰を落として頭を下げるが、ラズリはそれを鼻白んだ顔をして「よく言うよ」と冷ややかに返した。
 「おべんちゃらはけっこうさ、アガシ。それよりもあんまり騒ぎを起こしてくれるなよ。君だけならともかく、同室のおれまでとんだとばっちりをくらって迷惑なぞかけられたら、それこそたまったものじゃないからな」
 「はんっ。こぉんの、ど阿保ぉ。わいがそんなヘマするかってんだ。しっしっ。あっち行きよし。せっかくかわええ、わいのおひいさんと束の間の逢瀬を楽しんどるんやから水さすなっちゅーの」
 「お、逢瀬なんかぜんっぜん楽しんでないです…!」
 珍しくティーナの方が勢いこんでアガシのセリフを否定する。
 だが、声を張り上げたそばから、その声の大きさに自身でも驚いてしまい、思わず口を両手でふさぎ、慌ててラズリからばっと視線をそらした。
 「…まあ、どっちでもいいさ。おまえに言われなくても部屋に帰るよ。それにアガシ、君もだぞ。女の子といちゃつくのはいいけど、夕食の点呼までには部屋に戻っていろよ。今日はおれが当番なんだからな」
 「うっせ。おまえに言われんでもわーっとるわい」
 んべっと舌を出して追い払う仕草を見せると、ラズリはまいったなという顔でふっと肩をすくめた。
 「えっと…ティーナ?」
 アガシの背後でいたたまれない表情をその顔に浮かべていた彼女の名前をラズリが呼ぶ。
 とたん、ティーナは稀に見る激しい動揺に襲われたが、なるべく素知らぬフリを決め込んで口をきゅっと引き結んでいた。
 そんなティーナの胸の内の事情などまったくおかまいなしに、ラズリは「いいかい?」とアガシを指差しながら先を続ける。
 「この男は歴代稀に見る女タラシだからね。本気になったら君の方が泣く羽目になるよ。それだけは先に忠告しといてあげよう。同室の自分が言うんだから、まず間違いないさ」
 「あ、なんやそれ…! ラズリ、そないな余計なことなぞ吹き込まんでええわい! わいら親友やないかっ。人の恋路を邪魔せんときっ」
 「おーおー。なーにが親友だよ、こういう時ばっかり人をそういうくくり方しやがっておまえは」
 ぱこん。ラズリは持っていたルーズリーフのファイルでアガシの頭を軽く叩いて、笑い飛ばしながらその場を後にした。
 …ああ、また。やっぱり、渡し、そびれちゃったかぁ。
 ティーナは彼が廊下を曲がり、完全に視界から見えなくなるまで故意に目をそらしていたが、それでもラズリが現れてからずっと、制服のスカートの右ポケットの中に入れていたもののことがしきりに頭によぎり、彼に声をかけなくてはとずっと気をもんでいたのだった。
 ラズリが貸してくれた、ハンカチ。
 彼から自分によこしてきたあの洗いざらしの綿のハンカチを、ティーナはちゃんと心をこめて手洗いで洗濯していた。
 お日様の下でよく干した後、きっちりしわをのばしてアイロンをかけ、ちょうどよく入る大きさの紙袋に入れてずっとポケットの中にしまいこんでいたのだった。
 “あの、これどうもありがとう、ラズリ”
 そうお礼を言いながら、ちゃんと彼の顔を見て自分で手渡すんだと、何度も何度も頭の中でくりかえした。そしてしまいには、みんなが寝静まった後にベッドの上で一人予行練習までしていたこともあったのだ。
 だが、いざ校内でラズリの姿を見かけるたび、何故か声をかける勇気が奮えず、さっきのように全てタイミングを逃してばかり。
 早く返そう返そうと思いつつも、未だそれは成就せず、とうとう週をまたいでしまい、練習していたセリフの末尾に“遅くなって本当にごめんなさい”という一言を付け足さなくてはならない始末だったのだ。
 「…こら、ティーナ」
 ティーナが自分の不甲斐なさを責めるようにためいきをつくそばで、ぽんっとアガシがその頭を軽くこづいた。
 「よりによってラズリの前でよくもわいの気持ちを完全否定してくれたな。…ん?」
 「え、ええっと。そ、そういうつもりじゃあなかったんだけど…。だって、そんな」
 「まあ、ええで。そないなことはじめっから百も承知やからな、自分。しっかし、さすがにあれはあれでこたえたで。わいの心はおもきしブロークンハートや」
 いつものおふざけが入り混じった口調ではあったが、どことなしに声の調子に張りや勢いが欠けてたのは気のせいだろうか。
 「…でもな。わいはあきらめへんで。ティーナも、もちろんラズリのことも、な」
 ――は? 
 ラズリも、ってどういう…?
 彼が何を言わんとしているのか見当もつかず、ティーナはアガシに問いかけの意味をこめて首をかしげて見せるが、アガシにしては珍しくそれにはきちんととりあわなかった。 
 ただ相変わらず、何か腹に一物あるかのような、例の悪戯小僧の瞳で、ただにかにかとした笑みを唇の端に浮かべているだけだったのだ。
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やっとこ「起の章・3」をアップしました。
三連休があったのもかかわらず、遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
今回、アガシがどうも気に入ってしまったので、前半戦でいっぱい登場しています。
もしかして、キャラ変わっちゃったかな……? カレンとやんちゃな、そしてどうしようもない突っ込み合いをさせてしまいました。
イメージとしては「アガシ、初めての女友達」みたいな(^^;)

ティーナとラズリですが、気持ちが離れちゃうつもりで書いていたのですが、ちょっぴり進展した…かもしれません。(ホントか?)
次回は「ラズリがどうして竜を捕まえたのか」「ティーナ、進路について考える」「ラズリの守り石」に触れたいと思っています。
もちろん、やまのさんがでっち上げて下さってもオッケーです!
それでは、やまのさん、後はよろしくお願いします。
「ねえ、どうしてラズリは竜を捕ったりしたのかしら?」
 カレンの唐突な発言に、ティーナ、セレの視線は一斉にアガシに集まった。まさに今、炙り肉に頬張ろうとしていたアガシは少女たちの視線に気づくと、きまり悪そうにフォークを置いた。
「わいにそんなこと聞かれてもわからへんて…何でも奴のこと知っとると思うたら間違いやで」
 そう言うアガシはいつになく渋い顔だ。再びフォークを手に取ったものの、もてあましたようにフォークは皿の上を彷徨っている。
「なーんだ残念。ラズリについて、せっかく色々聞けると思ったのに…」
 がっかりしたようにスープの芋を突くカレンに、アガシはからかうように言った。
「何なら、わいのことでも教えたろか?」
 取り澄ました笑顔ではなく、悪戯小僧のような笑顔をカレンに向ける。しかし、ラズリ以外は眼中にないと公言するカレンにとっては、どんなにアガシが魅力的であろうが関係ない。
「結構です!」
 素っ気ない返事を返すと、つんとそっぽを向いてしまう。
 しかしアガシは予想していたらしく、カレンの反応を見てくっくと肩を震わせている。二人の間に挟まれたティーナは気が気ではない。喉につかえそうなパンをどうにかスープで流し込むと、こっそりと息をついた。
 あれからというもの、なぜかアガシは頻繁にティーナの前に現れるようになっていた。最初は戸惑いがちだったカレン、そしてティーナと寮で同室のセレもニ、三日もしないうちに打ち解けたようだ。中でもカレンとうまが合うらしく、顔を合わせるたびに言い合いをしている。本人たちは面白がっているようだが、傍から見るとそのあまりに遠慮のないやり取りに肝を冷やすこともしばしある。
 ティーナたちがよく足を運ぶ食堂は、旧校舎内一番端と食堂は少々不便な場所にあるが、大きな窓からは季節ごとに色とりどりの草花が咲き乱れる庭園が見渡せることで生徒たちに人気があった。今までこちらの食堂に姿を現すことのなかったアガシがやってきたことで、前にも増して女生徒が増えたように思える。
「ねえ、ラズリや他の男の子たちとお昼一緒しなくてもいいの?」
 セレが尋ねるとアガシは「何言ってるねん」とフォークを回しながら答えた。
「メシくらい可愛いお嬢さん方と食うほうが楽しいに決まっとるわ。男同士がしょっちゅうベタベタ一緒にいたら気色悪いやろ、な?」
 すると側で聞いていたカレンは、さりげなく不敵な笑みを口の端に浮かべる。
「あなたたち仲が良さそうに見えるけど、それほどでもないのね」
 カレンの少々棘のある言葉にぴくりと反応する。
「……あのなあ」
 アガシは腕組みをすると、ちらりとカレンに視線を向ける。
「男は女と違って、胸の内ぃなんでもかんでも話したりせんのや。一から百までピーチクパーチク喋らはるお嬢さん方と一緒にされても困るわ」
「あーら、いつもピーチクパーチクしていてごめんなさいね」
「おーおー、ホンマのことゆうて悪かったなあ」
(またもう、アガシは……)
 どうしてわざとカレンを怒らせる風に言うのだろう。カレンがアガシの挑発に乗らないように祈るばかりだ。しかし、残念ながらティーナの祈りは届かなかったようだ。
「さっきから黙っていれば、いい加減にしてくれない?!」
 かつん、とトレイにスプーンを置いた。じろりと険しい目でアガシを睨み付ける。
「ほほーう、誰がいつどこで黙っていたって? おかしいなあ…さっきから散々ピチクパチクほざいとる五月蝿い鳥はどこにおるんやろなあ」
 アガシは額に手をかざすと、わざとらしく辺りをきょろきょろと見渡す仕草をする。そしてまじまじとカレンを眺めた後、今初めて見つけましたとでも言うように驚きの声を上げた。
「お!? なんや、ここにおったわ!」
「なんですってえ?」
 カレンは勢いよく椅子から立ち上がると、からからと笑うアガシに詰め寄った。
「もう今日という今日は許さないんだから!」
 ティーナは思わず身をすくめる。
(うわあ、また始まっちゃった……)
 救いを求めるように顔を上げると、丸テーブルを挟んでティーナの真向かいに座るセレは黙々と食事を続けていた。セレは言うには、この二人は「じゃれ合っているだけだ」だと言って基本的に気にしていない。ある意味セレの判断は正しいかもしれないが、こんなところで騒いでいるのを放っておくわけにはいかない。結局この中で二人を止めるのは自分しかいないことをティーナは知っていた。
「アガシ、やめようよ…ね?」
 ティーナが止めに入るがアガシが聞くわけがない。
「別に喧嘩しとるわけじゃないから安心しい」
 アガシはにこりと笑うと、ティーナの頭をポンポンと叩く。
(駄目だ……)
 どうやらアガシはカレンとの言葉の応酬を楽しんでいるようだ。黒い瞳が子供のように悪戯心いっぱいにきらきらと輝いている。意外と子供っぽい一面を発見してしまったのと同時に、言っても無駄だと悟ったティーナは今度はカレンに声を掛ける。
「ねえ、カレンってば落ち着いて」
 図書館でのこともあるので、これ以上目立つのはもう勘弁だった。ただえさえアガシの存在は目立つのだから。今度は食堂でアガシと痴話喧嘩だなんて囁かれるかもしれないと思うと、どんどん気持ちが重たくなる。けれどカレンはティーナに見向きもしない。
「いいからティーナは黙ってて!」
「でも、カレン…」
「もうっ、ティーナは余計なこと言わないで!!」
 周囲がざわりと騒がしくなった。五月蝿いと席を立つ者もいれば、野次馬となって遠巻きから冷やかす者まで出てくる始末だ。
「ちょいと待ちや。心配してくれとる友達にちょいとキツうないか?」
 カレンの勢いに押され、言葉を失ったティーナを庇うようにアガシが止めに入る。その途端、悪ふざけした冷やかしの声が上がる。
 もう誰が仲裁役なのかわからなくなりそうだ。こんなところで庇ってくれなくていいから、カレンをからかうのをやめて欲しいとティーナは切実に思う。
「ほんっとにあなたって八方美人ね。そうやって皆にいい顔していたら、いつか周りに誰もいなくなっちゃうんだからね!」
「ホンマ感情的なやっちゃなあ。他人様にええ顔するのがどこが悪いんや。言うてみい?」
 今度はアガシまで感情的になってしまったようだ。
「二人とも、もう終わりにしよう。ねえアガシも落ち着いて」
 さすがに傍観を決め込んでいたセレも心配そうに口を挟む。
「わいは充分冷静や。心配せんでええ」
「そうやってその時その時で誰にでもいい顔をしたら信用なんかなくしちゃうわよ! だからラズリだって本当はあなたのこと信用してないんじゃないの?」
「カレン!」
 セレとティーナが同時に制止の声を上げる。しかし頭に血が上ったカレンの耳には届かない。
「だからラズリだって肝心なことは、あなたに話さないのよ!」
 一瞬、アガシの笑顔が消えた。
「そ、か……」
 だがすぐに何事もなかったかのように破顔すると、額にこぼれた髪をかき上げた。
「……きっついなー。いやホンマ……いや、ホンマその通りかもしれんわ」
 しかし、その笑顔に苦々しいものが浮かんでいるは明らかだった。さすがのカレンも言い過ぎたと自覚したらしく、きまり悪そうに俯いている。
「あーあ。もう腹いっぱいになってしもうたわ」
 気の抜けた声で言うと、アガシはのっそりと椅子から立ち上がった。肌に感じていた周囲の視線が一斉に消え去る。
「アガシ…」
 ティーナは咄嗟に手を伸ばし、アガシの腕をつかんだ。
「スマンな」
 ティーナの言葉を遮るように言うと、やんわりとその手を振りほどく。
「残り片付けといてくれへん? 悪い」
 ティーナの髪をくしゃりとかき混ぜると、アガシはひらひらと手を振りながら食堂を後にした。
 しばらく食堂内に気まずい空気が流れていたが、しばらくもするといつも通りのざわめきが戻っていった。ただ、ティーナたちのテーブルだけは、まだ重たい沈黙が流れていた。
「ねえ……謝ったほうがいいんじゃないの?」
 勇気を振り絞ってティーナは言った。
「ティーナから何かを言い出すなんて珍しい」
 セレは一瞬驚いたような顔になるが、うんうんと納得したように頷いた。
「うん、謝るべきね。あの言い方は非道かった」
「だって…」
 カレンは頬を膨らますと、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「……だって、あたし悪くないもの」
 そうは言っているが、カレンの表情には後悔の色がありありと浮かんでいる。まったく意地っ張りなカレンらしい。ティーナはカレンの顔を覗き込むように首を傾ける。
「カレン、あたしも一緒に行くからアガシに謝りに行こう…ね?」
「いや!」
 カレンは大袈裟なくらい大きく首を振る。
「絶対に嫌よ。だってアガシがあたしのことばっかり馬鹿にするからいけないのよ!」
「そうかもしれないけれど、やっぱりさっきのは言い過ぎだよ、カレン」
 セレはなだめるように言っても、カレンは頑なそうに口を引き結ぶ。
「ね、カレン」
 心配になってティーナは動かなくなってしまったカレンの肩にそっと手を添えた。
「だったらティーナが行けばいいじゃない!」
「え、え…?」
 ティーナが目をぱちくりしていると、カレンは肩に添えられて手を振り払う。
「いいじゃない、言い出しっぺはティーナなんだから。早く行ってよ!」
「あのねえ、あなたが行かなくちゃ意味がないでしょ?」
 セレがたしなめるが、カレンは駄々っ子のように「やだやだやだ」とくり返す。セレとティーナは無言のまま顔を見合わせる。
「……わかった」
 ティーナが椅子から立ち上がると、セレは慌てて引き止める。
「だってティーナ…」
「大丈夫だよ、セレ」
 カレンとの仲直りの切っ掛けを作ってくれたのはアガシだ。アガシがいなければ、こんな風にカレンと仲直りだって出来なかっただろう。些細なことで簡単に心が離れてしまうこともある。あのままでいたら、きっとカレンと仲直りする機会も作れず、ずっと後悔していただろう。
 余計なお世話かもしれないが、アガシとカレンにこんなことで仲違いして欲しくなかった。それに、珍しく沈んだ表情を見せたアガシのことも気になっていたのも事実だった。
「カレン、あとで仲直りしてね」
 カレンの返事を待たず、ティーナはくるりと辺りを見渡した。案の定、ティーナたちから慌てて視線を外した生徒に気づくが、敢えてそ知らぬ振りをする。
「頼んだよ、ティーナ」
 背後から追い掛けてくるセレの声にティーナは小さく手を振って応えると、そのまま食堂を後にした。


*   *   *   *   *

 追い掛けると言っても、アガシが行きそうなところなどティーナには見当もつかなかった。まだそれほど遠くまで行っていないだろうと手始めに図書館へ向かう。
 学院の図書館の蔵書は相当なもので王立図書館に匹敵するほどだと言われている。当然簡単に捜し回れる規模ではない。取り敢えず生徒たちがよく利用する閲覧室をぐるりと歩き回るがアガシの姿は見つからなかった。
 午後の授業がある教室に行ってみたらどうだろう? 早速行ってみようと思うが、アガシが午後の授業に何の講議を取っているかティーナは知らない。ポケットから小さな銀の懐中時計を取り出すと、時計の針が半周もしれば休み時間が終わってしまう。
(もう時間がない)
 誰かにアガシが何の授業を取っているか聞いてみようか?
 でも誰に聞けばいいだろう。女生徒のひとりを捕まえて尋ねてみるのもひとつの手だが、図書館の一件以来ティーナをこころよく思わない女生徒は多いと思うと、気軽に声を掛けるのも考えものだ。
 −−−ラズリ。
 ふとラズリの名前が思い浮かんだ。途端に胸の鼓動が早くなる。そうだ、彼ならアガシが行きそうなところを知っているかもしれない。しかしよく考えてみると彼を探すのもアガシを探すのと同じくらい困難だと気づく。
 あと生徒たちが好んで集まりそうな場所と言えば……ティーナは考える。
「裏庭、かなあ」
 ティーナは「裏庭」と密かに呼んでいるが、実際には旧校舎と新校舎をつなぐ中庭のことだ。無駄足に終わるかもしれないが、とにかく行ってみるしかない。人にぶつからないように注意しながら、足早に廊下を急ぐ。
 中庭に足を踏み入れると、明るい陽射しに思わず目を細める。ふんわりとした緑の芝生。空を覆う緑の葉は陽に透けてやわらかな新緑色に輝き、小さな花壇は季節の花々が生き生きと生い茂ってた。
 ここはティーナのお気に入りの場所のひとつでもあった。ここは王都の外れにある実家の裏庭と、ほんの少し似ているような気がするからだ。
 宮廷付きの薬師である父は自宅でもあらゆる種類の薬草を育てていた。十歳になるとこの裏庭の手入れはティーナに任された。水をやり過ぎて根腐れさせたり種を捲く時期を間違えて芽が生えなかったりとずいぶん失敗もしてきたが、お陰で薬草についてたくさんのことを学んだ。とは言えまだまだ父の足元にも及ばないが、学院に入ってから薬草学だけは授業についていけるのは助かっている。
 このまま芝生の上に座り込んでしまいたいところだが、そんな呑気に過ごす時間はない。
(アガシ、いるかな……)
 木陰で昼食を取る生徒や、読書に勤しむ生徒も少なくはない。邪魔にならないように中庭の奥へと進んで行くと、聞き覚えのある声を耳にした。
「申し訳ないけれど、君の気持ちに応えることはできない」
 低いがまだ少年くささを残した声、落ち着いた大人びた口調。
(ラズリ)
 ティーナの心臓が大きく跳ね上がった。きょろきょろと声の主を探す。ラズリの姿はすぐに見つかった。ティーナの後方にある大きな木の陰。そこから見え隠れしている金茶の髪の少年を見つけた。
(どうしてこんなところに?)
「どうして…どうしてなの?」
 すぐ側でか細い少女の声がした。ティーナは反射的にすぐ近くの木の陰に入り込む。
「どうして、答えてラズリ」
 少女の必死な声。この声にも聞き覚えがあった。鼻に掛かった甘い声。気になってこっそりと覗き見ると、まっすぐな栗色の髪の少女が今にも泣きそうな表情でラズリに詰め寄っていた。この少女も十位以内の成績を納めている常連のひとりだ。
(たしか……タリア)
 光の加減で金にも見える艶やかな栗色の長い髪。透けるように白い肌に長い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳は歳には不相応な憂いすら感じる。小柄で華奢な肢体は彼女を一層儚げに見せ、男子生徒は当然のこと、同性のティーナでも思わず見蕩れてしまいそうだ。美少女というのはタリアのような少女のことを言うのだろうとしみじみ思う。しかし、そんなタリアを目の前にしても平然としていられるのは、さすがはラズリと言うべきか。木の幹にもたれかかった姿勢で、定まらない視線で空を眺めている。
「理由を教えて欲しいの、ただ応えられないと言われても……もしかして好きな人がいるの?」
 思わずどきっとした。どうやらとんでもない場面に居合わせてしまったらしい。ティーナはますますその場から動けなくなってしまう。
(ラズリの好きな人……)
 もしかしてそんな人がいるのだろうか? もし、いたとしたらどんな人なのだろう? ティーナは固唾を飲んでラズリの言葉を待ち構えた。
「……別に好きな人がいるとかいないとかではなくて、ただ僕には、非生産的なものに費やす時間がないだけだよ」
 淡々とした口調には感情の響きすら感じられない。ラズリのあまりに非情な答えにティーナは愕然とした。
「そんな……」
 タリアの傷ついた声が耳を打つ。
(そんな言い方って……酷い)
 いくらタリアが非の打ち所のない美少女だとしても、好きな相手に気持ちを伝えるためにどれだけの勇気が必要だったろう。それなのにラズリときたら、その気持ちをまるでくだらないもののように片付けてしまうなんて。
 いつの間にか小刻みに震えてる自分の指を、ぎゅっと握りしめる。あまりの緊張のために震えているのか、怒りのために震えているのか、自分でもわからなかった。
「僕には時間がないんだ。はっきり言わせてもらうと、君……いや、君だけじゃない。女性の相手をしている時間が惜しいんだ。だからこの学院内で色恋に興じたいようなら、他を当たって欲しい」
 そんな言葉を真正面から告げられて傷つかないわけがない。言葉を失ったタリアは、その場から逃れるように急に走り出してしまう。
(………そんな)
 タリアの乱れた足音を聞きながら、自分の心もひどく乱れていることに気がついた。どきどきと心臓の鼓動が早い。とてもじゃないけれどラズリに合わせる顔がない。早くラズリがこの場から立ち去ってくれることを祈りながら、ティーナはぎゅっと目を閉じる。
「君は、立ち聞きが趣味なのか?」
 ラズリの呆れた声がした。
(うそ……もしかして、ここにあたしがいるって、知ってたの?)
 混乱して言葉が出てこない。するとさくさくと芝生を踏む足音が近づいてきて、ティーナの近くで止まった。恐る恐る目を開くと、空色の瞳がティーナを冷ややかに見つめていた。
(セレスト・ブルー……)
 一瞬、そんな言葉が脳裏をよぎった。しかし、今はその言葉が何だったのかなどと、呑気に考えている場合ではない。
「たしか君は……ティーナ?」
 一応名前は憶えていてくれたらしい。そんなことで嬉しく思ってしまう自分は馬鹿みたいだ。ティーナは恥ずかしくなりながら小さく頷いた。
「人の趣味に兎や角言うつもりはないけれど、あまり感心できる趣味じゃないな」
「ごっ、ごめんなさい。あの、そんなつもりじゃなくて……あの」
 しどろもどろになってしまっているティーナにラズリはぴしゃりと言った。
「何か言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれないか?」
 ラズリの言い分はもっともだ。怖じ気づいてしまいそうな心を叱咤して、ティーナは腹から声を振絞る。
「……人を、探していて。あの、喧嘩しちゃって友達と。だから…ここにいないかなって。それで、あの……本当に、ごめんなさい」
「わかった、もういい」
 ラズリは手を上げてティーナの言葉を制した。
「ティーナ、君にひとつお願いがある」
「は、はい」
 ティーナは思わず姿勢を正す。
「この場で見聞きしたことを公言しないで欲しい」
「……はい」
 もちろん、そんなつもりは最初からない。堅苦しい物言いにつられて、ティーナも至極真面目に答える。
「…それから、これは忠告だと思って聞いて欲しい。ティーナ、君はもう少し自分の意見をしっかりと持つべきだと思う。それに感情を簡単にさらけ出し過ぎるのもどうかと思う」
 かあっと顔が熱くなる。きっと耳まで真っ赤に染まっていることだろう。
(そんな風に思われていたなんて)
 ラズリが指摘したことは自分でも十分自覚している。ティーナ自身、そんな自分が嫌で嫌でたまらなかった。それでも自分なりに引っ込み思案をなくそうと努力してきたつもりだった。つもりだけで……なかなか直せないのは、自分の努力が足りないからなのだろうか?
(恥ずかしい)
 今すぐラズリの前から消えてしまいたかった。
「すぐに赤くなったり青くなったり……君は人間信号機か?」
 以前同じようなことを言われた気がする。今はただ恥ずかしさと緊張で思い出せない。
「ほらまた……少しは反論しようとは思わないのか?」
 ラズリは苛立った声を上げる。
「……でも」
 瞼までもが熱くなるのを感じながら、ティーナは震える声で言った。
「たしかにラズリの言う通り……あたしもこんな、嫌で……どうしたら、直るんだろう…って」
 もしかしたら、少しずつ引っ込み思案が直ってきたように思っていた。さっきカレンやセレにちゃんと意見を言えた自分はどこに行ってしまったのだろう。また弱くて情けない自分に戻ってしまったような気がする。
 咽の奥から熱いものが込み上げてくる。だけど、泣いたりしたら、きっとまたラズリに呆れられてしまう。ティーナは歯を食いしばって嗚咽を堪えるが、代わりに涙がぽろりと零れ落ちてしまう。
「ご、ごめんなさい」
 慌ててラズリから顔を背けるが、きっと涙を見られたに違いない。
(もう……嫌だ)
 手のひらで瞼をぎゅっと押さえるが、涙は勝手に溢れてくる。早くラズリが立ち去ってくれるといい。すると、かさりと芝を踏む音がした。
「泣くな。泣いたって君の引っ込み思案が直るわけではないだろう」
 ラズリの厳しい声と共に、強引に手のひらに何かを握らされた。
「……これ、ラズリの?」
 それは洗いざらしのハンカチだった。使い古して色褪せたハンカチはラズリらしくなくて、何だか不思議な感じがする。
「使え」
 怒ったような口調でラズリは言った。恐れ多くて使うのが怖いが、ラズリが言うならありがたく好意に甘えたほうがいいだろう。
「ありがとう」
 涙声でティーナが礼をのべると、ラズリは怒ったように背中を向けた。
「……別に、礼を言われるほどのことはしていない」
「ううん…そんなことない。ありがとう」
「礼を言っている暇があったら、さっさと泣き止んでくれ」
 ラズリはそう言い残すと、振り向きもせずに中庭から立ち去った。ティーナはラズリの後ろ姿を見送りながら、急に泣き顔を見られたことが恥ずかしくなってきた。
(きっとラズリ、呆れているだろうな)
 でも、今日のラズリはちょっといつもと違う感じがした。普段の礼儀正しいラズリとは少し違う……ぶっきらぼうな口ぶりと、優しいのか冷たいのかわからない態度。どこか懐かしい、そんな気がした。
「あ…」
 ふと、何かを思い出しそうになる。どこか懐かしい感触がぼんやりと……でもそれが何なのか、記憶は霧に隠れてしまったかのように、どうしても思い出すことが出来なかった。
もう少しで「起の章・3」がアップの予定です。
あと少し、もう少しなのですが、もうちょっと掛かりそうです。
もしかしたら明日火曜日の夜になってしまうかもしれません…。
結局予定していた「ラズリがどうして竜をつかまえたのか」という確信に触れることができなかった。
しかも、ラズリとティーナの間に進展なし!それどころか、距離すらできちゃったかもしれません。
(またやまのさんの予定をぶちやぶっちゃったかも……)
「ラズリに助けてもらったの、これで二度目だね」

「そうだっけ? ぜんぜん覚えてないや。
覚えてないってことは、そう大したことではなかったんだろうな」

「うん、そうね。きっと他の人が聞いたら、それはすっごく取るに足りないささいなこと、だったのかもしれない。
 でもあたしは、ずっと覚えてる。それに、これからも絶対に忘れないと思う。
 …だって、あたしはあの思い出が…で、とても大切にしたいから」

「そりゃ、ずいぶん…。君も物好きというか、おかしな性分だね」

「――悪い? そう思うだけでも、ダメなの?」

「ま、おれにはその気持ちはとうてい理解できないけど、できればティーナ、君にお願いしたいことがあるんだ。いいかな?」

「あたしに…?」

「頼むから、二度あることは三度ある、にならないようにさ」



 セリフのみの創作メモでごめんなさいー;
 何かに箇条書きでもやっておかないと、たぶん書きたかったことを忘れるところなので(^^ゞ
(それは自分のPCのメモ帖に書いておくだけにしとけ!)
 ラズリとティーナの明朗学園らぶvvな様子、書くのたのしーなーvv
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