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「ねえ、どうしてラズリは竜を捕ったりしたのかしら?」
 カレンの唐突な発言に、ティーナ、セレの視線は一斉にアガシに集まった。まさに今、炙り肉に頬張ろうとしていたアガシは少女たちの視線に気づくと、きまり悪そうにフォークを置いた。
「わいにそんなこと聞かれてもわからへんて…何でも奴のこと知っとると思うたら間違いやで」
 そう言うアガシはいつになく渋い顔だ。再びフォークを手に取ったものの、もてあましたようにフォークは皿の上を彷徨っている。
「なーんだ残念。ラズリについて、せっかく色々聞けると思ったのに…」
 がっかりしたようにスープの芋を突くカレンに、アガシはからかうように言った。
「何なら、わいのことでも教えたろか?」
 取り澄ました笑顔ではなく、悪戯小僧のような笑顔をカレンに向ける。しかし、ラズリ以外は眼中にないと公言するカレンにとっては、どんなにアガシが魅力的であろうが関係ない。
「結構です!」
 素っ気ない返事を返すと、つんとそっぽを向いてしまう。
 しかしアガシは予想していたらしく、カレンの反応を見てくっくと肩を震わせている。二人の間に挟まれたティーナは気が気ではない。喉につかえそうなパンをどうにかスープで流し込むと、こっそりと息をついた。
 あれからというもの、なぜかアガシは頻繁にティーナの前に現れるようになっていた。最初は戸惑いがちだったカレン、そしてティーナと寮で同室のセレもニ、三日もしないうちに打ち解けたようだ。中でもカレンとうまが合うらしく、顔を合わせるたびに言い合いをしている。本人たちは面白がっているようだが、傍から見るとそのあまりに遠慮のないやり取りに肝を冷やすこともしばしある。
 ティーナたちがよく足を運ぶ食堂は、旧校舎内一番端と食堂は少々不便な場所にあるが、大きな窓からは季節ごとに色とりどりの草花が咲き乱れる庭園が見渡せることで生徒たちに人気があった。今までこちらの食堂に姿を現すことのなかったアガシがやってきたことで、前にも増して女生徒が増えたように思える。
「ねえ、ラズリや他の男の子たちとお昼一緒しなくてもいいの?」
 セレが尋ねるとアガシは「何言ってるねん」とフォークを回しながら答えた。
「メシくらい可愛いお嬢さん方と食うほうが楽しいに決まっとるわ。男同士がしょっちゅうベタベタ一緒にいたら気色悪いやろ、な?」
 すると側で聞いていたカレンは、さりげなく不敵な笑みを口の端に浮かべる。
「あなたたち仲が良さそうに見えるけど、それほどでもないのね」
 カレンの少々棘のある言葉にぴくりと反応する。
「……あのなあ」
 アガシは腕組みをすると、ちらりとカレンに視線を向ける。
「男は女と違って、胸の内ぃなんでもかんでも話したりせんのや。一から百までピーチクパーチク喋らはるお嬢さん方と一緒にされても困るわ」
「あーら、いつもピーチクパーチクしていてごめんなさいね」
「おーおー、ホンマのことゆうて悪かったなあ」
(またもう、アガシは……)
 どうしてわざとカレンを怒らせる風に言うのだろう。カレンがアガシの挑発に乗らないように祈るばかりだ。しかし、残念ながらティーナの祈りは届かなかったようだ。
「さっきから黙っていれば、いい加減にしてくれない?!」
 かつん、とトレイにスプーンを置いた。じろりと険しい目でアガシを睨み付ける。
「ほほーう、誰がいつどこで黙っていたって? おかしいなあ…さっきから散々ピチクパチクほざいとる五月蝿い鳥はどこにおるんやろなあ」
 アガシは額に手をかざすと、わざとらしく辺りをきょろきょろと見渡す仕草をする。そしてまじまじとカレンを眺めた後、今初めて見つけましたとでも言うように驚きの声を上げた。
「お!? なんや、ここにおったわ!」
「なんですってえ?」
 カレンは勢いよく椅子から立ち上がると、からからと笑うアガシに詰め寄った。
「もう今日という今日は許さないんだから!」
 ティーナは思わず身をすくめる。
(うわあ、また始まっちゃった……)
 救いを求めるように顔を上げると、丸テーブルを挟んでティーナの真向かいに座るセレは黙々と食事を続けていた。セレは言うには、この二人は「じゃれ合っているだけだ」だと言って基本的に気にしていない。ある意味セレの判断は正しいかもしれないが、こんなところで騒いでいるのを放っておくわけにはいかない。結局この中で二人を止めるのは自分しかいないことをティーナは知っていた。
「アガシ、やめようよ…ね?」
 ティーナが止めに入るがアガシが聞くわけがない。
「別に喧嘩しとるわけじゃないから安心しい」
 アガシはにこりと笑うと、ティーナの頭をポンポンと叩く。
(駄目だ……)
 どうやらアガシはカレンとの言葉の応酬を楽しんでいるようだ。黒い瞳が子供のように悪戯心いっぱいにきらきらと輝いている。意外と子供っぽい一面を発見してしまったのと同時に、言っても無駄だと悟ったティーナは今度はカレンに声を掛ける。
「ねえ、カレンってば落ち着いて」
 図書館でのこともあるので、これ以上目立つのはもう勘弁だった。ただえさえアガシの存在は目立つのだから。今度は食堂でアガシと痴話喧嘩だなんて囁かれるかもしれないと思うと、どんどん気持ちが重たくなる。けれどカレンはティーナに見向きもしない。
「いいからティーナは黙ってて!」
「でも、カレン…」
「もうっ、ティーナは余計なこと言わないで!!」
 周囲がざわりと騒がしくなった。五月蝿いと席を立つ者もいれば、野次馬となって遠巻きから冷やかす者まで出てくる始末だ。
「ちょいと待ちや。心配してくれとる友達にちょいとキツうないか?」
 カレンの勢いに押され、言葉を失ったティーナを庇うようにアガシが止めに入る。その途端、悪ふざけした冷やかしの声が上がる。
 もう誰が仲裁役なのかわからなくなりそうだ。こんなところで庇ってくれなくていいから、カレンをからかうのをやめて欲しいとティーナは切実に思う。
「ほんっとにあなたって八方美人ね。そうやって皆にいい顔していたら、いつか周りに誰もいなくなっちゃうんだからね!」
「ホンマ感情的なやっちゃなあ。他人様にええ顔するのがどこが悪いんや。言うてみい?」
 今度はアガシまで感情的になってしまったようだ。
「二人とも、もう終わりにしよう。ねえアガシも落ち着いて」
 さすがに傍観を決め込んでいたセレも心配そうに口を挟む。
「わいは充分冷静や。心配せんでええ」
「そうやってその時その時で誰にでもいい顔をしたら信用なんかなくしちゃうわよ! だからラズリだって本当はあなたのこと信用してないんじゃないの?」
「カレン!」
 セレとティーナが同時に制止の声を上げる。しかし頭に血が上ったカレンの耳には届かない。
「だからラズリだって肝心なことは、あなたに話さないのよ!」
 一瞬、アガシの笑顔が消えた。
「そ、か……」
 だがすぐに何事もなかったかのように破顔すると、額にこぼれた髪をかき上げた。
「……きっついなー。いやホンマ……いや、ホンマその通りかもしれんわ」
 しかし、その笑顔に苦々しいものが浮かんでいるは明らかだった。さすがのカレンも言い過ぎたと自覚したらしく、きまり悪そうに俯いている。
「あーあ。もう腹いっぱいになってしもうたわ」
 気の抜けた声で言うと、アガシはのっそりと椅子から立ち上がった。肌に感じていた周囲の視線が一斉に消え去る。
「アガシ…」
 ティーナは咄嗟に手を伸ばし、アガシの腕をつかんだ。
「スマンな」
 ティーナの言葉を遮るように言うと、やんわりとその手を振りほどく。
「残り片付けといてくれへん? 悪い」
 ティーナの髪をくしゃりとかき混ぜると、アガシはひらひらと手を振りながら食堂を後にした。
 しばらく食堂内に気まずい空気が流れていたが、しばらくもするといつも通りのざわめきが戻っていった。ただ、ティーナたちのテーブルだけは、まだ重たい沈黙が流れていた。
「ねえ……謝ったほうがいいんじゃないの?」
 勇気を振り絞ってティーナは言った。
「ティーナから何かを言い出すなんて珍しい」
 セレは一瞬驚いたような顔になるが、うんうんと納得したように頷いた。
「うん、謝るべきね。あの言い方は非道かった」
「だって…」
 カレンは頬を膨らますと、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「……だって、あたし悪くないもの」
 そうは言っているが、カレンの表情には後悔の色がありありと浮かんでいる。まったく意地っ張りなカレンらしい。ティーナはカレンの顔を覗き込むように首を傾ける。
「カレン、あたしも一緒に行くからアガシに謝りに行こう…ね?」
「いや!」
 カレンは大袈裟なくらい大きく首を振る。
「絶対に嫌よ。だってアガシがあたしのことばっかり馬鹿にするからいけないのよ!」
「そうかもしれないけれど、やっぱりさっきのは言い過ぎだよ、カレン」
 セレはなだめるように言っても、カレンは頑なそうに口を引き結ぶ。
「ね、カレン」
 心配になってティーナは動かなくなってしまったカレンの肩にそっと手を添えた。
「だったらティーナが行けばいいじゃない!」
「え、え…?」
 ティーナが目をぱちくりしていると、カレンは肩に添えられて手を振り払う。
「いいじゃない、言い出しっぺはティーナなんだから。早く行ってよ!」
「あのねえ、あなたが行かなくちゃ意味がないでしょ?」
 セレがたしなめるが、カレンは駄々っ子のように「やだやだやだ」とくり返す。セレとティーナは無言のまま顔を見合わせる。
「……わかった」
 ティーナが椅子から立ち上がると、セレは慌てて引き止める。
「だってティーナ…」
「大丈夫だよ、セレ」
 カレンとの仲直りの切っ掛けを作ってくれたのはアガシだ。アガシがいなければ、こんな風にカレンと仲直りだって出来なかっただろう。些細なことで簡単に心が離れてしまうこともある。あのままでいたら、きっとカレンと仲直りする機会も作れず、ずっと後悔していただろう。
 余計なお世話かもしれないが、アガシとカレンにこんなことで仲違いして欲しくなかった。それに、珍しく沈んだ表情を見せたアガシのことも気になっていたのも事実だった。
「カレン、あとで仲直りしてね」
 カレンの返事を待たず、ティーナはくるりと辺りを見渡した。案の定、ティーナたちから慌てて視線を外した生徒に気づくが、敢えてそ知らぬ振りをする。
「頼んだよ、ティーナ」
 背後から追い掛けてくるセレの声にティーナは小さく手を振って応えると、そのまま食堂を後にした。


*   *   *   *   *

 追い掛けると言っても、アガシが行きそうなところなどティーナには見当もつかなかった。まだそれほど遠くまで行っていないだろうと手始めに図書館へ向かう。
 学院の図書館の蔵書は相当なもので王立図書館に匹敵するほどだと言われている。当然簡単に捜し回れる規模ではない。取り敢えず生徒たちがよく利用する閲覧室をぐるりと歩き回るがアガシの姿は見つからなかった。
 午後の授業がある教室に行ってみたらどうだろう? 早速行ってみようと思うが、アガシが午後の授業に何の講議を取っているかティーナは知らない。ポケットから小さな銀の懐中時計を取り出すと、時計の針が半周もしれば休み時間が終わってしまう。
(もう時間がない)
 誰かにアガシが何の授業を取っているか聞いてみようか?
 でも誰に聞けばいいだろう。女生徒のひとりを捕まえて尋ねてみるのもひとつの手だが、図書館の一件以来ティーナをこころよく思わない女生徒は多いと思うと、気軽に声を掛けるのも考えものだ。
 −−−ラズリ。
 ふとラズリの名前が思い浮かんだ。途端に胸の鼓動が早くなる。そうだ、彼ならアガシが行きそうなところを知っているかもしれない。しかしよく考えてみると彼を探すのもアガシを探すのと同じくらい困難だと気づく。
 あと生徒たちが好んで集まりそうな場所と言えば……ティーナは考える。
「裏庭、かなあ」
 ティーナは「裏庭」と密かに呼んでいるが、実際には旧校舎と新校舎をつなぐ中庭のことだ。無駄足に終わるかもしれないが、とにかく行ってみるしかない。人にぶつからないように注意しながら、足早に廊下を急ぐ。
 中庭に足を踏み入れると、明るい陽射しに思わず目を細める。ふんわりとした緑の芝生。空を覆う緑の葉は陽に透けてやわらかな新緑色に輝き、小さな花壇は季節の花々が生き生きと生い茂ってた。
 ここはティーナのお気に入りの場所のひとつでもあった。ここは王都の外れにある実家の裏庭と、ほんの少し似ているような気がするからだ。
 宮廷付きの薬師である父は自宅でもあらゆる種類の薬草を育てていた。十歳になるとこの裏庭の手入れはティーナに任された。水をやり過ぎて根腐れさせたり種を捲く時期を間違えて芽が生えなかったりとずいぶん失敗もしてきたが、お陰で薬草についてたくさんのことを学んだ。とは言えまだまだ父の足元にも及ばないが、学院に入ってから薬草学だけは授業についていけるのは助かっている。
 このまま芝生の上に座り込んでしまいたいところだが、そんな呑気に過ごす時間はない。
(アガシ、いるかな……)
 木陰で昼食を取る生徒や、読書に勤しむ生徒も少なくはない。邪魔にならないように中庭の奥へと進んで行くと、聞き覚えのある声を耳にした。
「申し訳ないけれど、君の気持ちに応えることはできない」
 低いがまだ少年くささを残した声、落ち着いた大人びた口調。
(ラズリ)
 ティーナの心臓が大きく跳ね上がった。きょろきょろと声の主を探す。ラズリの姿はすぐに見つかった。ティーナの後方にある大きな木の陰。そこから見え隠れしている金茶の髪の少年を見つけた。
(どうしてこんなところに?)
「どうして…どうしてなの?」
 すぐ側でか細い少女の声がした。ティーナは反射的にすぐ近くの木の陰に入り込む。
「どうして、答えてラズリ」
 少女の必死な声。この声にも聞き覚えがあった。鼻に掛かった甘い声。気になってこっそりと覗き見ると、まっすぐな栗色の髪の少女が今にも泣きそうな表情でラズリに詰め寄っていた。この少女も十位以内の成績を納めている常連のひとりだ。
(たしか……タリア)
 光の加減で金にも見える艶やかな栗色の長い髪。透けるように白い肌に長い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳は歳には不相応な憂いすら感じる。小柄で華奢な肢体は彼女を一層儚げに見せ、男子生徒は当然のこと、同性のティーナでも思わず見蕩れてしまいそうだ。美少女というのはタリアのような少女のことを言うのだろうとしみじみ思う。しかし、そんなタリアを目の前にしても平然としていられるのは、さすがはラズリと言うべきか。木の幹にもたれかかった姿勢で、定まらない視線で空を眺めている。
「理由を教えて欲しいの、ただ応えられないと言われても……もしかして好きな人がいるの?」
 思わずどきっとした。どうやらとんでもない場面に居合わせてしまったらしい。ティーナはますますその場から動けなくなってしまう。
(ラズリの好きな人……)
 もしかしてそんな人がいるのだろうか? もし、いたとしたらどんな人なのだろう? ティーナは固唾を飲んでラズリの言葉を待ち構えた。
「……別に好きな人がいるとかいないとかではなくて、ただ僕には、非生産的なものに費やす時間がないだけだよ」
 淡々とした口調には感情の響きすら感じられない。ラズリのあまりに非情な答えにティーナは愕然とした。
「そんな……」
 タリアの傷ついた声が耳を打つ。
(そんな言い方って……酷い)
 いくらタリアが非の打ち所のない美少女だとしても、好きな相手に気持ちを伝えるためにどれだけの勇気が必要だったろう。それなのにラズリときたら、その気持ちをまるでくだらないもののように片付けてしまうなんて。
 いつの間にか小刻みに震えてる自分の指を、ぎゅっと握りしめる。あまりの緊張のために震えているのか、怒りのために震えているのか、自分でもわからなかった。
「僕には時間がないんだ。はっきり言わせてもらうと、君……いや、君だけじゃない。女性の相手をしている時間が惜しいんだ。だからこの学院内で色恋に興じたいようなら、他を当たって欲しい」
 そんな言葉を真正面から告げられて傷つかないわけがない。言葉を失ったタリアは、その場から逃れるように急に走り出してしまう。
(………そんな)
 タリアの乱れた足音を聞きながら、自分の心もひどく乱れていることに気がついた。どきどきと心臓の鼓動が早い。とてもじゃないけれどラズリに合わせる顔がない。早くラズリがこの場から立ち去ってくれることを祈りながら、ティーナはぎゅっと目を閉じる。
「君は、立ち聞きが趣味なのか?」
 ラズリの呆れた声がした。
(うそ……もしかして、ここにあたしがいるって、知ってたの?)
 混乱して言葉が出てこない。するとさくさくと芝生を踏む足音が近づいてきて、ティーナの近くで止まった。恐る恐る目を開くと、空色の瞳がティーナを冷ややかに見つめていた。
(セレスト・ブルー……)
 一瞬、そんな言葉が脳裏をよぎった。しかし、今はその言葉が何だったのかなどと、呑気に考えている場合ではない。
「たしか君は……ティーナ?」
 一応名前は憶えていてくれたらしい。そんなことで嬉しく思ってしまう自分は馬鹿みたいだ。ティーナは恥ずかしくなりながら小さく頷いた。
「人の趣味に兎や角言うつもりはないけれど、あまり感心できる趣味じゃないな」
「ごっ、ごめんなさい。あの、そんなつもりじゃなくて……あの」
 しどろもどろになってしまっているティーナにラズリはぴしゃりと言った。
「何か言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれないか?」
 ラズリの言い分はもっともだ。怖じ気づいてしまいそうな心を叱咤して、ティーナは腹から声を振絞る。
「……人を、探していて。あの、喧嘩しちゃって友達と。だから…ここにいないかなって。それで、あの……本当に、ごめんなさい」
「わかった、もういい」
 ラズリは手を上げてティーナの言葉を制した。
「ティーナ、君にひとつお願いがある」
「は、はい」
 ティーナは思わず姿勢を正す。
「この場で見聞きしたことを公言しないで欲しい」
「……はい」
 もちろん、そんなつもりは最初からない。堅苦しい物言いにつられて、ティーナも至極真面目に答える。
「…それから、これは忠告だと思って聞いて欲しい。ティーナ、君はもう少し自分の意見をしっかりと持つべきだと思う。それに感情を簡単にさらけ出し過ぎるのもどうかと思う」
 かあっと顔が熱くなる。きっと耳まで真っ赤に染まっていることだろう。
(そんな風に思われていたなんて)
 ラズリが指摘したことは自分でも十分自覚している。ティーナ自身、そんな自分が嫌で嫌でたまらなかった。それでも自分なりに引っ込み思案をなくそうと努力してきたつもりだった。つもりだけで……なかなか直せないのは、自分の努力が足りないからなのだろうか?
(恥ずかしい)
 今すぐラズリの前から消えてしまいたかった。
「すぐに赤くなったり青くなったり……君は人間信号機か?」
 以前同じようなことを言われた気がする。今はただ恥ずかしさと緊張で思い出せない。
「ほらまた……少しは反論しようとは思わないのか?」
 ラズリは苛立った声を上げる。
「……でも」
 瞼までもが熱くなるのを感じながら、ティーナは震える声で言った。
「たしかにラズリの言う通り……あたしもこんな、嫌で……どうしたら、直るんだろう…って」
 もしかしたら、少しずつ引っ込み思案が直ってきたように思っていた。さっきカレンやセレにちゃんと意見を言えた自分はどこに行ってしまったのだろう。また弱くて情けない自分に戻ってしまったような気がする。
 咽の奥から熱いものが込み上げてくる。だけど、泣いたりしたら、きっとまたラズリに呆れられてしまう。ティーナは歯を食いしばって嗚咽を堪えるが、代わりに涙がぽろりと零れ落ちてしまう。
「ご、ごめんなさい」
 慌ててラズリから顔を背けるが、きっと涙を見られたに違いない。
(もう……嫌だ)
 手のひらで瞼をぎゅっと押さえるが、涙は勝手に溢れてくる。早くラズリが立ち去ってくれるといい。すると、かさりと芝を踏む音がした。
「泣くな。泣いたって君の引っ込み思案が直るわけではないだろう」
 ラズリの厳しい声と共に、強引に手のひらに何かを握らされた。
「……これ、ラズリの?」
 それは洗いざらしのハンカチだった。使い古して色褪せたハンカチはラズリらしくなくて、何だか不思議な感じがする。
「使え」
 怒ったような口調でラズリは言った。恐れ多くて使うのが怖いが、ラズリが言うならありがたく好意に甘えたほうがいいだろう。
「ありがとう」
 涙声でティーナが礼をのべると、ラズリは怒ったように背中を向けた。
「……別に、礼を言われるほどのことはしていない」
「ううん…そんなことない。ありがとう」
「礼を言っている暇があったら、さっさと泣き止んでくれ」
 ラズリはそう言い残すと、振り向きもせずに中庭から立ち去った。ティーナはラズリの後ろ姿を見送りながら、急に泣き顔を見られたことが恥ずかしくなってきた。
(きっとラズリ、呆れているだろうな)
 でも、今日のラズリはちょっといつもと違う感じがした。普段の礼儀正しいラズリとは少し違う……ぶっきらぼうな口ぶりと、優しいのか冷たいのかわからない態度。どこか懐かしい、そんな気がした。
「あ…」
 ふと、何かを思い出しそうになる。どこか懐かしい感触がぼんやりと……でもそれが何なのか、記憶は霧に隠れてしまったかのように、どうしても思い出すことが出来なかった。
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