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おはようございます。
いよいよ「結の章・1」がスタートしました。
今回はやまのさんのまねっこで連載形式にしてみようかと思います。

 ファルナトゥの離宮、デヴォンシャーの館は、昨日の竜騒動があったとは思えないほど穏やかな朝を迎えた。
 竜の気に当てられて身体に万一のことがあってはいけませんと、昨夜侍女のマージにベッドに押し込まれたティーナは、早々に目を覚ましてしまっていた。
「今何時だろう…」
 視線をさまよわせても時計らしきものは見つからない。もしかしたら自分で起きる必要などないからかもしれない。ベッドの横に置いてある鞄に手を伸ばす。急いで色々詰め込んできた荷物の中に、確か目覚まし時計を入れてきたはずだ。ごそごそと鞄をまさぐっていると、手のひらに収まるほどの小さくて丸いものを見つける。
 丸い銀色の目覚まし時計は、普段ティーナが起きる時間よりもずいぶん早い時間を指し示していた。もう一度寝直そうと毛布の中に潜り込んだものの、しっかりと睡眠を取ったせいもあって、すっかり目が覚めてしまっていた。
「……やっぱり、起きようかな」
 自分に言い聞かせるよう呟くと、ティーナはのっそりと起き上がった。
 このまま寝ていたら侍女がそのうち起こしに来るだろう。相手は慣れているのかもしれないが、寝起きの姿を他人に見られるというのはやはり恥ずかしい。恐らく貴族の方々は侍女が朝のお茶と一緒に起しに来てくれるのが普通で、自分から目を覚ますことなど必要ないのかもしれない。
 ティーナの家は一応王室専属の薬師という由緒ある家柄であるし、それなりに生活も裕福な方でもある。侍女も一人雇っているが、家事の一通りは母がやっていたし、ティーナもよく母の手伝いをしていた。
 王族専属薬師の中には王侯貴族さながらの生活を送っている者もいるらしいが、物心ついた頃からそういう生活だったので、そういう生活が羨ましいかどうかはよくわからない。
 唯一わかることは、こういう所はやっぱり落ち着かないということだ。必要以上広い部屋も、天幕付きのふわふわとしたお起きなベットも、マージが用意してくれたひらひらとしたネグリジェも。一体何人いるかわからないほどいる侍女たちの存在も。
(帰りたいな…)
 とても口には出せないけれど、一刻も早く学院へ帰りたかった。ファルナトゥに来た途端、あまりにも目まぐるしくて物事をゆっくり考えている余裕などなかったのだと、今更になってティーナは思う。
 カレンやセレもどうしているだろう? アガシもちゃんと学院に戻れただろうか?
 それから……ラズリ。
 今思い出しても、胸の鼓動が早くなる。どうして彼はあんなにも無鉄砲で大胆不敵なんだろう。
「会いたかった。…一目でもいいから、おまえに会って、その顔を見たかったんだ」
 昨日のラズリが口にした言葉が甦る。その途端、自然と頬に血が上り、心臓が早鐘のように打つのを自覚する。
(ラズリがあんなことを言ってくれるなんて、あたしに会うために竜にまで憑依して、それで、それで……)
 本当に嬉しかった。嬉しくて嬉しくて……嬉しくてたまらないはずなのに、胸の奥がぎゅうっと痛くなる。
「ラズリの、莫迦」
 口にして呟いた途端、目頭が熱くなる。
 ラズリのせいで下手に里心がついちゃったじゃないの。心にもない恨み言を呟きながら手の甲で涙を拭うと、ティーナは勢い良くベッドから抜け出した。
 めそめそしたところで仕方ない。それにお役目が終わればロータスに戻れるのだから。

 本当に?

 ふっと浮かび上がった疑問に、ティーナ自身驚いた。
(あたしは…本当にロータスに戻れるのかな……)
 そして今まで自分がこのファルナトゥ行きの話に漠然とした不安を抱いていたのだと、今更になって思い知る。
 最初、セシリアのお世話役として呼ばれたのだと思っていた。ウィノーラ学長も確かそう言っていたはずだ。次期ご当主殿たっての頼みだと。
 でも、実際来てみれば当のセシリアは、ティーナなどまるで眼中になく、いや、眼中にないどころか目の敵にされてしまったようだ。本当に話し相手など必要にしているのだろうかと、実のところ疑問に思っていた。

---ティーナ、君の力を借りたい。そのために君をここに呼んだんだ。どうか君に…助けてほしい。僕が…僕らが、とらわれているありとあらゆるしがらみから、全て開放されるために---

 あの時言ったディルナスの言葉。
 彼の言った「あらゆるしがらみ」の中に、セシリアのことが入っているのだろうか。少しでもセシリアを外界に目を向ける機会としてティーナを呼んだとするなら、確かに力を貸したことになるかもしれない。
 しかし、とてもそういう意味でディルナスが「力を借りたい」と言ったとは思えなかった。
「ディルナスさまのおっしゃる『しがらみ』って、なんだろう……?」
 もしかしてラズリならわかるだろうか。幼い頃は兄弟のように仲が良かったというラズリなら、ディルナスが抱えている何かを知っているだろうか。
「ああ……もう、駄目だってば!」
 ラズリの面影が浮かんだ途端、また泣き出してしまいそうな自分を叱咤する。
(大丈夫。すぐに帰れる。ロータスに、みんなのいる……あの場所に)
 何をそんなくだらないことを心配していたのだろうと、後になったらきっと莫迦莫迦しく思うに決まっている。
 ちゃんとお役目を果たして、ディルナスさまのお役に立てるよう頑張らなければ。
 ティーナはそう自分を励ますと、両手で頬をぱんと叩いた。その為にも、ここで自分がなすべきことをはっきりさせた方がいい。
「ちゃんとディルナスさまとお話しなきゃ」
 しかし、ディルナスを目の前にすると、どうしても気後れというか、必要以上に緊張してしまう。どうしてディルナスがあんな態度を取るのか理解できないが、つい彼のペースに流されそうになる。
(男性が女性の手にキスをするのだって、社交界では挨拶のようなものだって聞くし)
 恐らくディルナスにとってあのような振る舞いは普通のことかもしれないが、毎回顔を合わせるたびにあんな態度を取られたら、心臓がいくつあっても足りないくらいだ。
 曇りのない輝くような金の髪。空よりも深い蒼い瞳。男性にしては繊細な顔立ち。全然印象が違うのにディルナスを見ていると、やはり従兄弟同士だからだろうか、やはりラズリに似ているような気がする。
 たとえて言うならラズリは明るい太陽、ディルナスは静かに闇を照らす月光のようだ。腕白でやんちゃな弟と穏やかで心優しい兄の図式が容易に想像できて、なんだかおかしかった。
(そうだ。小さい頃のラズリの話を聞いてみようかな)
 ティーナの記憶に残る、幼い日のラズリを思い浮かべる。あの時は傷だらけの泥まみれで、とても王太子には思えなかった。今思えば偉そうな態度……いや、誇り高さは確かに王太子らしかったかもしれないと思う。
 ティーナはくすくすと思い出し笑いをしながらテラスへ向かうと、厚手のカーテンを思い切り引いた。
「わ、あ……」
 途端、朝の光が眩いばかりに差し込んできた。思わず瞑った目をそっと開くと、木々の間から零れる光と、陽に透けた緑の屋根がテラスを覆っていた。徐々に光に目が慣れると、これらの木々が室内に差し込む光を柔らかくする役割を果たしているのだと気がついた。
「ここでお茶をするもの気持ち良さそう」
 テラスに落ちる光が足元に模様をつくる。きらきらとした木洩れ日を楽しんでいると、ふとなんとも言えない芳しい香りに気がついた。
 香りの源を求めてテラスの端まで歩くと、手すりから身を乗り出して広がる景色を見渡した。
「………きれい」
 今まで気づかなかったが、ティーナにあてがわれた別邸は庭園の敷地内にあったようだ。目の前に広がった薔薇園のすばらしさにティーナは目を奪われた。これまでこれほど広大な薔薇園を見たことがない。
 よく父ガルオンがファルナトゥの離宮へ行き来していた頃、ディルナスさまがお世話しているという薔薇園は見ていたはずだ。うっかり薔薇園の迷い込んだ時、庭師らしき少年に淡い色の薔薇を一本貰ったことがある。それを自慢げに話した時、「その方はご嫡男のディルナスさまだよ」と言われて驚いたことを今でもよく憶えている。
 もちろんディルナスとは離宮を訪れる度に顔を合わせていたし、あれほど秀でた容姿の持ち主だ。忘れろと言われても忘れられるはずがない。けれど庭園で会った時のディルナスときたら、質素なシャツとズボンに長靴を履き、麦藁帽子を深く被っていたものだから、たまに顔を合わせるティーナが気づくはずもなかった。
(そう言えばそんなこともあったっけ)
 思わず小さな笑い声を立てる。
 ここに来てからずっと緊張のし通しだったが、いっぺんに様々なことがあったせいか、かえって開き直ってしまったのかもしれない。
(……ううん、違う)
 安否を気遣ってくれている、見守ってくれている存在がいると知ったお陰だろう。
「ありがとう。ディーン先生、アガシ………ラズリ」
 誰にも聞こえないような小さな声で囁くと、甘い香りと緑の清々しい包まれた空気を思い切り吸い込んだ。と、その時だった。
「おはようティーナ」
 驚きのあまり、ティーナは思い切り咳き込んだ。咳き込み涙ぐみながら、慌てて声の主の姿を探し回す。テラスの下を覗き込むと、そこにはひとりの庭師が立っていた。ふいに古い記憶とだぶって見える。
「ひどい咳だ。まさか風邪を引いたんじゃないだろうね?」
 庭師は深く被っていた麦藁帽子を取ると、汗ばんだ金髪をかき上げた。朝陽の下、青年の髪はどんな光にも負けないくらい眩しく輝いている。
「ディ、ディルナスさま??!!」
 ティーナがすっとんきょうな声を上げると、ディルナスは愉快そうな笑い声を立てた。
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おおっ!(驚)
旅の空の下から失礼しま~す♪
ただいま長崎・出島のバスターミナルホテル前からだす♪
これから空港行き高速バスに乗って空港向いますですvv
たまたま寄ったターミナルホテルロビーにてありました端末から検索してみましたらびくーりですな!
いさなさん新章掲載おめでとうございま~すvv
小説は帰宅してからゆっくり読ませていただくこととして、いてもたってもいられずにコメント残しちゃいました(笑)
こちら長崎は快晴・しかも夏日であっっついですよおう!
笑いあり涙あり怒りありと大忙しの四日間でしたが、総じて良い日に恵まれましたvv
うまかもん(笑)もたーんと食べてよかばい、よかばいvv
昨日は豚の角煮まんに皿うどんいただき、ジャスミンティーアイスも。さっきは五島うどん食べたー!一年ぶりー!うまかよー!大好き五島うどんvv
 …そんな旅のお土産話はまた後ほどvv
 これからJAL便のスーパーシート(うひょお!)で帰りますです♪
 それではまた~vv
やまの@長崎からだよん♪ 2007/05/21(Mon)12:16:39 編集
旅先から
前に伺っていた長崎旅行ですね!
旅先からわざわざありがとうございます。長崎は美味しいものが多いから羨ましい!高校の修学旅行以来です。

結の章のパート1は割りと穏やかに始まりました。続きは今週末になりそうです。
いさな 2007/05/21(Mon)22:43:07 編集
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