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「全力で、見逃せ!」


 …もうわけがわかりません;(ええっ!)

 とりあえずpart:5更新!

 今回は読みやすいように段落をわざと空けてみましたーvv



  さて、とアガシはラズリの腕を自分の肩に回し、腰をぐっと抱えながら、屋根の上から寮内の自室に戻ろうとして、そろりそろりと屋根裏部屋の天窓に足をかけた。
 
 ――まさに。その時だった。
 
 「…ああら? かわいい王子さまはただいまお眠り中? それはそれは、とっても好都合だこと」
 
 突然、彼らの背後で聞き覚えのある艶を含んだ甲高い声が響いた。
 ハッとして肩越しに振り返るアガシ。
 
 するとそこには彼の予想通り、どこからやって来てそこに存在しているのかなど定かではないが、妙齢の女性である彼女がいた。
 
 体の線がよく出るようなぴたっと密着した衣服の上から、白衣を着込み、腰に手を当て両足を広げてすっくと立ちながら、彼らを挑発するかのような視線を送り続けていたのだった。
 
 金髪・碧眼、丹精な面立ち。おまけに出るとこ出て、引っ込むところは引っ込んでの、いわゆるナイスバディの持ち主の彼女は、ミランダ・オースティン。この学院の養護教諭だ…表向きは。
 
 しかしアガシの勘では、彼女はまずもって怪しいことこの上ない女性だった。
 するりするりと相手を煙に撒き、狡猾そうでどうにも食えない胡散臭さに満ちた人柄。必要以上にしなを作り、周囲に媚を売るような視線もわざとらしさも鼻につく。
 
 彼女の外観が放つこの世の者ならぬ妖艶的色香とて、食虫植物の如き毒々しいまでのそれと何ら変わりなくぞっとするもので、本音を言えば、極めて最低、最悪な要注意人物としか見なされなかったのだ。
 
 「…ミランダ。おまえ、一体ここへ何しに?」
 
 「ああら。あたくしにそんな不遜な態度を取っていいのかしら、アガシ。あなたは生徒、あたくしは養護教諭。どう見たって、立場的にはあたくしの方が上のはずよね?」
 
 「あんたが、それ相応の尊敬に値する人物ならな」
 
 はんっと鼻を鳴らしてアガシはミランダの厭味を退けると、とたんに彼女の方があからさまにむっとした表情を示し、「ほんっとに口の減らないガキね」とのたまう。
 
 …はは。ほら、な、いったいどっちがガキなんだかわかったもんじゃない。
 
 アガシは憤るミランダに見せ付けるかのように、少しばかり優越的な笑みを浮かべた。
 
 「ま、まあ。それは、いいけど。アナタもラズリごと殺しちゃえばいいだけの話だから、この際」
 
 「ん、だとぉ…!」
 
 「そうね。まずは、どうしようかしら…? その邪魔な石から片付けてしまいましょうか」
 
 ミランダはくすくすと面白がるように笑いながら、ぱちんと指をひとつ鳴らした。
 
 すると、どうしたことだろうか。
 
 やおら、アガシは自分の手足の自由が全く利かなくなってしまったことを知り、愕然とするのだった。
 
 「な…んだっ! 手が…手が、勝手に」
 
 アガシは驚愕の表情を浮かべ、必死になって自身の行動を制御しようと試みるが、それら全ては徒労に終わった。
 
 こんなことはやめよう、やめなければ、やめたいのに。
 そう思う彼の意思に反して、体は機械的なほど動きを止めない。
 
 肩にかついだラズリの腕から自分が離れると、その胸元に手をかけて一番上のシャツのボタンを外し、彼の首にかかっていた銀鎖をするりと引き出していくのだった。
 
 「あっはっはっ。ほぉら、やっぱりアンタの方がまだまだガキじゃない…!」
 
 「チ…キショ…ウ! やいテメェ! わいに何の術をかけやがった、ミランダァァァっ!」
 
 悪鬼の如く形相を変え、怒鳴りつけるが、当の彼女はいつもの如く涼しい顔で「ああら、コワイコワイ」と肩をすくめておどけるばかり。
 
 「んーふ。でもね、そう大したことないのよ。こんなのはちょっとした、ただの操演術。だってね、あたくしその石に嫌われているみたいなのぉ。だからちょっとね、あなたに手伝ってもらおっかなあって」
 
 ばちこーん。長いまつげをしばたきながら人差し指を立てて、んーと唇をとがらせてはフフフと軽く笑みをこぼす。
 
 「でもってね、その石はとってもお利口さんだから、ラズリに敵意を持たないあなたにはどうしても気を許しちゃうのね。…何もかもされるがまま。うふふ、本体のティーナとそっくりじゃないのっ」
 
 「…ぐ…を…! ンだとぉ! …ミランダ、テメェェ!」
 
 苦悶の色を濃くしながらも、ミランダのかけた術に何ら抵抗できないままのアガシは、震える指で静かに留め具を外し、ラズリの首から鎖を完全に引き離してしまうのだった。
 
 「オーッホッホッホッ! 惨めね。無様だわ。いい気味よ、あんたたち! 青春まっしぐらのステキな熱ぅい友情もこれで台無しねっ。…さあ、その石をあたくしにおよこし!」
 
 アガシに向かってしゃらりと手を差し出すミランダ。どうやらそれが合図だったらしい。
 アガシはまたしても、自身の意志とは無関係に彼女めがけて鎖ごと石を放り投げてしまうのだった。
 
 「はあい、ご苦労サマ。ホントに助かったわ、ありがとう」
 
 にっこり。満面の笑みを浮かべながら、ミランダは軽く手を握る動作を行う。
 
 アガシが放り投げつけてきた守り石の周囲を、シャボン玉のような薄い膜が張られ、件のティーナの守り石はふわりと軽く包み込まれたのだった。
 
 「あはん。大成功。これでヨシ、と」
 
 満足げにミランダはうなずき、すっと手を上から下へ振り下ろした。
 
 「さあ、永遠に次元の間で漂っているがいいわ」
 
 ふんっと鼻を鳴らして彼女が言い捨てた直後、石を包みこんだ薄膜で出来た球体は、ミランダやアガシの目の前からぱつんと音もなく消えてしまう。
 
 「う…う…。うわあああああああっ」
 
 アガシは頭を抱えながらその場で絶叫し、己の無力さを力いっぱいに恥じた。
 
 な、なんてことやねん…! わいは…わいはっ。
 すまん、ラズリ。堪忍してぇな、ティーナ…! 
 なんぼなんでもこんな、あの女のえげつのぉ手に陥るたぁ、わいの一世一代の不覚!
 ホンマ、ラズリにもティーナにも…これから顔向けできへんことをしてしもぉてからにっ。
 ミランダ、きさま…許すまじ…! 
 
 アガシは自分にできる精一杯の抵抗、鋭く厳つい眼力でもって、少し離れた位置に立つミランダを憎々しげに睨み付けた。
 
 「…ふーう。まずは第一弾ね。でも、ホントばかね、あの子も。自身の力の源をそうして本体から離したところで、いったいどんな効果を発揮するというの。何が守れるっていうわけ。とんだ甘ちゃんよね。このあたくしを見くびらないでもらいたいものだわ」
 
 自身の思惑が成功したことに気をよくしたミランダは、驕りを臆面もなくずらずらと口にしたかと思うと、今しも飛びかかってきそうなほど自分を凝視しているアガシに一瞥をくれた。
 
 「さあ、お次はいよいよメイン・イベント開始よ! 今度もアガシ、あなたに協力を仰がなくちゃね。いちばん仲の良いオトモダチのあなたの手でラズリを冥土に送ってさしあげてちょうだい」
 
 「ふ、ざける…な! 誰がそんなことを嬉々としてするかってんだ、こぉのど阿呆が!」
 
 アガシは心の底で煮えたぎる想いそのままを、怒りとして彼女に思い切りぶつけたが、やはりどうしても手足の自由はまったく利かないことには何ら変わりがない。
 足裏と屋根板部分がまるで針と糸でもって、返し縫いでしっかりその場に縫い留められたかのようで、最初の一歩すらも進ませることなどできなかったのだ。
 
 「ああら? さっきもあなたはそう言いながら、ちゃあんとあたくしのお願いを聞いてくれたじゃなあい」
 
 「うるへぇ! ボケェェッ! 誰がやるかぁぁ! テメェだきゃあ、ぜってぇーに許さねぇからなっ」
 
 「そぉんなワガママ言わないのっ。だって、ラズリもあなたの手ずから死出の旅に赴いたとあれば、さぞかしあちらの世界に渡った際、手を合わせて感謝するはずよ。…あン、もぉ。大丈夫、大丈夫。そんな心配なんかしないで、あたくしにぜぇーんぶおまかせあれ」
 
 アガシをからかっているのか、それとも彼の話を徹底無視しているためなのか。
 どうも彼とは微妙に会話が噛みあわず、ズレた内容を独白として語っているにすぎないのだ。
 しかしそれすらも、しょせん彼女にとってはどちらも同じでどうでもいいことこの上なく、きっと何の意味もなさないのだろう。
 そして、ばんっ。ミランダはいきなり拍手をひとつ鳴らした。
 
 「さあ、ここからが本番」
 
 口先ではどこか茶化した雰囲気を醸し出しながらも、それでも目だけは非常に冷静で落ち着き払った態度を一貫とさせ続けるミランダ。
 
 そんな彼女の合図を受けたためか、アガシは今度はがくんとひざをつき、自分のそばで静かに目をとじたまま横たわっているラズリの首に両の手をゆっくりとかけていくのだった。
 
 「まさか…!」
 
 自分がミランダに何をさせられているかが容易に想像がついてしまい、勢い顔面蒼白となるアガシ。
 
 「んーふっ。さあさ、ここがふんばりどころよアガシ。そーそ、がんばってっ」
 
 一方ミランダはさらに、にこにこと満面の笑みを口元に浮かべながら、しゅっしゅっと拳を前後に振って、相手を打ちのめすような動作を繰り返す。
 悶絶に近いアガシの表情を眺めるのは、なんといっても大の好物なのだとばかりに、やたらと煽りまくりながら。
 
 「やめんか、ミランダっ。わいにラズリを殺させるたぁ、悪趣味にもほどがあるっ!」
 悲痛な叫びをあげながらも、アガシの体は彼の意志などまるで無視して、ますますラズリの首を締め上げていった。
 
 ぐっと指先に力をこめてラズリの首筋に爪を立てると、やわらかい表皮と肉の内側に指が食い込み、徐々にそれは埋まっていった。
 その度ごとに、それまでずっと無反応だったラズリの体がぴくと震え、低いうめき声のようなものが彼の咽喉の奥から漏れだしてくる。
 
 「…っァ…。ハ…ァ」
 
 空気の漏れ伝わるような、かすかにかすれた苦しげなラズリの声が自身の耳へと不定期に届くたび、アガシは心が楔で穿たれるような錯覚に陥った。
 
 制御しようにも全く自由の利かない自分の手足ならば、いっそこのまま根元からばっさりと切り落とされ、四肢ごとなくした方がマシだという衝動にもかられる。
 
 「…や、め…。ミラ…」
 
 喉の奥からしぼりだされた自身の声は、からからに乾いていた。
 目は血走り、心なしか頭がぼぉっとなって視界がぶれ、意識も揺らぎはじめる。
 これ以上、ミランダにかけられた術が続くようなら、正常な精神を保っていられるのはあとわずか。そんなぎりぎり限界まで、アガシは究極に追い詰められてしまったのだ。
 
 「い…いややっ。もうこれ以上は堪忍してぇな。やめろ…やめてくれぇええミランダっ。わいは…わいは…こないなこと、しとぉないねん。ラズリをこの手で殺しとぉないねん…!」
 
 ほぼ断末魔に近いアガシの叫びが彼女に聞き届けられるはずもなく、その場でむなしく響き渡る。
 そう、当の彼女はアガシの苦しみ、胸の痛さ、そんなことなど自分が知ったことかという態度で、せせら笑いながら自身の独白を続けるのだった。
 
 「んー。そんなこと言ったってぇ、ここで一思いにぃ、あなたの命のありかを握りつぶすことなんてまったく他愛ないんだけどぉ。でもぉ、このあたくしをさんざ翻弄させてくれた上に愚弄してくれたじゃなぁい? その御礼も存分にこめて、あなたのことを篤く手をかけて始末してあげるわねぇ。アガシとラズリ…。いいえ、ラズウェルト・セイルファーディム」
 
 ――え?
 
 ラズリをその手にかけながら、そしてその面には狂気じみた苦悶の表情を浮かべながらも、アガシはミランダの言い放った言葉に心臓が射抜かれるほど、いきなりどきりとさせられた。
 
 今…何て言ったんだ? 
 ミランダの奴は…ラズリのことを…なんて。
 
 「…あらん? びっくりした? そうよねえ、まさかこんなロータスくんだりの魔法学院なんかに偽名まで使って、そんな有名人が潜んでいるだなんて、きっと多分、誰も思いもつかないでしょうかしら、当たり前といっちゃ当たり前かしら。セレスト・セレスティアン国一の有名人だもんねぇ、ラズウェルト・セイルファーディムといえば。何せ現国王の血を引く唯一の直系男子、お世継ぎのご嫡男として次期王位継承者第一位の名を抱く、誉高き王太子さま、その人ですものね…!」
 
 ラズウェルト・セイルファーディム。
 その名が天下に轟く王太子の正式なフルネームであることぐらい、王都からかなり遠く離れた辺境の砂漠の民の部族の出自であるアガシにすら知識として既に持っていた。
 
 確か…御年十六歳の若君さまは、病弱でもある現国王の今後の体調如何によっては、十八歳の成人の儀を待たずに戴冠式が宮殿内にて執り行われるのではないかというのがもっぱら世間の噂でもあった。
 
 政(まつりごと)への興味などなく、また将来、王室付き専任魔法使いの道へ進むことも視野に入れていなかったアガシにとって、王族関連話題には特に縁も所縁もないとひたすら外野を決めこんでいたが、ただ王太子が自分と同い年であることから、どことなく親近感を持っていたというのはひそかに事実ではあったが…。
 
 その、ラズウェルト王太子がこのラズリ・マーヴィと同一人物、だと…?
 しかも今、自分が手にかけているのは、そのまさに当の本人に相違なく――。
 
 アガシはミランダから告げられた衝撃の事実に、驚きを通り越して、吐き気すら催しかねないほど愕然となった。
 
 「そうよ、アガシ。あなたすごくてよ。他の誰にも真似できないことをこれからりっぱにやってのけるんですもの。歴史に名を残すわよお。太字でくっきりと、しかも傍線付きでね! 何せ、これまでずっとお忍びでロータスの魔法学院にて学業に専念されていた王太子殿下を、その素性をよもや知らなかったとはいえ、自らの手で殺害する羽目になるだなんて!」
 
 何がそんなに面白おかしいのか、アガシにはさっぱり理解できなかったが、ミランダはさらに調子づいた高笑いを響かせる。
 
 「あーっはっはっ。とってもすてきなスキャンダルね…! 嬉しいでしょ、アガシ! どうぞ喜びなさい。歓喜の雄たけびをあげなさい。どうぞ、遠慮なく、好きなだけねっ。あなたは史上最も極悪で非道な大いなる犯罪者として名を刻み、その存在は後世まで延々とが語り継がれていくことでしょうから」
 
 「ぐおおおおおおおっ。ラズリぃいいいいっ」
 
 ほぼ涙目の状態でアガシが絶叫すると、その勢いあまってなのだろうか。
 …ぐらり。
 立て膝をついていたアガシは、バランスを崩してラズリに手をかけたまま、彼の身の上になだれこむように倒れこんだ。
 そして、また不幸なことにここは屋根の上だった。
 平地であればそのまま地面に二人してつっぷすだけのことだけのはずが、片や意識のない状態のラズリ、片やミランダに手足の自由が奪われたアガシの二人は、ゆるやかながらも傾斜のついていたその場所から自然と転がり出してしまったのである。
 
 しまった落ちる…!
 どないすんや。このまま落ちて死ぬのんか、わいらはっ。ミランダみたいなえげつない女のおかげで悪戯に命を搾取されて…!
 あかん…もうっ。
 
 思わずアガシが覚悟を決めてぎゅっと目をつむると、急に体の転落は止んだ。
 アガシは今、自分たちがどんな状況に置かれているのかを確かめたくないという気持ちもあるにはあったが、それでも恐る恐るまぶたを開けてみる。
 と、それはまさに奇蹟としかいいようがない光景が眼下に広がっていた。
 なんともなれば、屋根の突端に設けられていたわずかばかりの庇が彼ら二人の落下をほどよく遮り、かろうじて身一つだけ残してその場にとどまっていたのだから。
 
 「ふんっ。どこまでも悪運の強い子たちだこと…!」
 
 ミランダが面白くなさそうに鼻を鳴らしてすぐのことだった。
 彼女は屋根の上を障害なくつかつか歩いて彼らのすぐそばまで近づくと、腕を組んだままの姿勢でラズリの体の上に倒れこんでいたアガシの背を細いヒールのついた靴でぐいっと足蹴にする。
 
 「さあ、二人とも。さっさと地面に落ちてしまいなさいな」
 
 「う…ッ。ッオ、おッ、ウ…」
 
 制服のシャツごしであったが、背中に一点つきささるような痛みを感じてアガシはうめいた。
 
 「やめ…や。ミランダ…!」
 
 彼女の靴の踵の下でアガシは苦痛に顔を歪ませる。
 しかし、ミランダにとってアガシの懇願は自分を扇動する最高のエールと受け取ったようで、かえってますます攻撃の度合いを強めていくばかりだったのだ。
 
 「…くすっ。そうねえアガシ。それじゃあ、シナリオを書き換えてあげましょうか。こんなのは、いかが?」
 
 強い嗜虐の色をその瞳に浮かべながら、ミランダはぐいぐいと容赦なくヒールをアガシの背にくいこませていく。
 その度にアガシは苦しげにもだえ、息をあらげてうめき声を発した。
 
 「次期王位を継ぐ重圧に思い悩んだラズウェルトは屋根の上から転落し、自ら命を絶った。それを止めようとした寮の同室の同級生も巻き添えをくらって一緒に。…ううん、ちょっと陳腐でありきたりかもね。それじゃ、こっちの方がよりドラマチックかしらん」
 
 くくく。唇の端を歪ませ、ひどく悦に入った笑みを浮かべる。
 
 「人目を忍ぶ恋仲だった二人の同級生同士が、異なる身分の差に悩み、世を儚んで、黄泉の国を目指し逃避行を計画。ある日、二人は互いの小指に赤い毛糸をからませながら、覚悟を決めて寮の屋根の上から死のダイブ…。うん、こっちの方が世間的にはウケそうね。じゃ、あなたたちの死亡を確認したら、あたくしが代理でステキな遺書を書いてさしあげるわ。甘酸っぱいロマンスのようなきらびやかで文学性の高い美文をね…!」
 
 面白おかしく好き勝手なことをさんざほざきながら、ミランダは腰に手を当てふんぞりかえって高笑いを響かせた。
 
 ふ、ざ、け、る、な…!
 
 アガシはミランダの出した提案に全身くまなく鳥肌が立つほど嫌気に襲われた。
 
 アホ抜かせ…ミランダの奴! こぉんの、腐れ外道女めっ。死んでからもわいら、その道の奴らへの格好のネタ提供及び、世間の笑い者になんざさせられてたまるかよっ。
 
 「ラズリ、ラズリ…! 起きてくれ、頼む! 早く本体に戻ってきてくれえええっ」
 
 アガシはラズリの首に手をかけたまま、今しも屋根から落ちる寸前のところを必死になって彼に目覚めよと訴えかける。
 
 「ラズリーーーーーッ!」
 
 断末魔の叫びをあげ、アガシは今度こそもうだめだと固くまぶたをつむねった。
 
 だが、その瞬間――。

 
 「…よお。待たせたな、アガシ」
 
 アガシの耳にいつもの聞き覚えのある声がすっと届く。
 普段よりも若干低めなその声音には、冷静な彼には珍しく、怒りの色が露に含まれていた。
 
 アガシは急ぎ、伏せていたまぶたをかっと開くと、自分の下に組み敷いていた同級生の顔を食い入るように眺める。
 
 「ラズリ…! や、やっと戻ってきよったか、ラズリっ!」
 
 彼の意識がいつになったら本体に戻るかと、一日千秋の思いで今か今かと待ちかねていたアガシはくんくんと鼻を鳴らすかのように涙ぐむ。
 しかしラズリには、何のことやらさっぱりわからず。それよりも一体、彼がどうして自分の体の上に馬乗りになっている状態でいるのやら見当もつかなかった。
 
 むろん、ラズリにはこれまでの経緯を何ら知る由もないのだから当然とはいえ、それよりも自分より幾分か体格の良いアガシにいつまでも組み敷かれていられるのが不快に思ったらしく、やれやれと心底あきれたような表情を示すのだった。
 
 「ったく、何をやってんだよアガシ、重いじゃないか。おい、この体ジャマだ。のけ」
 
 「おま…! 何をそないにエラソーに。わいに命令…するのか、よっ!」
 
 憎まれ口を叩きながらも、アガシは目元にこぼれんばかりの雫を潤ませ、表情をめいっぱい明るくさせながら、自分の体の下で横たわっているラズリの顔を愛おしそうに眺め入った。
 
 「…! ラズリ…? まさか戻った…の?」
 
 突然のラズリの覚醒ぶりに、仰天しながら呆然とつぶやくミランダ。その一瞬の隙を狙いすまして、ラズリは渾身の力を振り絞ってアガシを体ごとぐいと押し上げた。
 
 とたん、ふいを突かれてミランダは姿勢を崩した。アガシの背に足をかけていたそのままに、体を後ろにそらせ、すってんころりと見事な尻もちをついて屋根の上にすっころんだのだった。
 
 「ん? どうしたアガシ」
 
 ラズリは言いながら驚いて目を見張った。
 ミランダは派手に倒れたものの、すぐさま体勢を整えて立ち上がろうとしていたが、一方のアガシは横向きに寝転がったまま手足をぶるぶると痙攣させて、ラズリに訴えかけるかのように、ひたすら涙目を浮かべるばかりだったのだ。
 
 「す、すまん。わい、ミランダに…」
 
 ラズリはアガシが何故そんなにも自分に深く詫びを入れてくるのか詳細がわからず、いぶかしげに首をひねる。
 するとそれにつれて、自身の首辺りがひりひりと痛む感覚を覚えた。
 おや、これはどうしたことかと不思議に思いながら、そっと痛む箇所をさすってみると、自分にはつけた覚えのない指の形がくっきりと。
 どうやら、しばらくの間は痕になって残りそうなほど、腫れが引かない状態に自身の首がなっていたのだった。
 
 …そうか。アガシがミランダの術にかけられて、このおれを…。
 
 そこでようやくラズリは、自分が竜に憑依していたしばしの間に、いったい何事が起きていたのか要領を得るのだった。
 
 「…悪かったな、アガシ。すぐに気がつかなくて。とりあえず、これで」
 
 ラズリはアガシにかけられていたミランダの操演・緊縛の術をすぐに見破ると、手をしきりに動かして何種類かの印を矢継ぎ早に組む。
 それから最後に「…ハッ」とかけ声をひとつ上げ、彼の目前に手の平をかざした。
 
 その瞬間、アガシはいきなり全ての束縛から解放される。
 これまで自分をがんじがらめに縛っていた目には見えない細い糸のようなものがぷつりと切れ、すっかり自由になったとつぶさに感じた途端――。 
 心から安堵すると同時に、何故かどっどっと血が逆流しそうになるのを覚えるぐらいに、すさまじいまでの虚脱感に見舞われたのだった。 
 
 「は、は…。た…助かった。ホンマおおきにな、ラズリ」
 
 「大丈夫か…? 痛むところはないな? 普通に立てるか?」
 
 寝そべったまま、息を弾ませるアガシの上半身をラズリはそっと起こす。
 アガシは口調こそ明るかったが、やっとのことで手足の自由をミランダから取り戻したばかりのせいか、痙攣の如くぶるぶると小刻みに続く震えが止まらなかった。
 
 ラズリはそんな彼をしっかりと支え、律するように、自分の側に抱き寄せる二の腕にぐっと力をこめ、ミランダと対峙する。
 その目に――限りない憤怒の色をたたえて。
 
 「……! また再び、本体に還って来たというわけね。そう」
 
 「ああ、まったく。何もかも台無しにさせられたのはおまえのせいか、ミランダ」
 
 「…っはん! アンタにあたしが倒せるとでも? かわいいかわいいお姫さまがくれた大切なお守り石は次元の彼方に消えてしまったのに?」
 
 「ふん。何だ、おれを動揺させてその隙を狙う魂胆か。そう何度も同じ手に引っかかるか、莫迦が。それくらい、奪い取ってみせるさ、全力でな。しかし、その前におまえとの決着が先だ。もうけして手加減はしない。覚悟しろよ、このアバズレ女!」
 
 「よく言う! たがか魔法使い見習いの学生風情にこのあたくしがやられることなどけしてないわっ」
 
 「…ええ。そうですね、確かに。あなたと彼をあえて比べなくても、魔法の実力では雲泥の差があります」
 
 「誰…! おま、えっ」
 
 またこの期に及んで私の仕事の邪魔をしに来やがって…!
 
 声がした方向へとミランダは勢いよく視線を向け、そして現れた人物の正体が自分の予想通りだったとわかるや否や、苦々しい顔つきで思い切りよく舌打ちをするのだった。
 
 「ディーン!」
 「せ、先生やないかっ。いったいどうしてここに…?」
 
 ラズリもアガシも彼の姿に気づいて驚愕の声を発するが、当の本人は顔色を何一つ変えずに、足場の悪いはずの屋根の上をすっすっと難なく歩いて彼らの方へとゆっくり近づいていった。
 
 「本当に、毎度のことながらあなたはとてもひどい。ひどすぎます。またしても私のかわいい生徒たちを…。よくもそうまで、さんざんいたぶってくれましたね」
 
 ディーンはラズリたちのそばまでやってくると、「大丈夫でしたか? アガシ」とやさしく声をかけ、彼の体をラズリから預かった。
 
 それから、彼の身体の上に自分の手をかざすと、音もなく静かに治癒の術をそっと施していくのだった。
 
 「ミランダがかけた緊縛と操演の術はラズリが解いたのですね…。でもまだ、少しばかり術の影響があなたの体に残っているようにも見て取れるようですから、少しばかりの治癒を足しておきましょう。ミランダは古代魔法言語の手練れでもあります故、少々厄介で複雑な構文を施しているようですが、これくらいなら私でも解けますし」
 
 ディーンがゆっくりとアガシから手を離していくにつれ、彼は自身の中に力がどんどんみなぎっていくのを感じるのだった。
 
 「さあ、これで大丈夫。よかったですね、アガシ」
 「あ、ありがとうございますディーン先生」
 「いえいえ、どういたしまして。…さあ、これで準備は整いましたよ」
 「準備…?」
 「ええ、今こそ反逆の時、ですよ」
 
 にこり。屈託なく微笑む彼から発せられたその一言は、表情からはずいぶん乖離していたようだが、むしろそれがかえってアガシにとっては勇気づけられたような気がするのだった。
 
 「ミランダ、今のあなたは彼らと五分五分の勝負、いえ、もしかしたらこちら側の方が上回るかもしれませんよ。…何せ人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んでしまえととある世界の例えでは申しますし…?」
 
 「うるさいわね…! いちいち何よ、そんなわけのわかんないこと言って。アンタはいっつもそう。一言も二言も余計なのよっ」
 
 ミランダは怒りにたけり狂いながら、ぶつぶつと何やら小声でつぶやくと、手をくるりとひねる仕草を示す。
 すると彼女の拳の中にヴ…ンと気の塊のようなものが形成されていき、バチバチと火花めいたものが周囲を放電のごとく飛び交った。
 
 「これでもくらいなさい…よっ!」
 
 かけ声とともにミランダは大きく振りかぶって、その塊をラズリたちに投げつけてよこす。
 
 「――破!」
 
 とっさにディーンはラズリたちの前に躍り出ると、腕を交差させてミランダからの攻撃を跳ね返した。
 至近距離から繰り出される衝撃波を避けるのは、その一瞬の見極めが勝負だ。どうやら、ディーンのまばたきひとつするよりも素早い判断は何よりも確実に効を奏したようである。
 
 「やるわね…! 田舎教師風情がっ。でも次はどうかしら。そう、うまく避けられるとは限らないわよっ」
 
 「もうおよしなさい、ミランダ。私はあなたの技をもう見切りました。これ以上、何度事を繰り返しても結果は同じ。あなたは私たちを傷つけることなど叶わないでしょう」
 
 「はんっ。そんな寝言は、寝てから言いなさいよアンタ…!」
 
 最後まで言い切る前に、ミランダは再び気の塊を彼らに向かって投げつけたが、それすらもディーンは難なく退ける。しかも今度は片手で軽く制しただけで。
 
 「…く、そぉ…!」
 「無駄な抵抗ですよ、ミランダ」
 「な…何かアタシに術をかけたのかキサマぁ!」
 
 「いいえ、私自身は何も…。ただ、ミランダ。あなたはあの時、ちょっと失敗しましたね。分身術などこの際、使うものではなかったのですよ。それによって、あなたの力は二つに分け放たれてしまいました。本体はここに残されましたが、分かれたもう一方は、あなたがファナトゥのデヴォンシャー家で作り出した虚無の空間にそのまま、今も在る。そして分離したあなたはもう二度と、あなたの元には返らない。…ただ、それだけのことですよ」
 
 「そ、そんなっ。それなら、どうせアンタだってアタシと同じじゃない…! 向こうに、ティーナの元に、目付けになって潜んでいるくせに今も!」
 
 ディーンの指摘に、思い当たる節があるせいか、見る見るうちに顔色を曇らせていくミランダ。
 それにつれ、ディーンは彼女とは反対に、実に生き生きとした様子で眼鏡の奥の瞳を輝かせるのだった。
 
 「私…? まさか! 私はあなたと違ってそんな抜かりはありませんよ。どうしてかって…? ふふふ、どうしても知りたいですか? それなら冥土の土産にでも教えてさしあげましょうか?」
 
 「うるさい…! またわけのわかんない例えでアタシを翻弄する気? もうこれ以上の戯言はたくさんよっ!」
 
 「おやおや。これはこれはお行儀の悪い。そんな遠慮なさらなくても良いのですよ。この際、私がきっちり、しっかり教えてさしあげますからね」
 
 まるでおいたをした生徒を相手に、やさしく覚らせるかのようなディーンの語り口調には、さしものミランダもひどい屈辱を覚えたようだ。
 怒りにまかせて今度は火炎をいくつも指の数だけその先に灯すと、一斉に彼らへと放つのだが、それすらもディーンはたしっと足踏みひとつしただけで余裕で消し去ってしまった。
 その後、ミランダに向かってにこりと笑顔を浮かべるのは、もは彼流の最大級のオプション・サービスなのだといわんばかりに。
 
 「あれは、私の鏡像。鏡に映した、私の姿。そして本体は、変わらずここにあり続ける! ……だからっ」
 ディーンはさっと背後を振り返る。ここから先はラズリに花を持たせようというのか、さらに晴れやかな表情を彼に向けて。
 
 「さあ、ラズリ…! 今こそ存分に力を振るいなさい」
 「おまえに言われなくとも、そうさせてもらうつもりだったさ」
 
 ラズリはディーンに促されて多少なりとも苛立ちを覚えて軽くむっとした顔つきを示したが、それでもすっと立ち上がるとミランダを正面から見据えて思い切りよくにらみをきかせる。
 
 「それやったら、この際わいも便乗させてもらうわ」
 
 ラズリに続いてアガシも勢いよく腰を上げる。
 彼は今や、ディーンの治癒術のおかげですっかり体力を取り戻し、完全にミランダの術から抜け切っていたのだった。
 
 それから、おもむろに。左手のみで、自身のざんばら髪を結んでいた紐をしゅるりとほどき、にやりと不敵な笑みを浮かべる。
 
 「このわいを…本気で怒らしたらどないな目に遭うか、両目かっ開いてとくと拝みやがれ」
 
 「な…っ! おまえごときが何をする気…!」
 
 「出(いで)よ、キメラ…! 我が体内にて魂を共生し使い魔よ。汝の生涯の主を助け、己が持てる力を揮え!」
 
 アガシがざっと手を上げて合図を示した後、彼の左肩辺りからぬっと黒い影が立ち上った。
 そしてすぐさま、たちまちの内にそれは、目に見えて形を大きくさせ、あっという間に姿かたちを整えると、やがて獣のような図体で四足の足裏をたしっと屋根の上に着け、彼の主であるというアガシの脇に従として控えるのだった。
 
 幻獣キメラ――。
 口伝・文献によれば、それはライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持つという獣だが、ラズリたちの眼前に現れたそれはまったく異なった姿を持つ生き物だった。
 細身で、どことなく見た目は黒豹に似ており、しかも尻尾は長く二股に分かれている。
 その上、背の辺りから何やらうねうねと伸びる二本の触手の如きものまで生えており、先ほどラズリが憑依していた竜と同様、この世のものならざる、まさに異形の生物としての生態ぶりを垣間見せていたのだった。 
 
 「ほれ、ラズリ。手ェ出しぃや」
 「なんだ…? 何する気…」
 「こいつは族長の血に連なる者のみに相伝される秘匿や。出血大サーヴィスでおまえに貸したる。遠慮なく使え」
 「それは…ありがたいが。しかし、アガシ」
 「ああん? なんや?」
 「ひとつ聞く。借りには何倍返しを要求するつもりだ?」
 
 大真面目な顔でそれとなく彼の好意に裏がないかどうかを確かめるラズリ。
 そんな彼に対し、アガシは「まったく」と言いたげに舌打ちひとつを返しながら、その額を指でぴしりとはじいた。
 
 「…ったっ。な、何するんだよおい」
 「かーっ。この期に及んでそれかい! かわいくねーやっちゃやな。そんなんこの際、無期限・無利子でええわい、ほれ」
 
 言うが早いかアガシはラズリの手をつかむとぐいと自分の方に引き寄せ、その掌に指でさらさらと、何やら文字を書き付ける動作を行う。
 入学時から各学年ごとに、高等魔呪言語体系演習の科目を優秀な成績で修めたラズリにも、それが何を意味するための文言(もんごん)なのか、彼の筆順ではさっぱり解読不能だったが、とにかくアガシは書き終えるやいなや「よし」とどこか満足げにうなずくのだった。
 
 「悪いな、恩に着る」
 「おう。好きなだけ着ちゃれ。下着もシャツも上着もコートもケープマントも、クローゼットの中のモンありったけな」
 「ふざけてる場合か。…行くぞ」
 「ガッテン!」
 
 くいっと親指を立てながら、ばちこーんと慣れた感じでウィンクをよこしてくるアガシに「こんな切羽詰った時に何ふざけてんだか」と半ば呆れながらも、ラズリはさっと右手をあげてミランダを指し示した。
 
 「かかれ、キメラ! ミランダをとらえろ!」
 「MYGYAAAAッ」
 
 ラズリの命に応えたキメラは鋭く唸り声を発し、助走をつけてすたんっと飛び上がる。
 
 その様子を見てとっさに自身の危機を回避すべく動こうとしたミランダだったが、一も二もなくキメラの方が素早かった。
 あっという間にミランダの体の上に乗り上げると、四肢にぐっと力をこめてその場に押さえつけ、もはやどこにも逃げられないようしっかりと拘束するのだった。
 
 「上出来だ。さあ描くぞ、魔法陣!」
 
 次にラズリは制服の懐に手を差し入れて細い杖を取り出し、さっと宙に放り投げる。
 制服の裏ポケットにはいつも愛用のオークの細く小さめな杖を忍び込ませており、とっさの時にすぐ魔法の呪文が唱えられるよう、大いに役立てていたのだった。
 投げられた杖はまるで意志を持っているか如く、くるくると華麗に空中を舞い、やがてたちまちの内に何もない空間に象形を浮かび上がらせていく。
 
 「…ひっ! そ、それは」
 「なんだ、顔色が変わったな」
 
 にやり。ラズリは唇の端をきゅっとつりあげさせ、真に黒い笑みを浮かべた。
 
 「そうとも、これぞ七芒星結解…! 完全体を示す七の数字が示す絶対抑止の力にはさすがのおまえとて逆らえまい。ここいらで観念するんだなっ」
 
 ラズリはオークの杖を再び自分に戻し、懐の中へ元のようにしまいこむと、最後通牒を彼女に申し渡した。
 一方、ミランダは彼が描いた魔法陣の真下に位置し、その威力の影響をもろに受けているためか、急に口から泡を出してひどく苦しげにもがき出した。
 
 「な…ぜ。何故に…おまえごときが、こんな超絶技巧の魔法奥義を繰り出せる…?」
 「敵に答える義務はない。ましてこれから、死出の旅へと赴く者に餞別をくれてやる義理もな」
 
 ラズリは冷徹なまでにそう吐き捨てると、キメラに押さえつけられて寝転がったまま苦しげにもがくミランダの元へと数歩近づいていった。
 
 「しかし、その前に。おまえには答えてもらおねばならないことが、二、三ある。わかっているな? ミランダ」
 
 きゅっと目を細めて鋭いにらみをきかせながら、ラズリは腕を組んで自分の足下でうめくミランダを蔑むように見下ろした。
 
 「…吐け。おれを王太子ラズウェルトと承知の上で、この命をつけ狙うとは、いったい誰の差し金だ。王族に対する反逆行為、いやさらにはこのセレスト・セレスティアンという国そのものへの謀反を働いた罪は重い。それを知り置きながら、いったい何故だ」
 「…誰が…おまえなぞに…言うものかっ」
 「ほ…お。まだそんなに抵抗するだけの余力があったのか。敵ながらあっぱれとほめてつかわす。だがな…。あいにくとおれは気が短いんだ」
 
 ザシュッ!
 
 「ひ、ひぎぃぃッ…!」
 
 ラズリが特に命を下した訳でもないのに、キメラは右前足でミランダの顔をひっかいた。彼が言わんとしていたことを、その言動から鋭い洞察力を発揮して嗅ぎ取ったらしい。
 
 「はっ。自慢のその美貌も台無しだな」
 
 ラズリが厭味たらしく言い捨てた如く、彼女のこめかみから頬にかけてキメラの爪あとがざっくりと表れ、そこからだらりと鮮血が吹き出はじめた。
 ミランダは眼窩から眼球がころげ落ちそうなほど形相を変え、声にならない声で大きな悲鳴を上げる。
 
 「さあ、お次はどこがいい? …言えよ、ミランダ。おまえの望み通りにしてやるからさ。腕を食いちぎられたいか、腹をかっさかれたいか。それともいっそ、ひと思いに殺してほしくば、さっさと言う通りにするんだな」
 
 …たらり、たら。赤くぬめった鮮紅色の滴が彼女の顎を伝い、首に流れ、身につけた白衣の襟元をじわりと染め上げる。
 
 「ら、ラズウェルトめええええっ。アンタ、アンタ…! よくもっ…! あたくしの顔を!」
 
 「…よくも? だから、なんだ? そもそもおまえは何様のつもりだ、ミランダ。おまえこそよくもこのおれを愚弄し、あまつさえ尊称もなしに平気で呼び捨てにしてくれたな。なんたる慇懃無礼ぶりだ。もはや猶予ならん。目に余る過度のふるまいは、王族侮辱の不敬罪により裁かれるにも値する行為だからな。…ひれ伏し、頭(こうべ)を床にこすりつけ、我を敬え。殿下、と呼べ」
 
 「誰が…! 誰がアンタなんかをっ。しょせん次男のくせに、いかにもな嫡子風なんざ吹かすんじゃないよ、このひよっこがっ。アンタに王を継承する資格はないさっ。よその国からのこのこやって来た女の腹を借りて生まれたアンタなんかよりもっと純粋な、王の血に連なる若君さまがこの世に存在する限りね!」
 
 「……! どういうことだミランダ」
 
 「うるさい! アンタなんかの手にかけられて命を落とすくらいなら、いっそアタシが自分で始末(カタ)をつけてやるわよ…!」
 ミランダは自らの胸に手を当てながらそう叫ぶと、ひとかけらほど残っていた余力を使い、自身の爪を魔法で金属に変える。
 そしてその、鋭利な刃物として切っ先を尖らせた爪を立て、ぐわしっと心臓の位置めがけて服ごと肉の中へとめりこませていくのだった。
 
 「世々限りなく栄えよ、我が至高の恩君! お頭さま…!」
 最後の最後にそう絶叫し、
 そして――そして。
 どふどふっと口から大量にほとばしる鮮血を吐血した彼女は、そのまま果て、もはや二度と帰らぬ人となったのだった。


 「とりあえず、ここにいては危険ですから下に下りましょうか」

 ふいに口火を切り出したのはディーンだった。
 三人があっけにとられたまま、黙ってミランダの亡骸を見下ろしていると、いつしか遺骸は形なく崩れ、あっという間にさりさりとした砂の塊と成り果てたのだ。
 そして、そこへ。
 ぴゅうとどこからか吹いてきた一陣の風が砂をさらい、後には何ひとつ遺留するものなど全く残しはしなかったのだ。
 その、直後だったのだ。ディーンがアガシとラズリに屋根から降りようと声をかけたのは。

 「果たして彼女はいったい…何者だったんだ」

 ディーンのはからいでやっと地面に降り立った途端、ぽつりとラズリはつぶやく。

 「さあ、私にもわかりません。今となっては真相は永遠に闇の中へと閉ざされてしまいましたからね」

 ラズリの自問に似たつぶやきをディーンは拾い上げ、いたしかたないとばかりに彼の肩をぽんと叩いた。

 「…まあ、もっとも。根気よく調べてみれば、また何か別の方面からこれまで不明とされてきた点が究明できるかもしれませんが」

 気を落とさぬようにと慰めるわけでも、かといって失意の底に陥らせるような突き放した言い方でもない。
 どこまでもディーンはあいまいなことを返答したにすぎなかったが、それがかえってラズリにとってはありがたいことこの上なかった。
 ――わからないなら、調べればいい。
 あまりにも単純な答えに、普段から頭の回転が早いラズリがすぐ気がつかないわけなどなかった。
 だが、それでも。
 確かに、それでいいのかと戸惑い、迷う部分がなきにしもあらず。
 しかしディーンはそんなラズリの躊躇する思いなど消し飛ぶかのように、真っ向から肯定を示し、全力で自分の行動を後押ししてくれた、ようにラズリには思えたのだった。
 そしてラズリにはもうひとつ、何を意味しているのか特別に気になることがあった。
 それは、ミランダが言い残した今際の言葉――。

 『王を継承する資格などない。もっと純粋な王の血に連なる若君様が存在する限り』

 彼女はいったい何をラズリに伝えたかったのだろうか――?

 「それにしても…ラズリ。よもや、おまえさんがホンマもんの王子さんやったとはな。よくもまあ、いままでさんざ、たばかってくれたな、おれたちみんなを」

 ラズリが決意と疑問を新たに持ったのとほぼ同時だった。
 一人静かに沈思黙考していたラズリのおでこを、アガシはおもむろに指でぴんとはじいたのだ。
 既にキメラを自身に戻しているらしく、再び髪も紐で結びなおしている。

 「まず事情が事情だ。この場合、仕方ないだろう」

 アガシの突然の仕打ちに軽く眉根を伏せ、痛みを覚えた額をさするラズリ。
 だが、さりとて。それ以上むきになって彼に仕返しなどは考えていなかったようで、不機嫌そうな声音で返したものの、そのままやりすごすことにしたのだった。
 そんな彼の冷静で平然とした普段どおりの態度がアガシには妙に勘に触ったとみえる。
 なおも面白くなさそうな、むっとした表情で一方的にいじいじとラズリにからみだした。

 「それにしたって、薄情すぎやせんか? わいら、同級生の上に、寮でも入学時からずっと二人部屋の同室だったんやで。せめてこっそり、わいと二人だけの秘密やでーって、ひそかに打ち明けてくれたってええのんとちゃうか?」

 「いやいや、そういう君こそ、ラズリと同じではなかったかな…?」

 ラズリとアガシの一種即発な会話に突然ディーンが割りこんできた。

 「わいが? は、何を根拠にそないなことを」
 「ラズリははなから偽名を名乗って、きっぱりと身分を窶していたが、君は違う。アガシという個人も、ハーディーンという家も捨てていないし、セカンド・ネームのハズラットを堂々と名乗り、族長の家系である証を立てていたじゃないか。…ほらね、どうやったって隠しおおせていないだろう?」

 ディーンが一言一言発する度に、痛いところを突かれてばかりなのか、赤くなったり青くなったりと大忙しに表情を変えるアガシ。
 そんな彼を視線の端でとらえながら、なおもディーンは矢継ぎ早に彼の秘密を暴き立てていった。

 「それに先ほど、君は幻獣キメラを召喚させていたようだが、あれもそのりっぱな証拠だよ。君の部族では父子相伝の、いわゆる先祖代々伝わる魔法とは異なる、さまざまな能力の優秀な使い手が誕生することでつと有名だからね。…さあ、どうかな? 私の推察はけして間違った憶測ではないはずだが」

 ディーンの度重なる追及にアガシは「かなわんな」と白旗を揚げてとうとう降参し、どこかおどけるような仕草で肩をすくめてふうと吐息をもらした。

 「そやな、大体がそんなとこやな。しかし、ま。なぁに、しょせんわいは妾腹の子やし? 族長継承の権利も持たへんただの傍系や。長が衝動の赴くまんま、外にオンナこさえて、あまつさえ種つけまでして産まさしたちょっとした厄介者やねん。なのに長のやつときたら、柄にもなく憐憫の情なんぞ見せやがったからな。西の外れの自治区といえど、数万の民を束ねる頭(かしら)のくせして、けっこういいかげんやであのオッサン。わいに己の名前よこして証立てしてくれはったが、ちとありがた迷惑やな。幻獣憑きっちゅうのもけっこう扱いがむつかしゅうて苦労しとるで、これでも」

 半ば自嘲気味に、吐き捨てる。
 クラスメイトでルームメイトという間柄ながら、これまで一度たりとも彼の口から語られることのなかったアガシ自身の奇妙な生い立ちには、ラズリの方があっけにとられた。
 先ほど彼はラズリにその身の上を入学以来からけして明かしてこなかったことを「水くさい」と責めたが、彼の話ぶりではその本人とて相当波乱に満ちた半生を送ってきているのではないか。

 「おまえもずいぶん、苦労してきたみたいだな、今まで」

 しげしげと労わるような視線を送るラズリ。
 そんな彼にアガシは照れ隠しなのか、あまり人から同情を買いたくないためなのか、「よせよ」と鼻白んだ顔で右手をひらひらと振って適当に話を切り上げさせた。

 「まあ、そんなな、別にバレてもええと思うとったが、あまりひけらかすような話題でもあるまい? なあ、お互いに」
 「そうだな」

 くすりと笑みの形に唇を象り、ラズリは少しだけ目を細めた。

 「ならば、おれも弁解はしない」

 すっきりした表情でアガシと向かい合い、ラズリはきっぱりそう言い切った。

 「結果的には嘘をつくことになった。だが、それも承知で覚悟の上だったから、おれもおまえと同じだ。…もし、おれの素性がすぐ周囲にバレてみろ。自然とみんなを厄介ごとに巻き込むことは火を見るより明らかだ。おまえもそう思って、だから、真実を伏せていたのだろう? ずっと今まで。そしてできることなら、卒業しても変わらずに墓場までその秘密を持って行こうとしていた。…違うか?」
 「ぐっ…」

 ラズリの鋭い指摘にアガシは言葉を詰まらせた。
 とたん、陣地を取ったりとラズリの方がにやりと意地悪く、口角をきゅっとつりあげさせる。
 アガシは自分の分がこれからだんだん悪くなっていきそうな予感に、それではたまらんと矛先を変えることにした。
 つまりその場にいるもう一人、ディーンの方に話を振ることにしたのだった。

 「そういう先生の方こそ何者なんや?」
 「えっと。私、ですか…?」
 「ファナトゥの時もそうやったけど、わいらのピンチに颯爽と姿を現したんはあまりにもタイミングよすぎやで。その上、ミランダが古代魔法を駆使しとるおばはんなんて、わいは今日初めて知ったで。命を狙われていたラズリはともかく、なんで先生がそれを知っとったんか、そっちの方がえろぉ気になるなあ? それに、そもそも名前だけでわいの正体もあっさり見抜きよったし、ホンマにただの魔法薬学の教師なんか?」 

 思わぬとばっちりが自分にも及んだらしいことに気づき、ディーンはちょっとだけ驚いた素振りを示したが、すぐにいつもの如く落ち着き払った態度を取り戻した。
 そしてさらに、自分の窮地をも逆に楽しんでしまおうというのか、いかにも愉快げな調子で声を弾ませるのだった。

 「んー。そうですねえ、ま、言ってしまえばあれですよア・レ」
 「なんや。早く言えや」
 「そーりゃ、もちろん。ここぞという時のお助け所、おいしい場面はいつもカッコよく、決めゼリフと共に颯爽と登場の正義の味方ぁー」
 「ほぇあっ?」

 どうにも茶目っけたっぷりなディーンの発言にアガシもラズリも驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる。
 まさかこの話の流れでそこまで突拍子もないことを嘯かれるとは思ってもみなかった二人は笑うどころか、一も二もなく容赦なく、「コイツ! 場の空気読め!」という突っ込みを入れたくなるのは当然だった。

 「なーんてねっ。まあ、それは冗談ではありますが。もちろん、ナイショのナイショ。秘密なんですよ」

 なにやらはぐらかされた感のある気もしたが、それでもまあいいかと二人は顔を見合わせて視線を交わした。

 「…結局、またふりだしに戻ったか」
 「いンや、さらに最悪かもしれんで。あの石もミランダがどこぞの空間に飛ばしてしもたし、ティーナもやっぱり帰ってきぃへんし。…あー! そういや」

 突然思い出したかのように大声を張り上げるアガシ。
 ラズリはいったい彼に何事が起きたのかと思い、「なんだ」と即座に返すと、アガシはやおらラズリの肩に両手でつかみ、ようようと思い切りよく揺さぶりはじめた。

 「ちょ…。待てアガシ。何する…」
 「あのドサクサにまぎれて、忘れとったが、わいはまだラズリから聞いておらんかったやないかっ」
 「はあ? …だから何を、だ」
 「そないにとぼけんなっちゅうの。…で? どうやったん? ほれほれ、わいに言うてみぃ」
 「…支離滅裂すぎてわからないぞ、おまえの言いたいことが。人に物を訊ねる時こそ、あらかじめちゃんとした文章を頭の中でこさえてからにしろ。…で? 何かあったか、アガシに報告するようなことなんて」
 「ああもぉっ、クソッ。じれってぇ! こンのド阿保ぉめが! せやからファナトゥやて! 行ってきたんやろ、わいの憑依の術使って竜になって。んで、ティーナにも会うたんやろ、な?」
 「あ、ああ…。なんだ、そのことか」

 アガシに問い詰められ、ようやく自分が何を聞かれたのかが判明したラズリは「まあ、行ってきたには行ってきたが」と言葉を濁した後、心なしか頬を染めて、不自然にふいと明後日の方向に体を向けてしまう。
 そんな彼のあからさまに豹変した態度に、アガシはピンときたらしく、すかさずラズリに噛み付く。この手の話題にかけては、アガシの勘はめっぽう働くのだ。

 「あ、なんやそれ。うわっ、めっちゃ恥ずかしいわぁ。 野郎がえろぉウブな娘っ子みたいに頬染めやがって。気色悪っ」
 「…莫迦っ。うるさい…! 黙れアガシ」 
 「あー! やっぱりなんかあったんやな。その慌て方やったら、しかもとびっきりにえーことがっ。ええい、ちきせうっ。話せ、話してみ!」
 「べ、別に何もないぞ…! 本当だっ。誓っておれはティーナに何も手出しはしてないっ」

 あわてふためいて言いつくろいながら、ラズリはふと彼女とのやりとりを思い出し、自分が今口にしことには全く嘘偽りなく間違いではないはずだと妙な自信を持つのだった。

 おれはティーナに手は出してない…。むしろ大胆な行動に出てきたのは…ティーナの方で。

 「なーんやそれ…。そうやってあからさまに否定するところがめっちゃあやしいで、うむ」

 ラズリが言葉を重ねれば重ねるほど、ますます彼が墓穴を掘っているようにしか思えないアガシはさらに「あやしい…」とつぶやきながら、横目でちろりと疑惑の視線を向ける。 
 
 「いや。だ、だからその…。そ、そうだ。あの白竜な、口は悪いが意外にもイイ奴だったぜ。きっと本体に戻ったら役に立つだろうからと餞別代わりに七の魔法陣をくれてな。おかげでさっきは助かった…」
 「だーっ! そんなんはどーだってええんやっ! わいが聞いとんのはティーナのことやねんでっ!」
  
 アガシはさらにラズリの肩をがしっとつかんで、これ以上の言い逃れさせまいとばかりに、彼の顔をぞっくりとのぞきこむ。
 
 「…ふっふっふっ」
 
 どことなく目を座らせ、不敵な笑みを浮かべるアガシにラズリは何やら身の危険を感じたらしく、背筋をぞわりと震わせた。
 
 「な、なんだよ…。おまえの方こそ気色悪いぞ、アガシ」
 「こうなったからには、じっくり話を聞かせてもらいまひょか。寮の部屋でとっくりと、男同士、膝突き合わせてな。全部吐かんと、今夜は寝かせねえ…」
 「いや…待てアガシ。落ち着け、な?」
 「いんや。わいは至って冷静やでラズリ…」
 「どこがだっ…!」
 
 おやおや、やはり“仲良きことは美し哉”ですねえ。
 アガシとラズリの言い争いを、まるで二匹の子犬がくんずほぐれずでじゃれあっているのをこっそり眺めるかのようなほほえましさで、ディーンは傍で腕を組みながらにこにこと眺めていた。
 教師としての立場をわきまえれば、この場は「まあまあ二人ともその辺にして」と仲裁に入って止めることが自分の役割に違いないと存分に認識はしていたが、それでもある程度までは思い切りケンカさせてやることも、若者であるならばこの際必要かと思い、温かい目で見守っていてやろうと少しばかり放置を決め込んだのだった。 
 …それにしても。どうやら困ったことになってまいりましたね。
 ディーンは先のミランダとの一件をつと思い出して、やれやれと重たいためいきをつきたい衝動にかられた。
 彼女がラズリの氏素性を知った上で、なおかつ不穏な動きを見せていることは前々から薄々感づいていたディーンだったが、その出方に注意を払いながらじっくりと裏を調べようとした矢先でもあったので、こうして彼女に死なれては元も子もないという気分で、まさに出鼻をくじかれた気分を味わっていたのだった。
 秘密裏に事を進めるのには、やはりもう限界という時期まできているのでしょうか。
 それでしたら、ここはもう少々、私も積極策に転じるべきでしょうか…。
 この際、例の件につていも有効な対策を講じるためにも、意見を仰ぐ必要が出てきたわけですね――あちらにも。
 ディーンはとりあえずそう結論をづけ、一人「うむ」と納得してうなずく。
 と、その傍らではまだ先の二人が犬ころみたいにきゃんきゃん吠えまくって言い争いをやめていなかったことにディーンは気づくのだった。
 
 「なーんや。しょせんラズリなんざ童貞野郎やん…!」
 「わーるーかったな! そういうおまえだってまだ一度もティーナを押し倒してなんかないじゃねえか、よっ…!」
 「! うわ、鬼畜発言やでソレ…。そないにえげつのぉ真似がわいにができるか、ド阿保ぉめがっ」
 「はんっ。どーせ、そんな度胸ないだけだろっ。いざという時にはヘタレのくせにっ」
 「そーゆーおまえはなんだ、攻めサマか! この俺サマがっ」
 
 二人のやりとりがだんだん、訳のわからない方向へと混迷極める様相を呈しつつあるようだったので、ディーンはここいらがそろそろ潮時と判断したようだ。
 よって、二人の間にずかずかと無理やり体を割り込ませると、ぺっと両手を広げて彼らを左右に引き離す。

 「はいはい、そこまで。もう二人ともケンカはやめやめっ!」

 ディーンが仲裁役を買って出ても、まだ双方とも今しも噛み付かんばかりの勢いでぎゃいぎゃいと罵りあいを続けていた。
 だが、次に発したその一言でラズリもアガシもその場でぴたっと体を凍りつかせる。

 「んー? そっかあ、それ以上どーしても騒ぎたいんだったら、先生が二人の処女を奪っちゃうよ~?」

 ……それだけは全力で勘弁願いたいと、心からディーンに頼み込みたい気持ちで。

 
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