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こんばんは。藍川です。
お待たせしました、三回目の結の章・1となりました。

 館の外へ出ると、辺りは緑の匂いに包まれていた。庭園の門はすぐに見つかった。ティーナが何人掛かりかでやっと一抱えできそうな石柱が二本、緑の蔦にみっしりと覆われている。だが門といえども柵などないので、ここへ来たものは誰でも足を踏み入れられるようだ。
 庭園に行けばディルナスがいるのだろうと思い込んでいたティーナは、門をくぐって一面に広がるハーブ園には誰もいる様子がなかったので、ほっとしたような、拍子抜けしたような、何とも言えない気分になった。
「あのー、ディルナスさま?」
 ここで呼んだところでディルナスの耳に届くはずがないことくらい、ティーナにもわかっていた。どうやらここの水撒きもすでに終わったらしく、濡れた土の匂いと清々しいハーブの匂いが辺りを包み込んでいた。
 ディルナスはどこにいるのだろう? 
「もう薔薇園にいらっしゃるのかしら」
 ティーナは辺りをきょろきょろと見渡しながら歩き出す。すると、ハーブの中に埋もれるようになっている赤茶色に錆びた鉄の塊のようなものを見つけた。
 何だろうかと、伸びたハーブを掻き分けると、そこにあったのは手押しポンプだった。全体的に錆びに覆われてしまい、今は使われていないようだ。試しに動かしてみようとしても、びくともしない。
「このポンプ…」
 周囲を取り巻くハーブ。この匂いはセージだ。傷の消毒にいいからと、この畑から拝借した覚えがある。
 そうだ。
 怪我をしたラズリの傷の手当てをしようとした時…あの時だ。このポンプでハンカチを濡らして、セージの葉を摘み取ったあの時の場所だ。
 茨の茂みの中で傷だらけのラズリは、まるで野良猫のようだったっけ。
 この庭園はディルナスと出会った場所であると同時に、ラズリとの出会いの場所でもあった。
「もお、やだな……」
 どうしてラズリのことばかり考えてしまうのだろう。
 これからディルナスに会うというのに、こんな顔なんかしていられない。つん、と鼻の奥が熱くなるのを感じながら、ティーナはぐっと胸にこみ上げてくる感情を飲み込んだ。
 封じられていた記憶が次々と甦ってくるような感覚。庭園を歩きながらティーナは懐かしさに包まれていた。なのに。
「おかしいなあ……ここからそんなには遠くないはずなんだけどな」
 どの方向に薔薇園があるのか、そもそもこの庭園の構造自体が思い出せない。拙い記憶をたぐり寄せてはみるが、まるで記憶とは異なっていた。
 自分の考え違いだろうか。もしかしたらあれからレイアウトを変えた可能性もある。
 頭を捻りながらも、取り敢えずこのハーブ園から抜け出せばわかると思い、ティーナは足早に歩き続けた。
 そろそろハーブ園からティーナの身長よりも高くまで生い茂った野生種の苺や、野葡萄の茂みに刺しかかろうとした時、ふと、どこからともなく甘い匂いを感じた。
 野苺の匂い?
 ティーナは注意深くその匂いを確かめてみる。もっと甘い、でも果実とは違うこの甘い匂いは薔薇香水の匂いに似ている。
 そうか……薔薇の匂いだ。
 ということは、この匂いを辿っていけば薔薇園に辿り着けるわけだ。ティーナはやっと見つけた道しるべに、ほっと胸を撫で下ろす。
 ティーナは茂みの中へ入っていくと、ただ薔薇の匂いだけを頼りに歩き始めた。
 いつの間にか茂みから、きれいに切り揃えられた樹木の壁が現れる。まるで緑の壁に覆われた迷路のようだ。このまま進んでら戻れないような気がして、ティーナは思わず立ちすくんだ。しかし、甘い匂いはどんどん強くなっていく。
 記憶が抜け落ちているせいだろうか。庭園にこんな場所があったかどうか思い出せない。
「ここって……こんなに広かったっけ?」
 もうずいぶん歩いているような気がするのに、歩いても歩いてもまだ薔薇園に辿り着けない。今更になって、侍女のルシアに連れてきてもらえばよかったと後悔するが、すでにティーナは庭園の奥深くにいる。もう前に進むしか道は残されていない。
 自分の心を奮い立てて、ティーナは再び歩き出す。しかし、空しか見えない緑の道を歩いているうちに、不安だけがどんどん募ってゆく。徐々に歩く足は速くなり、ティーナはとうとう走り出した。
 足を前へ、前へと。息を切らして、ただひたすらに走ることだけに専念する。ペースなど考えなく滅茶苦茶に走っているものだから、すぐに息は上がってしまっていた。苦しくてたまらないが、この方が余計なことを考えなくて済むのでましだった。何度足がもつれて転びそうになっただろう。それでもティーナは走り続けた。
 走って、走って、走り続けたがもう限界だ。胸は焼きつきそうに熱く、頭に空気がうまくめぐっていないからだろう、視界が時折ぼやけて手の甲で何度も拭う。
「……っ!!」
 かくんと膝の力が抜けて倒れそうになるのを、支えようともう片方の足を踏み出した。しかし、その足も上手く前に運べず、そのままもつれるようにティーナは緑の芝の上に倒れこんでしまう。
「い、た……」
 膝から倒れこんだお陰で顔はぶつけずに済んだが、打ち付けた膝が芝で強く擦って熱かった。手を付いて起き上がろうするが、手のひらも同じように強く擦れて血が滲んでいることに気がついた。自分の血を見た途端、痛みと共に不安だった気持ちが、涙となって零れ落ちそうになる。
 駄目、泣くな!
 ティーナは堅く唇を引き結ぶと、痛みを堪えてすっくと立ち上がった。歪んだ視界を指先で拭い去る。
 改めて辺りを見渡しても、視界に入るのは緑の道と緑の壁、そして頭上に広がる青い空。背後にはそびえ立つ離宮が見えてもおかしくないはずなのに、ただ空ばかりが広がっている。そういえば、小鳥のさえずりもいつの間にか消えていた。
「ここは……どこ?」
 自分の言葉に、さらに不安が募っていく。まさかまた、ミランダの仕業だろうか。庭園だって、こんな複雑な場所ではなかったはずだ。良く覚えていないとはいえ、こんな複雑な作りにはなっていなかったはずだ。
 ミランダの力が介入している十分に可能性はある。彼女があのまま諦めるとは思えなかった。急に恐ろしくなって、ティーナは駆け出した。
 そうだ。ディーン先生を呼べば……!
 走りながらポケットをまさぐるが、あの胡桃は制服に入れたままだったことに気づく。自分の莫迦さ加減にティーナはその場に崩れるように座り込んでしまう。
 ---こんな時、もっと魔力があれば。
 自分の無力さに歯噛みする。けれど、今更そんなことを嘆いていても仕方がない。
「しっかりしなくちゃ……!」
 自分がこんなことだから、ミランダに目をつけられたのかもしれない。悔しかった。もう誰かに良いように利用されるなんて真平ご免だ。
 ミランダに操られて危うくラズリを殺めてしまいそうになった時、本当に恐ろしくて、情けなくて、悔しくてたまらなかった。
 だけど、もうあんな思いをするのは嫌だ。
 ティーナは大きく良きを吸い込むと、ぐっと足を踏ん張った。
 ここにはディーンの胡桃もなければ、ラズリもアガシもいない。
 それにディルナスさま。
 もし何も知らないディルナスが巻き込まれでもしたら。そう考えただけで目の前が真っ暗になりそうだ。
 ディルナスがミランダの魔の手に掛かる前に。
「早く…ディルナスさまを見つけなくちゃ」
 自分を励ますように呟くと、ティーナは再び歩き出した。
 まだ薔薇の匂いはする。もしかしたらこの匂いもミランダの罠なのかもしれない。だけど、この匂いしかディルナスの元に辿り着ける術はないように思えた。
 ---どうかディルナスさま、ご無事でいて下さい。
 早く、早く……一刻も早くディルナスの元へ行かなければ。
 ティーナは擦り剥いた傷が痛むのも構わず、緑の道を歩き続けた。
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更新おめでとうございます!
…なのに;
反応やたら亀でゴメンなさい~!
>更新した日には読んでいたのに;

世界の破滅がじき迫っていることなど露知らず、
穏やかで平和な朝の風景だったはずなのに、いつの間にやら小路に迷い込み、次第に手足をからめとられていくかのようなティーナの状況の段々とした変化に、こちらも固唾を飲んで見守ってしまいました。。。

 冒頭、書かれてある通りにハーブの香りが漂ってきそうなほど描写がきっちりこまやかなので、おおこれは凄い!とちと興奮気味でしたvv
 転んでしまったティーナの痛みなんかも伝わりましたしね~。

 それにしてもティーナ、着ているのが白いワンピースだっただけに泥で汚れたりしているのではとハラハラしちゃったですよ!

 次回でいさなさんの回は区切りがつくそうですが、まだまだいさなさんの文で読んでいたいなあ~という気持ちの方が強いですね!
 このままだとまた私の暴走が顕著になりそうな…(笑)
 
 一週間一回の更新というのも大変だったと思いますが、あとラスト一回分の更新を楽しみにしております。
 執筆がんばってくださいね~!
やまのたかね 2007/06/07(Thu)21:54:42 編集
ありがとうございます
感想ありがとうございます。
あと一回でやまのさんにお渡しできそうです。
またもや「この後どうなるのよ?!」といったところでバトンタッチになることかと思いますが(^^;)よろしくお願いします☆
いさな 2007/06/07(Thu)22:36:30 編集
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